第127話 《星々》の乱舞②

「よし。とりあえずここなら大丈夫そうだな」


 皇都ディノス三番地。

 戦場から少し離れた路地裏にてエドワードはふうと息をつき、そう呟いた。


「……アリシア。大丈夫?」


 ようやく脳震盪から復帰したサーシャが、俯くアリシアに問う。

 蒼い瞳の少女は少しだけ顔を上げて微笑む。


「……うん。大丈夫よ。少し落ち着いたわ」


 そして、未だ本調子とは呼べない顔色でロックの方を見やる。


「それより……その子は大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。泣き疲れて寝てしまったようだ。中々豪胆な子だな」


 ロックの腕の中には、五歳ぐらいの子供が丸くなって寝息を立てていた。

 その頬や鼻には、盛大なまでに泣きつくした跡が残っている。

 アリシアは眠る少女をじっと見つめた後、


「……そう。それなら良かった」


 言って、今度は大通りの方に目をやった。

 そこでは十セージルを超す巨大な鎧機兵と、《朱天》が対峙していた。

 その光景に、アリシアはキュッと唇をかむ。


「お、おい、エイシス。まさか加勢するとか言うんじゃねえだろうな?」


「……そんなこと言わないわよ」


 自分の未熟さは痛感している。

 少なくとも今、無謀な事を口にするほど愚かではない。

 仲間達が沈黙する中、アリシアはポツリと呟く。


「……学ぶのよ」


「……なに?」


 ロックが眉をしかめる。


「この目で見届けて学ぶのよ。二度と失敗しないように。この痛みを忘れないように」


 どこか悲壮な気配を見せつつ、アリシアは淡々とそう宣言した。


「……アリシア」


 サーシャは親友の名を呼ぶ。

 今回の事件はアリシアにしろ自分達にしろ、大きな衝撃を受けた。

 しかし、それでもアリシアはただ落ち込むだけでなく前を向こうとしているのだ。


「……うん。そうだね。学ぼう。もう後悔しないように」


 サーシャはアリシアの横に並んだ。

 ロックとエドワードも苦笑を浮かべて大通りに目をやる。


「そうだな。俺達は学生。学ぶことこそが本業だ」


「まあ、外国まで来て何も得られなかったら学校にレポートも出せねえしな」


 そんな仲間達を、アリシアは優しく見つめて――。


「そうね。それじゃあ、みんなで学びましょうか」


 そう言って、微かに笑った。



       ◆



 ――ズドドドドドドドッ!


 縦横無尽に襲い掛かる無数の剣! 

 しかし、《朱天》は悠々とそれらを躱した。そして石畳の上に突き刺さる無数の剣。そこから伸びる鋼線を、漆黒の鎧機兵は一束にして抱えた。

 アッシュは《朱天》の中でニヤリと笑い、


『さっきから邪魔な髪だな。散髪でもしてやろうか?』


 言って、《朱天》が根こそぎ引き抜くように剛力を込める。


『ふん! 愚か者めが! この《獅子帝》と力で抗しようと言うのか!』


 アサラスも不敵に笑い、《獅子帝》に抵抗させる。

 ギシギシギシ――と軋む鋼線。


(……ぬ? こ、これは……)


 アサラスが眉間にしわが寄る。


(……どういうことだ? 確か奴の機体の恒力値は最大でも七万四千ジン程度。何故、十二万ジンを超す《獅子帝》と互角なのだ……?)


 不可解な状況にますます眉をしかめる。と。

 アッシュが笑みを深めた。


『おらよ! 一気にいくぜ!』


 突如、《朱天》のアギトをバカンッと開き、四本角内の前二本。《朱焔》が鬼火のような光を宿す。同時に《朱天》の恒力値は五万六千ジンまで跳ね上がった。


 グウオオオオオオオオオオオオオオオオオッ――!!


 雄々しき咆哮を上げる《朱天》。

 続けて一気に機体反転させ、鋼線を背負う。そして――。


『ぬ、ぬおおお――ッ!?』


 あり得ない光景に目を剥くアサラス。

 鋼線を引きずられるように《獅子帝》が投げられたのだ。

 巨体が宙空で大きく弧を描く――。


『ば、馬鹿な!?』


 アサラスは驚愕で顔色を青ざめさせた。

 しかも巨体の圧力に耐え切れず、十数本の鋼線が引き千切れたではないか。


『ぐ、ぐおッ!?』


 そしてその直後、


 ――ズズウウウウゥゥウウン!

 まるで隕石の落下の如く《獅子帝》は大通りに背中から叩きつけられるのだった。

 大きく揺さぶられる操縦席の中で、アサラスはただ愕然としていた。

 と、そんな戦況の中で……。


『ク、クライン隊長!?』


『ちょ、た、隊長! いきなりなんて事をするんですか!?』


『俺らまで潰れるっすよ!? サントス隊長じゃあるまいに雑すぎるでしょう!?』


 危うく《獅子帝》の下敷きになるところだった騎士達が非難の声を上げていた。


『ははっ、悪りい悪りい。無人の場所を狙ったつもりだったんだが、途中で少し千切れたせいで結構ズレたみてえだな』


 アッシュがいたずら小僧のような笑みを浮かべてそう返した。

 かつての隊長の大雑把な態度に、騎士達はただ呆れ果てたように嘆息した。

 すると、その時だった。


『――何故だッ!』


 どうにか立ち上がった《獅子帝》が怒りを露わにして地面に拳を叩きつけた!

