第八章 《星々》の乱舞

第126話 《星々》の乱舞①

『おっと、こりゃあ危ねえな』


 そう呟いて、ブライは操縦棍に意志を込めた。

 主人の意志に従い、《金剛》が後ろに大きく跳ぶ。と、その直後、

 

 ――ズガンッッ!

 

 一瞬遅れて巨大な刃が石畳を切り裂く。

 黒い鎧機兵。『レイディアの亡霊』の間で《右剣》と名付けられた機体の一撃だ。

 頭部から生やした大刀を押し潰すように叩きつけたのである。


『――隊長!』


『俺らも加勢するっす!』


 雑兵をほぼ制圧したブライの部下達が気勢を上げる。

 しかし、ブライ――《金剛》はかぶりを振った。


『いや、こんな鈍くさいデカブツ、オレ一人で充分だ。つうか、わざわざオレが出向いたのに獲物を横取りしようとすんなよお前ら』


『いやいや、その言い方はないっしょ。隊長』 


『ああ~、さては隊長。一人で倒したっていう話題をナンパに利用する気っすね』


 と、戦時とは思えない軽口を叩くブライの部下達。

 しかし、そんな彼らだが、誰もブライの指示を無視するそぶりはない。

 そして誰一人とて油断もしていなかった。


『まあ、さっさと片して下さいよ。隊長』


 そう言って、鎧機兵達は間合いから退いた。


『……この《クズ星》が……』


 そこで初めて《右剣》の操手が口を開く。

 ブライはハンと鼻を鳴らした。


『けッ、無口キャラはやめか? つうかやっぱ男か。これで手加減もいらねえな』


 そう告げつつ、ブライは周囲の景観を見渡した。

 美しかった皇都の憩いの広場が見る影もなく破壊されている。

 その中には倒れ伏す僚機の姿もあった。


『……まあ、今回ばっかは女が相手でも手加減する気はねえけどな』


 ブライの愛機、《金剛》は両眼を光らせて《右剣》を睨みつけた。


『ふん! この《クズ星》が……ッ!』


 ズオオッ――と大きく掌を振り上げる《右剣》。

 そして《金剛》めがけて虫を叩き潰すように腕を振り下ろした。


『おっと』


 軽快なブライの声を共に《金剛》は再び後方に跳んで張り手を躱した。

 代わりに亀裂が走る石畳。《右剣》の操手は舌打ちする。


『ちょこまかと……貴様は硬いだけが取り柄の《クズ星》ではないのか』


『アホか。防御力が売りでも意味なく喰らってどうすんだよ』


 ブライは呆れたように言葉を返す。


『それによ。お前、分かってねえよな』


『なに……?』


 と、訝しげに呟く《右剣》の操手に対し、ブライの愛機・《金剛》は大きく右の拳を振りかぶって応えた。狙うは――敵機の右腕だ。


『硬いってことはなあ、殴ることにも向いてんだぜ!』


 ――ズドンッ!


 轟音を立てて《金剛》の巨拳が炸裂する。

 体格差は二倍以上。しかし、それでも《右剣》は一瞬腕を払われそうになった。

 思いがけない衝撃に《右剣》の操手は唖然とする。


『ば、馬鹿なッ! この重量差で……』


『けッ、《金剛》の恒力値は三万七千五百ジン! 舐めてんじゃねえぞコラ!』


 ブライがそう吠えると、主に鼓舞されるように《金剛》が地を蹴った。

 超重量の震脚に、石畳に放射状の亀裂が走る。

 ――が、それで得た加速で《金剛》は巨大な鎧機兵の頭部近くまで跳ぶと、今度は敵機の横っ面に拳を叩きこむ!


