第七章 怨讐の魔神

第122話 怨讐の魔神①

 すべては、この日のためだった。

 栄華を極めた祖国を滅ばされ、アサラス=レイディアは生き地獄を味わった。

 レイディア国の歴史は古い。

 遡れば数千年に至るほどの、四大陸においても最古の王国と言えるだろう。

 誰よりも、どの国よりも長く世界を見守り続けた偉大なる一族。

 それが、レイディア一族だった。


 しかし、二十一年前のあの日。

 高貴なる者と、ただの従者でしかない者の区別もつかない愚昧な皇国によって、レイディア国は数千年の歴史に幕を下ろした。

 ――許しがたい暴挙である。


(高貴なる者が奴隷を用いるなど当然のこと……。何故それが分からぬ!)


 アサラスはギシリと歯を軋ませる。


 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!


 同時に彼の愛機も咆哮を上げた。

 そして、絶え間なく天を塞ぐ岩盤を殴り続ける!

 巨大な拳が岩盤に叩きこまれる度に、大きな亀裂が縦横無尽に走り抜けた。


(もうじきだ……。もうじき天に届く)


 暗闇の中、アサラスは不気味な笑みを浮かべる。

 それは狂気なのか、怒りなのか。

 そして、遂に愛機・《獅子帝》の拳が岩盤を打ち抜いた。

 神々しいほどの光が亀裂から注ぎ込まれる。


「おおお……遂に」


 アサラスは笑みを深めると、愛機の両腕を亀裂に差し込んだ。続けて強引に岩盤をこじ開け、光に満ちた世界へ機体を割り込ませた。

 

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!


