第123話 怨讐の魔神②

「……おっ、あれが大型鎧機兵って奴か」


 飛翔する鎧機兵――《鳳火》の足に掴まった《金剛》。

 その操縦席の中にてブライが、眼下の光景を見て呟く。

 そこは、皇都ディノス四番地。

 円形状に店舗や家屋が軒を連ね、中央部は大きな噴水がある憩いの広場だ。

 ただし、今は無残に崩れてだいぶ景観が変わってしまっているが。


「……デカブツ以外は大体片付いてるみてえだな」


 上空から確認する限り、二十機ほどの黒い鎧機兵が大破して白煙を上げている。

 ただ、所々には数機の白い鎧機兵――皇国騎士の機体も横たわっていた。

 流石に損害なしで敵勢力を無力化することは出来なかったようだ。


「けど、民衆の避難はやり遂げたか」


 ブライは目を細めて呟く。

 パッと見たところ、逃げ遅れた人間や死者の姿は見えない。

 さらに目を凝らしても血痕と思しきものもない。

 これだけの乱戦の中で民衆に死者を出さないのは誇るべきことだろう。

 願わくは、仲間にも戦死者がいないといいのだが……。


「……誰も死んでねえよな、お前ら」


 と、ブライが呟いた時、一機の騎士の鎧機兵がドンッと吹き飛んだ。

 白い鎧機兵は噴水にぶつかり、そのまま倒れて立ち上がる様子はない。


「……くそッ、あのデカブツが。好き勝手にやりやがって!」


 目の前で仲間を戦闘不能にされ、ブライは苛立ちを見せた。

 現在動ける鎧機兵は残りの敵機――黒い鎧装を纏い、頭部から大刀を生やした四足獣型の鎧機兵を取り囲んでいた。動きこそ鈍重だが、圧倒的な力で大刀を振り回す巨大な敵相手に騎士達も攻めあぐねているようだ。

 このままではまた仲間に被害者が出るかもしれない。


「こいつはオレもあんまのんびりしてられねえよな」


 戦況を見据えて、苦々しく呟くブライ。

 ここまで来ればもう充分な距離だ。いっそ飛び降りてしまおうか。

 と、考えていた時、上から声がかかってきた。


『ブライ! そろそろ落とすわよ! いいわよね!』

 

 《鳳火》に乗るミランシャの声だ。

 実にナイスなタイミングだ。ブライはニヤリと笑う。


『ああ、構わねえ! あのデカブツの前に近付けてくれや!』


『分かったわ! じゃあ行くわよ!』


 ミランシャがそう叫んだ直後、《鳳火》が滑空する。

 そして家屋の屋根と並ぶ高度まで下降した時、《金剛》は手を離した。


 ――ズウウゥン……。


 石畳を砕き、地響きを立てて着地する《金剛》。

 ガラガラと跳び散る石畳の欠片。濛々と浮き上がる砂埃。

 最硬を誇る城砦のごとき鎧機兵は、衝撃に揺らぐこともなく立ち上がった。

 そして《金剛》は敵機に向かってゆっくりと歩み出した。


 ズシン……と、一際大きい足音が広場に響く。

 その姿に、周囲の騎士達は歓声を上げた。


『おおッ! サントス様!』


『サントス隊長! 遅いっすよ!』


『やれやれ。どうせまたナンパでもしてたんでしょう』


 と、思わず呆れてしまいそうな声をかけてくる鎧機兵達。

 どうやらこの場にはブライの直属の部下もいるようだ。

 とりあえず部下の無事な姿を確認して、ブライは苦笑をこぼした。

 まったくもって、しぶとい連中だ。

 ブライはボリボリと頭をかき、


『ったく! はしゃぐんじゃねえよ、てめえら!』

 

 口角をわずかに緩ませつつ一喝した。

 それから敵機を見据える。超重量級の《金剛》でさえ見上げるほどの巨体だ。

 まるで魔獣を思わせる巨躯。流石に凄まじい威容だ。

 

 しかし、ブライは不敵に笑うだけだ。

 その程度で尻込む人間など《七星》にはいない。

 

『――はン。デカブツが』


 そう吐き捨て、ブライは猛々しく吠える!