『――ぐおッ!』


 大きく横にのけ反る《右剣》。咄嗟にズシンッと左手をついて転倒を防ぐ。

 重すぎる質量に、大地がわずかに振動した。


『おのれッ!』


 と、気炎を吐く《右剣》の操手の意志に従い、巨大な鎧機兵はブオンッと薙ぎ払うように大刀を動かし反撃するが、そこに《金剛》の姿はなかった。


『――はン。おっせえんだよ』


 気付けば《金剛》は少し離れた家屋近くまで移動していた。


『き、貴様ッ!』


 ギリと歯を軋ませる《右剣》の操手。

 その怒りを現すように《右剣》が身を乗り出し右腕を振るった。


 ――ズウウゥウンッ!


 家屋が粉々に砕けて吹き飛ぶ――が、すでに《金剛》は地を砕いて跳躍し、広場の中央辺りに退避している。超重量級の機体とは思えない素早さだ。


『おいおい。本当に鈍くさいな、お前って。あと、あんま壊すんじゃねえよ』


 と、ただ動くだけで石畳を破壊する自分のことは棚に上げて。


『まったく。好き勝手にやってくれるぜ』


 ブライはやれやれと頭をかいた。

 すでに民衆は退避し、僚機達も安全圏に離れている。

 とは言え、こうもあちこち壊されていては後の復興も大変だ。


『どれ。とっとと片すか。オレも忙しいしな』


 そう呟いて、ブライは目を細めた。

 正直、こんな雑魚にかまっている暇はない。

 倒れた仲間達の容態も気になるし、民衆にも実は被害者がいるのかもしれない。

 何よりこの状況にみな不安がっているはずだ。

 皇国の守護者として、これ以上敵機をのさばらせている訳にはいかなかった。


(……まあ、それによ)


 そこでブライは眉をしかめて苦笑をこぼす。

 思えば、この騒動のせいで折角オトハと再会したのにまだ口説けていない。

 それと新たに出会ったサーシャもだ。

 二人はこの誕生祭が終わり次第、帰ってしまうそうだ。

 だからこそ、今の内に彼女達と友好を深めなければいけなかった。

 本来こんな所で時間を潰すほど自分は暇ではないのである。


(やっぱ戦闘より可愛い女の子だろ)


 彼にとっては、そういった『平穏な日常』の方がよっぽど重要だった。

 ブライは再び、ボリボリと頭をかく。そして――。


『そんじゃあ終わらすか』


 そう呟き、彼は不敵に笑った。



       ◆



 皇都ディノス六番地。

 巨大な鎚を持つ鎧機兵と、《雷公》は静かに対峙していた。

 すでに雑兵は制圧した周囲の鎧機兵達は、今は一歩退いて様子を窺っている。


 ハウル公爵家の次期当主。アルフレッド=ハウル。

 この少年が騎士道を重んじているのは、皇国騎士団内では有名であった。

 もはや敵が一機しかいない以上、彼にとって一騎討ちは必然の選択なのである。

 その意気を汲み、騎士達は戦場から退いているのだ。

 敵地でありながら立ち塞がるのはたった一機。


『……《クズ星》が』


 そんな状況に、敵の操手は舌打ちした。


『我が《左盾》を相手に一騎討ちなど……』


『多勢に無勢は好みじゃないんだよ。それにお前ごとき僕一人で充分だ』


 アルフレッドは淡々とそう答える。

 彼の愛機、《雷公》も主人の気迫に応え、突撃槍を身構えた。


『――相も変わらない傲慢な皇国めッ!』


 巨大な鎧機兵・《左盾》が怒号と共に、鎚を振り下ろす。

 対し、《雷公》は大きく後ろに跳躍した。


 ――ズドンッッ!