 再び咆哮を上げる《獅子帝》。

 そこは皇都ディノスの一角。三番地の大通り。

 大地を打ち砕いて現れた《獅子帝》は、巨城――ラスティアン宮殿を見上げた。

 報告ではあの麓、一番地にアサラスの望む少女がいるはず。


「さあ、今こそ迎えに行くぞ。我が花嫁よ」


 そう呟き、亡霊の王は嗤った。



       ◆



「おい、さっきから一体どうなってんだよ?」


「……何かトラブルでもあったのか?」


 そこは、皇都ディノス一番地。

 ざわざわと動揺する民衆に囲まれ、完全に止まってしまった巨大な馬車の上にて。


「……地面から鎧機兵が出てきただと?」


 豊かな胸を支えるように腕を組んだオトハが、そう呟いた。

 対し、通信兵はさらに詳細を報告する。


「はっ! 三番地、四番地、六番地にて、三機の大型鎧機兵が舗装された石畳を破壊して出現したそうです。現在、警備兵が応戦中であります」


「……まさか、地中とはな」


 ライアンが腕を後ろ手に組んだまま嘆息する。


「水路から出て来たのは、そこまで穴を掘って潜んでいたってこと? どれだけの労力を割いているの、それ?」


 そう呟くミランシャは、完全に呆れ顔だ。


「多分、十数年単位でコツコツ準備していたんだろうね。もしかすると、いま皇都の地下って空洞だらけになってるのかな……」


 アルフレッドがそんな笑えないことを呟く。


「まあ、それは後で要調査だな。ところでさっきの報告で大型鎧機兵とか言ってたが、一体どんぐらいのサイズだったんだ?」


 と、一職人としても気になったアッシュが、通信兵にそう尋ねる。

 対し、通信兵は姿勢をアッシュの方へ向けると、敬礼をしつつ答えた。


「はっ! クライン様。全高は目視で測ったところ……およそ十セージル。形状は従来のものと大きく違い、四足獣のようなタイプだと報告を受けています」


「はあッ!? なんだそりゃあ!?」


 と、声を上げたのは、アッシュではなくブライだ。

 尋ねたアッシュ本人は唖然としている。他の《七星》達も似たような表情だ。


「……全高が十セージル……通常の鎧機兵の三倍の大きさですか。四足獣と言うのは恐らく二本足で立つことが出来なくなったのでしょうね」


 ソフィアがあごに手を当て、冷静に敵機の情報を分析する。


「……それって恒力値はどれくらいなの? 測っているんでしょう?」


「それが……」


 頬に手を当て尋ねてくるミランシャに、通信兵は一瞬困惑したように口ごもるが、すぐに表情を改めて情報を伝えた。


「三機の内、四番地と六番地に現れたのは七万五千ジン前後。そして――」


 一拍置いて通信兵は告げる。


「三番地に出現した機体は、十二万ジンを超えていたそうです」


 その報告に、《七星》達の表情は鋭くなった。

 わずかな沈黙の後、ライアンが嘆息するように呟く。


「やれやれ、七万五千に十二万ジンか。大体何をしたのか想像はつくな」


 アッシュもボリボリと自分の白い髪をかいた。


「まあな。多分A級の《星導石》をしこたま積んでんだろうな。十二万ってのは下手すりゃあS級を使ってるかも知んねえ。図体がバカでかいのはそのためか」


「……よくやるよね。そこまで出力を上げたら歩くだけでも大変だよ」


 と、呆れたように呟くアルフレッド。

 それに対し、ミランシャが弟の肩をポンと叩いた。


「だからこその四足歩行なんでしょうね。速度を完全に捨てたんだわ。もはや鎧機兵と言うより動く要塞のようなものね」


 そして再び沈黙が降りる。

 アッシュ達六人は彼らの長である女性に注目していた。

 ――これからどう動くのか。それを決断するのは彼女だ。

 そうして彼女――ソフィア=アレールは戦術を決めた。


「ブライ君。アルフ君。あなた達は四番地と六番地に向かって下さい。上級騎士達といえど、相手は未知の機体。苦戦は免れないでしょう。邪魔な奴を仕留めてきて下さい」


「OKだぜ! 団長!」


「はいっ! 了解しました!」


 ドンッと拳で胸を叩くブライと、敬礼して応じるアルフレッド。

 続けて、ソフィアはライアンを見据えて、


「副団長。三番地はあなたに――」


「いや、待ってくれ団長」


 と、そこでアッシュがソフィアを止めた。

 ソフィアは眉を寄せる。


「どうしました? アッシュ君」


「……悪りいが、三番地は俺に任せてもらえねえか」


 いきなりそんなことを告げるアッシュ。

 ソフィアは軽く目を見開いた。


「何故ですか? ここにはユーリィちゃんがいます。あなたとオトハちゃんにはここの守護を任せようと思っていたのですが……」


「まあ、確かにユーリィのことは心配なんだが……」


 言って、ちらりと上段を見やると、ユーリィは不安そうにこちらを見つめていた。

 アッシュは元気づけるように笑みを返してから、再びソフィアの方を見据えた。


「……けど、三番地にはユーリィ以外の大事な連中がいるんだよ。親御さんから預かっている以上、どうしても様子が気になってな」


 と、正直な想いを語る。

 サーシャ達がまた無謀な行動をしている……とは思っていない。

 しかし、今回の異常な鎧機兵は想定外のものだ。ならば他にも何かイレギュラーな事が起きているかもしれない。そう考えると、やはり心配になってしまうのだ。