 巨拳は地を砕き、周囲に石の破片を撒き散らす。

 ガラガラと石畳が舞い散る中、アサラスは憤怒と戸惑いの声を上げる。


『――何故なのだ! 何故力負けする! 余の《獅子帝》には《極光石》さえも用いているというのに! 何ゆえ貴様に投げ飛ばされるのだ!』


『そんなのてめえがデカ過ぎるからに決まってんだろうが』


 と、アッシュが呆れたように答えた。

 その台詞に、アサラスは訝しげに眉根を寄せる。


『どういう意味だ、小僧……』


『あのな、高い恒力値を得るために機体をデカくしたみてえだが、その分機体を動かすのに恒力を割かなきゃいけねえんだ。攻撃力や膂力に回せてねえ。要するに――』


 アッシュは悪意を宿した笑みを浮かべて告げる。


『てめえの機体は欠陥品だ。人間に例えるならただの肥満なんだよ』


『なん、だと……』


 アサラスは唖然とした。

 五年の歳月をかけて造り上げた機体が……欠陥品、だと?


『はあ……俺も昔、同じような検討をしたよ。高い恒力値を得るにはどうしたらいいかってな。だけど、そんな図体になるんじゃなぁ』


 アッシュは《朱天》の中で眉をしかめた。


『確かに質量はあるから攻撃が当たれば強力だし、見た目の迫力もすげえもんだ。相手を威圧して動揺誘うのには効果的だな。しかしよ、そいつ動くのも辛そうだぞ。まるで息切れしそうな感じだ』


 そこでアッシュは《朱天》の抱える鋼線を束に目をやる。


『まあ、このたてがみの隠し技ギミックは大したもんだよ。初見で喰らっていたら俺もヤバかったかもしんねえ。だけどな……』


 ブチブチブチブチッ――

 と、《朱天》が剛腕で半分ほど残っていた鋼線の束を捩じり切る。


『おし。散髪完了。これでただのデカブツになったな』


 一本残らず引き千切った鋼線の束を後ろに投げ捨て、アッシュがそう嘯く。

 そして白髪の青年は、未だ呆然と立ち尽くす《獅子帝》を不愉快そうに見やり、


『《星導石》を複数積んだ鎧機兵か。それ、発想そのものは《朱天》と同じなんだよなぁ。ったく。俺が《朱天》を造り出すのにどんだけ試行錯誤したと思ってんだよ。不ッ細工な機体造りやがって。なんか《朱天》を馬鹿にされたみたいでイラつくぞ』


 そんな主人の苛立ちを感じ取ったのか、《朱天》がギシリと拳を握った。

 一方、沈黙していたアサラスは――。


『……くくッ、くははははははははははははははははは――ッ!!』


 突如、哄笑を上げた。


『くくくッ、欠陥品か。だが、それが何だというのだ!』


『……なに?』


 アサラスの台詞に、アッシュは眉根を寄せた。

 亡霊の王は、さらに声を張り上げて告げる。


『この機体、我が愛機、《獅子帝》は、我が臣達が余の死出の衣として奉じたもの。断じて恥じるものではない!!』


『……へえ』


 アッシュはわずかに感嘆の声をもらした。

 どうやらこの亡霊の王は、最初から死ぬ気で出陣しているらしい。

 まあ、どんな覚悟をしていようが、やっていることに共感などは出来ないが。


『これまで仕えてくれた臣下がせっせとこさえてくれたもんだから、不満はねえと?』


『然り。余はこの機体を以て皇女を討つ』


 と、告げて、大きく両手を広げる《獅子帝》。

 堂々とそう宣言するアサラスに、アッシュは小さく嘆息した。


『はッ、そこまで自慢げに語って最後の台詞は十四歳の女の子を殺すってか』


『その通りだ。我が憎悪と共にかの者には眠りについてもらう』


『……いきなり心中宣言に変わったなオイ』


 アッシュは皮肉気に呟きつつ双眸を鋭く細めた。

 この王を始め、亡霊どもには最初から生き延びる気がないということか。

 いずれにしろ、こんな亡霊をあの少女の元へ近付けさせる訳にはいかない。

 主人の戦意に従って《朱天》は一歩ずつ足を踏み出した。

 二機の接近と共に、緊迫が増す戦場。

 そして、敵機の眼前でアッシュは吐き捨てるように告げた。


『何であれ、てめえの人生はここで終わりなんだよ。てめえはそのご自慢の機体を棺桶にでもして一人で眠るんだな』

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