『《七星》が第四座、《金剛》――《不落王城》ブライ=サントス! てめえをぼこらせてもらうぜ! 覚悟しな!』



       ◆



『さて。今度は僕の番だね』


 雄々しく吠える《金剛》を背に、アルフレッドは呟く。


『そうね! 急ぐわよ! しっかり掴まってなさい!』


 ミランシャの指示と同時に《鳳火》はさらに加速した。

 この移動速度は《七星》最速の《鬼刃》でさえ出せないだろう。

 そうしてハウル姉弟の乗る二機は、瞬く間に六番地に辿り着いた。

 ここは一般的な大通りであり、両脇には店舗や家屋、中央部は大きな水路で分断されている場所だ。

 眼下の戦況は四番地と大差はない。黒い鎧機兵の残骸と一機だけ残った巨大な機体。とんでもない大きさの鎚を持つ黒い鎧機兵だ。

 見たところ一瞬だけ二足歩行になって振り回しているらしい。

 桁違いの威力に、騎士達も迂闊に近付けない状況だ。


『だいぶ苦戦してるみたいだね。だけど……』


 アルフレッドは大通りのいくつかの家屋に目をやる。

 どうもこの地区には火を扱う店舗が多かったようだ。

 一部が燃え移り火事になりかけている。


『これは……あまり時間をかけられないね。早くあいつを片付けて鎮火しないと』


『ええ、そうね。アタシも手伝おうか?』


 なんだかんだ言っても弟には甘いミランシャがそう提案する。

 が、アルフレッドの乗る《雷公》はかぶりを振った。


『姉さんは一番地に戻って欲しい。まだ奴らには隠し玉があるかもしれない。団長達と一緒に皇女殿下を守って欲しいんだ』


 そんな弟の意見に、ミランシャはクスリと笑った。


『あらあら、正確には皇女殿下とユーリィちゃんでしょう。残念ねアルフ。折角ユーリィちゃんがいるのに、いいところを見せられなくて』


『……姉さん。戦場で不謹慎だよ』


 と、アルフレッドは一応姉を窘めるが、


『けど、まあ、確かにそうかもね』 


 事実でもあるので、結局苦笑を浮かべる。

 彼が想いを寄せる少女は、現在遠い異国の地で暮らしている。そのため、アピールする機会などそうそうないのだから、ここらでアピールしたかったのは本音だ。

 アルフレッドは《雷公》の中で、深々と溜息をついた。


『あなたも大変ね。ユーリィちゃんと付き合うにはアシュ君より強くならなきゃいけないのよ。それがどれだけ困難なのか、誰よりもあなたが知ってるでしょうに』


 するとそんな弟の心情を察したのか、ミランシャが同情じみた声をかけてくる。

 これにもアルフレッドは溜息をついた。


『……まあ、アシュ兄、ユーリィ様のことになると大人げないし……』


 これまで何度アッシュに挑み、返り討ちにあったことか。

 普段は気さくなあの良き兄貴分も、愛娘のことになると鬼と化す。

 アルフレッドは、それを嫌になるぐらいよく知っていた。


『けどさ、姉さんがアシュ兄と恋人にでもなってくれたら、僕の方のハードルも少しは下がると思うんだけど?』


『……うッ』


 アルフレッドの指摘に、ミランシャは言葉を詰まらす。

 そんな姉に対し、赤髪の少年はさらに言葉をたたみかける。


『大体姉さんもアシュ兄が折角帰ってきてるのに全然アピールしてないじゃないか。オトハさんに差をつけられて焦ってるんじゃなかったの?』


『そ、それはそうだけど……アシュ君の周りっていつも誰かいるじゃない? 中々二人っきりになれないのよ……』


 ミランシャの声にはまるで覇気がない。

 アルフレッドは普段は活発なくせに、奥手すぎる姉に対して嘆息する。


『はあ、僕も姉さんも前途多難ってことだね……』


『そうよねえ……ま、そろそろ雑談は終わりにしましょう。アルフ、落とすわよ!』


 そう告げられ、アルフレッドは頷いた。

 すでにその顔つきは騎士のものに変わっている。


『うん。頼むよ姉さん』 


 蒼い空を舞う《鳳火》は《雷公》をぶら下げたまま滑空する。

 そして、巨大すぎる鎚を持つ敵機の前で《雷公》は離脱した。

 落下の衝撃で石畳をはぎ取りつつ、《雷公》は着地する。


『――アルフレッド様! 来て下さったのですか!』


『きゃあああ! アルフ君だ!』


『やだッ! アルフ君が助けに来てくれたの!』


 どうやらこの地区の警護者には女性騎士が多かったらしい。

 ブライが聞いたら悔しがりそうな黄色い声援が飛び交う。

 アルフレッドは苦笑を浮かべつつ。


『……随分と好き勝手にやってくれたね。亡霊』


 そして《雷公》が突撃槍を突き出す!


『《七星》が第七座、《雷公》――《穿輝神槍》アルフレッド=ハウル! 我が槍にて皇国の敵を討つ!』

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