「まったくお前は……相変わらず身内に甘いな」


 その様子を横で窺っていたオトハが、呆れたように肩をすくめた。


「ほっとけ。お前だって心配なんだろ?」


「まあ、確かにな」


 そんな二人の様子を見て、ソフィアは判断を下す。


「……いいでしょう。では、三番地はアッシュ君に任せます」


 騎士団長はさらに指示を告げる。


「私と副団長、そしてオトハちゃんはこのまま皇女殿下とユーリィちゃんの護衛に当たります。ミランシャちゃんはブライ君とアルフ君を送っていってくれますか」


「ええ、いいわよ。団長」


 即答するミランシャ。

 が、それに対してブライとアルフレッドは青ざめた。


「ちょ、ちょい待った団長! 送るってそりゃあ……」


「ま、まさか、《鳳火》で……?」


「ええ。時間がありませんし、それが一番早いでしょうから」


 にっこりと笑って返すソフィア。

 ブライとアルフレッドは泣き出しそうな顔になった。


「……ちょっと。アタシが送ってあげるって言ってるのに失礼な顔をするわね」


 と、不機嫌そうに呟くミランシャ。

 しかし、すぐにケロッと表情を明るいものに変えると、腰の短剣を抜刀した。


「まぁいいわ。じゃあ《鳳火》を喚ぶからあなた達も自分の機体を用意しなさい」


「お、おい、待てよ、ミランシャ!」


「ね、姉さん!」


 思わず止めに入るブライ達だが、ミランシャは構わず自分の愛機を喚んだ。


「――来なさい。《鳳火》」


 そして、彼女達が乗る巨大な馬車の下段に光の紋様が浮き上がる。

 描かれた転移陣。そこからゆっくりと浮き上がるのは緋色の鎧機兵だ。

 しかし、その姿を見ても、初めて見る人間は鎧機兵とは思わないだろう。

 何故なら、その姿はまるで――。


「……相変わらず『鳥』だな」


 オトハが呆れたような口調で呟く。

 ――そう。ミランシャの愛機・《鳳火》は世にも珍しい鳥型の鎧機兵なのだ。

 その形状は、大鷲に鎧を纏わせたような姿というのが的確だろうか。


『――アタシね! 空を飛んでみたいの!』


 そんな夢見る乙女のような発想で造られたのがこの機体だ。

 そして誰もが一笑に付すこの発案をハウル公爵令嬢は財力と技術力で乗り越えた。

 装甲と重量をギリギリまで落とし、遂に飛行を可能にしたのだ。

 蒼天を制する公女。《七星》の中でも最もシンプルな二つ名を持つ操手。

 それが、ミランシャ=ハウルだった。


「さあ、グズグズしない! 二人とも早く鎧機兵を喚びなさい!」


 言って、ミランシャは《鳳火》に乗り込んだ。

 一般的な鎧機兵は馬の早駆けのような姿勢で搭乗するのだが、彼女の愛機は操縦席も変わっていて、操縦シートこそあるが、立つようにして乗るタイプだった。基本的に胸部に当たる部分が薄いのである。鎧機兵とは主人に似るものなのかもしれない。


『こっちは準備できたわよ! いつまで待たせるのよ』


 そして拡声器から聞こえてくるミランシャの声。

 対し、ブライとアルフレッドは未だ尻込みしていた。


「くそッ、またミランシャに爆弾みたいに落とされんのか」


「まあ、仕方がないよブライさん。耐えるしか……」

 

 《鳳火》の運搬方法とは鎧機兵に足を掴ませ、上空から落とすといったものだった。この上なく荒っぽい運搬方法で騎士団内では大不評な方法である。

 だが、迷ってもいられない。

 ブライとアルフレッドは覚悟を決めると、それぞれ短剣を抜いた。


「――来い! 《雷公》!」


 まず先に叫んだのはアルフレッドだ。

 同時に展開された転移陣から出て来たのは、白金色の鎧機兵。長大な突撃槍を携えた、王の如き冠をいだく機体。アルフレッドの愛機・《雷公》である。

 途端、民衆から「オオオオオオォ!」と声が上がった。立て続けに《七星》が愛機を喚び出し、動揺以上に興奮が湧き上がったのだ。

 続いて、ブライも短剣を構えた。


「来な! 《金剛》!」


 愛機の名を叫ぶ。

 そして同じく転移陣が展開され、そこからは山吹色の鎧機兵が召喚された。

 全高が四セージルにも届く巨体。丸みを帯びた多重装甲を持つ超重量級の機体だ。

 特に通常の鎧機兵より二回りは大きい前腕部が特徴的で、盾に匹敵しそうなほど分厚い手甲には城壁を思わす煉瓦状の紋様が刻まれている。

 これが《金剛》。《不落王城》の二つ名を持つブライ=サントスの愛機だった。


「よっしゃ。んじゃあ行くかアルフ!」


「うん! 分かったよ!」


 言って、二人も各自の愛機に乗り込んだ。

 三人の機体が出揃ったところでソフィアは民衆に視線を向けた。

 そして、澄んだ声で語りかける。


「――皆さん。たった今、報告が入りました」


 美しき騎士団長の言葉に、民衆はシン――と静まりかえった。

 ソフィアは美麗な顔を哀しみの色に染めて言葉を続ける。


「哀しいことに、現在皇都各地区は所属不明の集団に襲撃を受けているのです」


 民衆は揃って息を呑む。

 誰も声を出さないのはソフィアの姿に魅せられているためか。


「恐らく皇国に遺根を持つ者達なのでしょう。対話ではなく武力で訴えかけられたことは残念でありません。ですが皆さん。ご安心ください。我が騎士団は勇猛にして優秀。各地区に配備した皇国騎士の活躍もあり死傷者は出ておりません。しかし――このままでは戦況が芳しくないのも事実」


