幕間二 亡霊の哄笑
第117話 亡霊の哄笑
わずかな光のみが照らす、薄暗い道。
ズシン……と、重い足音を鳴らして一機の鎧機兵が歩く。かなり古びた機体だ。その両手には鉄製の箱を持っている。
「…………」
鎧機兵に乗る操手は無言だった。
深いしわを顔に刻む初老の男。彼は目の前に続く道を改めて見やる。
四方が岩壁に覆われた道。鎧機兵が通れる広さはあるが、閉塞感を抱く長い一本道だ。一定の間隔で設置されたランタンがなければ、完全に闇に包まれる場所である。
と、不意に初老の男が操縦棍を握りしめ、口を開く。
「……ランタン、か」
かなり白髪が目立つその男は、すうっと目を細めた。
このランタンには今でも苦労させられる。定期的に補給が必要なのだ。この鎧機兵もそうなのだが、実は動力源に恒力を使用していない。《星導石》の代わりに『炎炭』と呼ばれる特殊な燃料を使っているのである。
しかし、特殊と言っても新種の燃料などではない。千年以上も前から知られているありきたりな化石燃料だ。《星導石》が発掘され、ほぼ無限に供給できる恒力が普及されることになったことで誰も使わなくったような資源である。
だが、そこが彼らにとって都合よかった。
恒力は使用すれば感知される恐れがあるが、炎炭にその心配はないからだ。
「……あえて廃れた資源に目をつけるとは、流石は陛下よ……」
初老の男はわずかに口角を上げる。
おかげで彼らは、今日まで怨敵に知られることもなく暗躍することができた。
と、そうこうしている内に、男の操る鎧機兵は巨大な広場に出た。
男が通ってきた道と同じような洞が壁にいくつもある広場だ。篝火のように立てた無数のランタンが照らすため、先程のような閉塞感はない。
中央には赤い絨毯が敷かれ、斧槍を掲げた数十の鎧機兵がずらりと並び、道を作っている。その先の――玉座に座るのは、長い髭を蓄えた一人の男。
豪華な赤い外套に身を包み、燦々と輝く王冠をかぶる白髪の老人だ。
「……おお、アサラス=レイディア陛下」
初老の男が、感嘆を込めて主君の御名を呼ぶ。
ここは――彼の主君がおわす『謁見の間』であった。
男の機体は手にある箱を持ち直すと、ゆっくりと主君の元へと歩を進めた。
『……陛下。機上にて失礼いたします』
「……よい。それより例の物はそれか?」
玉座にて片肘をつき、老人――アサラス=レイディアが呟く。
男の機体はこくんと頷くと、片膝をついて両手で持つ鉄製の箱を恭しく置いた。
『御意。遂に入手せし……《極光石》。S級の《星導石》にてございます』
おおおッ――と、周囲の鎧機兵達から歓喜の声が上がる。
玉座に座るアサラスも、しわだらけの顔に不敵な笑みを刻む。
「よくぞ成し遂げた。流石は余の第一の臣よ。見事なり」
『もったいなきお言葉』
初老の男は機体に片手をつかせ、忠誠の姿勢を取らせた。
対し、アサラスは満足げに笑う。
「くくくッ、これで五年の歳月をかけて組み上げた余の愛機も存分にその力を発揮できようというもの……。もはやこの度の戦に憂いなし。皇国め。思い知るがいい!」
そう叫び、アサラスは雄々しく立ち上がった――が、不意に片膝をつく。
続いてゴホゴホと口を押さえてせき込んだ。
途端、周囲の臣下達が血相を変える。
『へ、陛下!』『専属医! 何をしている!』『陛下を早く寝室へ!』
整列していた鎧機兵達が、慌ただしく動き出す。
中には機体から降りる者もいたが――。
「――静まれ」
アサラス本人の声の前に、全員がピタリと止まった。
老いた王は喀血で赤く染まった右手を一度見てから、臣下に告げる。
「ふん。ただのいつもの発作すぎぬ。すでに余の命が長くないことは知っておろう。むしろ、余の命運が尽きる前にすべての準備が整ったのは僥倖よ」
アサラスは立ち上がり、岩の天井を見上げた。
「――そう。まさに僥倖よ。奴らに気付かれることなく事を進められたことも、このタイミングで次代の皇王の誕生祭が行われることもな」
もし、あと半年遅ければ、自分の命数は尽きていた。
祖国を奪った憎き敵に一矢さえ報いることもできず、冥府に旅立っていただろう。
「くくくッ、皇族がすでに二人しかいないこともまた僥倖。あの小娘さえ殺せば皇国に未来はないのだからな」
二十一年前、グレイシア皇国に敗れ、一部の臣下と共に野を流離ったアサラスの苦渋の日々は尋常ではなかった。そして、その恨みは決して消えなどしない。
だからこそ十数年もかけてこの場所を作り、綿密に計画を練り続けていたのだ。
「皇国よ。余からすべてを奪った罪は決して許さぬぞ……」
アサラスは狂気を浮かべて笑う。
「余は一人では死なぬ! 皇国の未来は必ず奪って見せようぞ!」
老王は掌を天井に向けて伸ばす。
そして、まるでその先に怨敵がいるかのように顔を歪めた。
――そう。今こそ恩讐を打ち晴らす時!
「フェリシア=グレイシア! 余の死出の花嫁よ! 待っておるがよい! 必ずや迎えに行くぞ! フハハッ、フハハハハハハハハハハハッハハハハハ――」
そうして、アサラスは哄笑を上げた。
妄執を心に宿し、血を吐きながら、ただ一人笑い続けるのだった。
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