第121話 誕生祭④

 皇都ディノス三番地。宿屋の二階にて。


「……ねえ、パレードがここまで来るのってまだ先よね」


 バルコニーから眼下の賑やかさを眺めつつ、アリシアがそう呟いた。


「ああ、そうだな。時間的には丁度いまラスティアン宮殿を出たところか。あと一時間はかかるかもしれんな」


 室内の丸時計を見て、隣に立つロックが答える。

 彼ら四人の騎士候補生は横に並んでバルコニーから大通りを眺めていた。


「う~ん。じゃあ、先に下の露店とか覗いてみる? 流石に暇だし」


 と、提案するサーシャに、エドワードが賛同した。


「おッ、なら早速行ってみっか? なんか美味そうなもん買い溜めしとこうぜ」


「……あなた達ねえ」


 アリシアが眉をしかめる。


「この大衆のどこかにテロリストが潜んでいるのかもしれないのよ」


「いや、けど俺らには何もできねえだろ?」


 そう答えるエドワードに、アリシアは嘆息した。


「ここなら異変がないか広く監視できるでしょう。確かに私達は未熟だけど、この程度なら出来るわ。アッシュさんにも心配かけないし」


「……アリシア。もしかしてそれが目的でこの宿をとったの?」


 サーシャが呆れた口調でそう尋ねると、アリシアはパタパタと手を振った。


「あははっ、ここはあくまでパレードの見物のためよ。見張りはさっき思いついただけ。昨日の晩からずっと、私に何が出来て何が無理なのかを考えていたから」


「……なるほどな」


 ロックが苦笑をこぼす。アッシュの指示は「何もするな」だったが、これぐらいなら問題ないだろう。自分の実力を考慮した上でのアリシアの結論だった。


「それなら俺も付き合うか。見張りは多い方がいいだろう」


「えっ、悪いわよそれ。勝手に私が気休め程度にやってるだけだし」


 アリシアが目を丸くした。

 しかし、ロックはふっと笑い、


「気にするな。俺も勝手にやるだけだしな」


 見張り目的といえど、想いを寄せる少女と二人きりという状況は逃したくない。

 そんな少年的な打算は一切出さず、ロックはニヒルな笑みを浮かべる。

 が、そこまで現実は甘くなかった。


「あっ、だったら私も残るよ。二人より三人の方がいいでしょう」


「けッ、しゃあねえな。俺も付き合ってやるよ」


 サーシャとエドワードまでそう言ってくる。


(……おい、エド)


 ロックは誰にも気付かれない程度に眉をしかめた。

 サーシャは仕方がないが、エドワードは自分の想いを知っているはず。ここはサーシャを連れ出すなどして、少しぐらいフォローしてくれてもいいだろうに。


(……やれやれ、俺の恋もままならんということか)


 はあっと嘆息するロックだった。

 と、その時。


「……ごめん。みんな」


 アリシアがポツリと謝罪する。


「アッシュさんの言うことはもっともだった。私、考えが甘くて、みんなを危険に晒していたと思う。本当にごめん」


 アリシアは居ずまいを正して深々と頭を下げた。

 対し、サーシャ達は沈黙していた。

 そして――。


「それはお互い様だよ。アリシア」


 サーシャが語る。


「私も考えが甘かった。アリシアに甘えていたんだ。特に《業蛇》の時は、事前に先生から絶対に手を出すなって言われてたのに……」


「……今までの件は連帯責任だ。師匠も言っていただろう。お前の言葉は切っ掛けにすぎない。俺達全員の未熟さが招いたことだ」


 と、真剣な眼差しで告げるロック。


「……まあ、性格的に俺が一番反対すべきだったんだろうな。講習で姐さんも戦場では臆病なぐらいが丁度いいとか言ってたし」


 ボリボリと頭をかき、エドワードもそう言う。


「……みんな」


 誰ひとりアリシアを責める者はいない。

 アリシアは友人達に心から感謝する。


「ありがとう」


「けッ、しおらしくすんなよエイシス。似合わねえどころか、もはや不気味だぜ」


 空気を変えようと思ったのか、エドワードがそんなことを言う。その台詞はデリカシーこそなかったが、少しは効果があった。

 アリシアは表情を不敵なものに改め、フンと鼻を鳴らす。


「何が不気味よ。失礼な奴ね。と言うより、少しは慰めなさいよ。アッシュさんにガチで叱られて結構凹んでるんだらか」


 ただ、抱きしめてもらえたのは役得だったかな、とは口にしない。


「けど、先生も本気で心配したからキツく言ったんだと思うよ」


 四人の中で最もアッシュと接することの多いサーシャが、そう告げる。


「普段の先生はすっごく優しいもん。いつも私達やユーリィちゃんの心配してるよ」


「それは分かってるわよ。痛いぐらい……」


 アリシアはふうと息をつく。


「まあ、いいわ。反省は充分した! これからは気をつけるわ。だから今は――」


 言って、蒼い瞳の少女はバルコニーの外。大通りの方へと視線を移す。


「とりあえず自分の出来ること! 見張りを頑張りましょう!」


「ははっ、どうやら本調子に戻ったようだな、エイシス」


 普段の元気な彼女に戻り、ロックは笑みをこぼす。

 やはりこれでこそアリシア=エイシスだ。


「そんじゃあ、見張りをしようぜ。俺は右側の歩道を監視すんぜ」


「うん。じゃあ私はあっちの――えっ?」


 不意にサーシャが唖然とした声をこぼした。

 アリシア達は怪訝な顔してサーシャの方を見やる。


「どうしたのサーシャ? あははっ、もしかしてテロリストを見つけたの?」


 と、冗談めいた口調でそう尋ねるアリシア。

 すると、サーシャは眉根を寄せてある方向を指差した。


「えっと、あっち。水路の方。あそこ、なんかブクブク温泉みたいに泡立ってるの」


「はあ? 温泉って……」


 呆れた声を上げてエドワードがサーシャの指差す方に目をやった。

 そして――大きく目を剥いた。


「なんだありゃあ!? 間欠泉か!?」


 と、エドワードが絶叫を上げた直後だった。


 ――ドッパアアアアアァアンッッ!!