 そこでソフィアは聖母のように両手を広げた。


「よって私達は《七星》の導入を決断しました。我らが最高の力を以て、この争いに終止符を打ちます」


 ウオオオオオッ――と歓声が上がる。

 皇国最強の騎士達の出陣は民衆の恐怖や不安を払い、戦意を鼓舞させた。

 ソフィアは民衆の顔を一人ひとり見つめるように視線を動かした。


「ですから皆さん。ご安心ください。我らの勝利は揺るぎありません」


 言って、ソフィアは恭しく一礼をした。

 民衆は大歓声を上げて《七星》の名を連呼していた。

 その声を背に、ソフィアはにっこりと笑って振り返る。


「さて。では出陣と行きますか」


 そう告げる騎士団長に、他の《七星》は苦笑を浮かべた。


「相変わらずだな。団長」


 アッシュは腕を組み、嘆息した。

 この大観衆の前であんな『演説』は自分には出来そうもない。


『まあ、確かにね。アタシは団長にはなりなくないわね。こんなの苦手だもの』


『いや、姉さんが団長になったら別の意味で……』


『あら? アルフ。いま何か言った?』


 と、やり取りするハウル姉弟に、ソフィアはふふっと笑みをこぼす。


「慣れたら誰でも出来ますよ。では、皆さん。お願いしますね」


『ああ、OKだぜ団長。けど、今回のお礼に今度デートしてくれよ』


「ふふっ、思いっきり公私混同しますね、ブライ君。まあ、冗談はさておき」


 ソフィアはすうっと目を細めた。


「《不落王城》。《蒼天公女》。そして《穿輝神槍》。出陣を許可します。我らが皇国の敵を潰してきなさい」


『『『了解!』』』


 そう応え、《鳳火》が膨大な恒力を噴出し蒼天に羽ばたいた。続けて滑空すると《金剛》、《雷公》を拾い上げる。

 そして大歓声を背に、尋常ではない速度で飛び去っていった。


「……おし。じゃあ、次は俺の番だな」


 それを見送ったアッシュは《朱天》を召喚する前に、馬車の上段に上がった。


「……アッシュ」


 そして駆け寄ってくるユーリィを、片膝を屈めて抱きとめた。

 少し震えている少女の頭をポンポンと叩く。


「……アッシュ。メットさん達をお願い」


「ああ、分かっているよ」


 そう応え、アッシュは立ち上がる。

 続けて、玉座に緊張した面持ちで座るフェリシアに視線を向ける。

 彼女も少し震えていた。しかし――。


「クライン様。サーシャ様達のことをよろしくお願いします。そして――御武運を」


 気丈な表情を浮かべて、アッシュに頭を下げた。

 アッシュは静かに頷いた。


「ああ、サーシャ達は助ける。そして君も守り抜いて見せるさ」


 そう告げる青年に、フェリシアは笑みを見せた。

 そしてアッシュは一度だけユーリィの頭を撫でると、身を翻し下段に降りた。

 すると、オトハがコツコツと足音を鳴らして近付いてくる。


「……クライン。油断はするなよ」


「ああ。ユーリィと皇女様の方は頼んだぜオト」


「任せておけ」


 言って、自信ありげに大きな胸をそらすオトハに、アッシュは苦笑を浮かべた。

 そしてユーリィにしたようにオトハの紫紺色の髪をくしゃくしゃと撫でる。

 オトハはジト目でアッシュを睨みつけた。


「……クライン」


「ははっ、悪りい。オトはちょっと背が低いかんな。つい」


 そう弁解しながらアッシュは笑い、続けて愛機・《朱天》を召喚した。


「うんじゃあ、行ってくるよ」


 アッシュは愛機に搭乗すると、一気に大通りに身を投げ出した。

 目指す場所は三番地。《朱天》ならば、あっという間の距離だ。

 そして四本角の漆黒の鎧機兵は駆け出し、瞬く間に姿を消した――。


「アッシュ君も行きましたね。しかし……」


 ソフィアはおもむろにオトハを見やると、いたずらっぽく微笑んだ。


「うふふっ、それにしてもオトハちゃん。しばらく見なかった間に、随分と進展したようですね~。ミランシャちゃん大ピンチです」


「……? 何を言っている? 団長殿」


 いきなりそんなことを言われ、オトハは首を傾げた。

 すると、ソフィアはうふふと口元を押さえた。


「いえいえ、だってこんな大観衆の前でナデナデしてもらうなんて。はたから見ると、まるで恋人のようでしたよ」


「……え?」


 唖然とした声をもらすオトハ。

 そして慌てて民衆の方へ目をやると、愕然と両膝をつく数十人の男衆がいた。


「そ、そんなァ……オトハさまがあ……」「頭を、ナデナデ、だと……ッ!」「う、うそだろう……何かの見間違いと言ってくれ!」「ちくしょう……ちっくしょうッ!」


 そんな怨念じみた呻き声が聞こえてくる。

 オトハは、しばし呆然とその光景を見つめ……。


「な? なななっ!?」


 カアアアアアアアアアァ――

 と、思わず顔を真っ赤にするオトハであった。

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