 直後、凶悪な威力の鎚が石畳を粉砕する。

 大量の石畳の残骸と土砂が巻き上がり、アルフレッドは眉をしかめた。

 まさしく見た目通りの破壊力だ。

 直撃を受ければ《雷公》とてただでは済まない。


『ふん。虫けらだけあって逃げ足は速いな』


 皮肉が混じったような口調で語る《左盾》の操手。

 アルフレッドは苦笑を浮かべた。


『腕力だけが取り柄のお前に言われたくないよ。けど、その鎚は邪魔だな』


 少年は目をすっと細めた。

 すると、その直後、《雷公》の足元から雷音が轟く。《黄道法》の放出系闘技。恒力を足裏から噴出して高速移動する《雷歩》だ。


『――むッ!』


 敵機が即座に反応するが、その前に加速した《雷公》は一瞬で間合いを詰めた。

 そして《雷公》は左手で鎚の柄を掴んで押さえ込む――が、


『……おい貴様、それは何の真似だ?』


 その姿を見て《左盾》の操手はフンと鼻を鳴らした。

 機体サイズがあまりにも違うため、その姿は押さえ込むというよりも、丸太のような柄にただ手を添えているようだったのだ。

 彼の愛機、《左盾》は、七万五千三百ジンもの恒力値を誇る。

 機体内部にA級の《星導石》を八つも積んだ、まさに要塞のごとき鎧機兵だ。

 対する《雷公》はS級の《星導石》を積んでいるとはいえ、その恒力値は三万五千五百ジン程度。出力の差は歴然だ。力比べなどするまでもない。

 今も鎚を軽く振るえば、《雷公》の手など容易くはねのけられるはずだ。


『まさか、この《左盾》と力比べでもしたいのか?』


 と、《左盾》の操手が余裕を見せていたら、


『いや、そんな訳ないだろう』


 アルフレッドが呆れた様子でそう返してきた。

 そして愛機が手を添える鎚の柄を一瞥して。


『ただ少しばかりこれが邪魔だから、今から「棒」に変えるだけだよ』


『……なに?』


 訝しげな声を上げる《左盾》の操手。

 しかし、アルフレッドは気にもかけず《雷公》に意志を送る。

 白金の鎧機兵は迅速に応えた。突撃槍をまるで剣のように振るう。

 その直後、《左盾》の操手は目を剥いた。


『な、なん、だと……。突撃槍で「斬った」だと……ッ!』


 ――そう。《雷公》が突撃槍を振るった途端、鎚の柄が切断されたのだ。

 アルフレッドは愛機の中でふっと笑う。


『こんなの余芸だよ。恒力を刃の形にして槍に放出しただけだ』


 《黄道法》の放出系闘技――《無光刃》。

 突撃槍使いのアルフレッドにとっては隠し技の一つだ。


『それよりも――』


 アルフレッドは目を細めて宣告する。


『突撃槍の真価は「突く」ことにある。今度はそれを見せてやるよ』


『……クッ!』


 鎚を失った《左盾》は柄を投げ捨てると、左手を振り上げた。

 掌底で《雷公》を押し潰すつもりだ。しかし《雷公》に回避するそぶりはない。

 ただ、ゆっくりと突撃槍をかざして――。


 ――ズンッ!


 そして大通りに轟音が響く。

 《左盾》の操手は目を見開いて絶句した。《雷公》が放った突きは《左盾》の左手に丸い風穴を空けて射抜いたのだ。


『さ、《左盾》の多重装甲を貫いただとッ! 貴様、何をしたッ!』


『別に。さっきと同じく恒力を槍から放出しただけだよ』


 アルフレッドはふっと冷たい笑みをこぼす。


『僕の槍は見えないけど、恒力を含めれば実際には数倍の長さがある。その気になればお前の間合いの外から穴だらけにすることも可能だ』


『――ッ!』


 思わずその惨状を想像して息を呑む《左盾》の操手。

 巨大な機体が両拳を地につけ、警戒するように身構えた。

 対し、アルフレッドは冷やかな笑みを崩さない。


『けど、安心するといいよ。お前はそこまで警戒する程の相手じゃないし』


 そもそも故郷の街を破壊され、怒り心頭なのだ。

 直接ぶちのめさないと気が済まない。

 そして皇国の少年騎士は、抑えきれない怒気を込めて告げる。


『この間合いで戦ってやるよ。僕とみんなの怒りを直接刻みつけてやる』

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