 突如、水路からいくつもの水柱が立ち上がった!

 一部始終を見ていたサーシャ達はもちろん、大通りにて楽しげに賑わっていた民衆、警護を担う騎士達も一瞬唖然とした。

 そして、水柱の中から現れる二十数機の黒い鎧機兵達。

 それらはズシンッと石畳に着地すると、いきなり散開した。続けて狂気じみた雄たけびを上げ、呆然とする民衆を剣で薙ぎ払おうとする!


「あ、危ないッ! 逃げてえッ!」


 サーシャが叫びを上げる――が、それは幸いにも杞憂に終わった。


 ――ズガンッ!


 轟く衝撃音。近くにいた警護の鎧機兵が身を呈して斬撃を受け止めたのだ。

 よく見れば、大通りのあちこちで同じような光景が繰り広げられた。同じく機体を盾にする者、剣で受け止める者と様々だが、民衆に犠牲はない。

 あれだけの異常事態に対し、この即座の行動は見事としか言いようがなかった。


『――チィィ! 皇国の狗がッ!』


『貴様ら……やはり「亡霊」かッ!』


 そして、白い騎士達と、黒い亡霊どもの戦いが開始される。

 鈍い剣戟音で包まれた大通り。そこでようやく民衆は正気に返った。

 同時にそれは恐慌の始まりでもあった。


「う、うわあああッ!」「な、何だこりゃあ!」「に、逃げろおおおォ!」


 剣戟音に悲鳴が混じる。民衆は混乱したまま雪崩のように逃げだそうとする。


「お、おい、まずいぞ。パニックが起きる!」


 ロックが息を呑んでそう告げる。――このままでは死傷者が出る!

 上から見ていたサーシャ達がそう思った瞬間だった。


 ――パアンッ!


 いきなり響いた柏手の音。鼓膜を貫くようなその音に、民衆は一瞬硬直した。


「――どうか落ちついて下さい」


 今度は静かだが、威厳のある声が響く。

 民衆が注目する先には、口髭を蓄えた壮年の騎士がいた。


「皆さんは、我ら皇国騎士団が命をかけてお守りします。皆さんは近くの騎士の指示に従って避難して下さい。慌てずにお願いします」


 修羅場をくぐってきた者の気迫か。はたまた特殊な発声法でも使っているのか。

 壮年の騎士の有無を言わせない迫力に、民衆はコクコクと頷いた。


「では! 皆さん! 慌てずに避難を!」


 壮年の騎士の掛け声を皮切りに、近くの騎士達が避難の指示を出す。

 流石にまだ困惑してはいるが、民衆は指示に従い、避難し始めた。

 その様子をサーシャ達は二階から凝視していた。


「……見事なものだな。一瞬でパニックを鎮めたぞ」


 思わず舌を巻くロック。


「あれはきっと上級騎士ね。あちこちで同じような人が指示をしてるみたい」


 アリシアも感嘆の声を上げる。

 しかし、すぐに表情を改めると、


「……みんな。私達も避難しましょう。ここにいると危険だわ」


 仲間の顔を順に見やり、そう告げる。

 すると、エドワードが少し意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「何だよ。加勢するとか言わねえのかよ?」


「……そんなこと言わないわよ。意地が悪いわね。オニキス」


 と、アリシアが苦笑を浮かべて返す。

 それに対し、エドワードはボリボリと頭をかき、


「ははっ、悪りい。少しふざけ過ぎたか。そんじゃあ、早速俺らも逃げるか」


「うん。そうだね。じゃあ、まず一階に――」


 と、言いかけるサーシャだったが、その言葉は最後まで言えなかった。

 いきなり宿屋がグラグラと揺れ始めたからだ。


「じ、地震!? こんな時に!?」


 サーシャがバルコニーの柵に手をかけ、身体を支えた。

 眼下を見ると、大通りも混乱していた。騎士達が声を張り上げ、再びパニックを起こしかけている民衆を落ち着かせていた。


「……クッ! 何もこんな時おきなくたって……ッ!」


 アリシアが思わず舌打ちする。が、そうしている内にもますます揺れは激しくなる。まるで見えない何かが胎動しているようだ。


「うおッ! み、みんなバルコニーは危険だ! 室内に――」


「お、おい! あれを見ろ!」


 その時、エドワードが叫んだ。

 柵につかまりながら、右手で大通りの先を指差している。

 サーシャ達は反射的に目をやった。

 そして、その信じがたい光景に全員が絶句した。

 それは眼下の民衆、騎士達も同じだった。誰もが唖然として言葉を失っていた。

 そうして、ようやく揺れが徐々に収まり……。


「……なにあれ……」


 絞り出したようなサーシャの呟きが、ただ静かに響いた。

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