第125話 怨讐の魔神④
――ズガンッ!
銀閃が奔り、黒い鎧機兵は倒れ込む。大通りに地響きが鳴った。
そして、敵機を斬り捨てた白い鎧機兵が《朱天》に近付く。
『――クライン隊長!』
『ウッドか……』
アッシュは横に並んだ僚機を一瞥した。
ウッドと言うのは、僚機に乗るアッシュの元部下の名前だ。
『まさか、隊長が来て下さるとは……』
『来たのは、ほとんど私情だよ。だが……』
一旦言葉を止めて、アッシュは崩れ落ちた家屋に目をやった。
たった今、僚機が無残に叩きつけられた場所だ。
アッシュはすうっと目を細める。
『……いま、あの野郎にやられたのは……』
『……恐らくロベルトの奴です。大破している連中も我が隊の……』
悲哀と怒気を宿した声でウッドはそう答える。
アッシュはギシリと歯を軋ませた。ロベルト。アッシュの元部下の中でも特に若く、自分の一つ下の青年だ。年齢が近いこともあり友人とも呼べる人物だった。
そして大破した鎧機兵の騎士達も――。
『……隊長。奴の相手ならば私もお供します』
そう告げるウッドに、アッシュは《朱天》の中でかぶりを振った。
『いや、俺の方はいい。ウッド。お前は他の奴の援護に回ってくれ』
『……しかし、いえ、了解しました隊長。では、ご武運を!』
そう応え、ウッドの乗る鎧機兵は、未だ交戦中の僚機の元へ向かった。
去りゆく元部下を背に、アッシュの愛機・《朱天》は、ゆっくりと歩き出す。
そしてサーシャ達の元で立ち止まると、優しい声をかける。
『……もう大丈夫だ。さあ、早くお前達は近くの家屋に隠れているんだ』
すると、サーシャがくしゃくしゃと顔を歪めた。
「せ、先生ぇ……さ、さっきの、さっきの人がぁ……」
そう呟く彼女の動揺は大きい。
あんな光景を目撃してはそれも当然だろう。
「……ごめんなさい。アッシュさん。私、結局正しい判断なんて……」
サーシャに肩を貸しつつ、アリシアも沈痛な面持ちをする。
さっきの光景は彼女にとっても大きな衝撃だった。
なにせ、名も知らない彼はアリシアの身代わりになって――。
『……アリシア。詳しい話は後でゆっくり聞くよ。今は早く逃げるんだ。お前達の盾になったあいつも――ロベルトの奴もそれを望んでいる』
アッシュは淡々とそう告げた。
アリシア達が傷ついているのは明白だ。配慮してやりたいのはやまやまだが、ここで避難が遅れては、ロベルトの意志を踏みにじることになる。
『お前達は逃げるんだ。ロック、エドワード。サーシャとアリシアのこと。それとその腕の中の女の子のことも……頼めるよな?』
アッシュは少年達を見て尋ねる。
ロック達もかなりの衝撃を受けていたようだが、ハッとした表情を浮かべ、
「はい。任せておいて下さい。師匠」
「おうよ! エイシス達は俺らが安全な場所まで連れて行きます!」
『……そうか。なら任せたぞ』
アッシュがそう言うと《朱天》は再び歩き出した。
同時にロック達も避難し始める。
エドワードがサーシャに肩を貸し、ロックが助けた女の子を抱きかかえたまま「しっかしろ、エイシス」とアリシアを励まして駆け足で進み出す。
(……とりあえず大丈夫そうだな)
アッシュは守るべき者達が路地裏の奥に消えるのを見届けた。
そして《朱天》は黙々と進む。
鋼の拳を静かに固め、尾をゆっくりと左右に揺らし。
目指す場所――倒すべき敵の元へと。
『やってくれたな。てめえ』
と、アッシュは怒気を込めて吐き捨てる。
かくして《朱天》と《獅子帝》は相対した。
二機は互いに睨み合う。
そして――。
『お主のことは知っているぞ。確か《クズ星》の三番目だな』
おもむろに《獅子帝》――アサラスが語り出した。
それに合わせ、アッシュも眼前の巨大な鎧機兵に尋ねる。
『そう言うてめえは亡霊どもの親玉か?』
明らかに他とは違う特別な機体。
十二万ジンという馬鹿げた恒力値からしてそう推測したのだ。
すると、アサラスはカカッと嗤った。
『いかにも。余の名はアサラス=レイディア。レイディア国の王であるぞ』
『……おいおい、王様だったのかよ』
アッシュは少しばかり呆れてしまった。
今回の一件。レイディア貴族の残党が主犯だと考えていたのだが……。
『ったくよ。敵の王族を討ちもらすなよ』
滅ぼした敵国の王族を野放しにするなど普通はあり得ない。
恐らく当時は、よほど混沌としていたのだろう。
『ふん。あの日死んだのは余の影武者よ。愚昧な皇国では気付けまい』
愚者を蔑む口調でアサラスはそう言い放つ。
そしてレイディアの老王は、訥々と語り出した。
『……お主らに分かるまい……』
それは、聞いた者の魂さえ凍りそうな冷たい声――。
その言霊には、二十年以上にも及ぶ怨念の重みがあった。
『貴様らは断じて正義などではない。貴様らの偽善により我らレイディアが――』
『うっせえよ。黙れボケ』
しかし、アッシュはアサラスの憎悪を一蹴した。
亡霊の王が大きく目を見開く。
『なん、だと……小僧』
『黙れって言ったんだよ。カスが』
アサラスの言葉など歯牙にもかけず、アッシュは吐き捨てる。
その怒気の激しさはアサラスの怨念にも劣らなかった。
『戦争に正義も悪もねえよ』
アッシュはさらに荒い語気で語る。
『戦争にあんのはそれぞれが掲げた大義名分だけだ。大義同士がぶつかり合い、勝った方に正義の冠。負けた方に悪のレッテルがはられるだけだろうが』
『小僧が……知ったふうな口を利きおって』
ギリとアサラスは歯を軋ませた。
その眼光は、憎悪で妖しく輝いているようだった。
灼き尽くすような憤怒を込めた殺意。
しかし、それさえもアッシュには関係なかった。
『あのな、てめえの愚痴なんかに興味はねえんだよ』
はっきりとそう告げる。
『ぐ、愚痴、だと……ッ!』
あまりの暴言に、アサラスは目を剥いた。
対し、アッシュは苛立ちを込めて言葉を続ける。
『わざわざ今頃になって現れやがってよ。折角生き延びたんだから黙って第二の人生でも送っとけよ。そしたら余生も過ごせただろうに』
そこでアッシュは獰猛に笑う。
同時に《朱天》が、ズシンと一歩踏み出した。
『けどな。もう遅せえよ。俺の
そして《朱天》は両の拳を叩きつけ、開戦の轟音を鳴らす!
『《七星》が第三座、《朱天》――《双金葬守》アッシュ=クライン! てめえは絶対にぶち殺す! 塵にしてやるぜ!』
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