第116話 金色の少女達③
「……結局、何も分からなかったということか」
ラスティアン宮殿七階。《七星》が揃う団長室にて。
ブライの報告を受け、ライアンが表情を変えずにそう呟く。
「まあ、あと二箇所、『奴ら』が潜伏しているかもしれない候補地はあったが、可能性が低いから後回しにしていたような場所だしな。あんま期待は出来ねえよ」
ブライが肩をすくめてそう補足する。
彼にしても労力を割いて成果がないのは不本意だった。
「それも仕方がないでしょう。名前からして相手は二十年以上も存続するような組織のようですし、そう簡単にヘマはしてくれませんか……」
執務席に座ったソフィアが、小さく嘆息する。
皇女の誕生祭までもう数日を切っている。本当に襲撃をしてくるつもりなら、皇都付近に潜伏すると考えたが、やはりそう甘くはないらしい。
「……二十年以上だと? その……『レイディアの亡霊』だったか? 皇国では有名なテロ組織なのか?」
オトハが眉根を寄せてソフィアに問う。
彼女はセラ大陸でも名のある傭兵だが、相手をするのは主に盗賊や魔獣。テロ組織と戦うような機会はほとんどない。流石に詳しくはなかった。
すると、ソフィアの隣で、口は開いても銅像のように動く気配のなかったライアンが、おもむろにあごに手をやった。壮年の騎士の瞳にはどこか憂いがあった。
「……いや、テロ組織としては無名だな。しかし、『レイディア』の名がな……」
そこでライアンは一拍置き、独白のように続ける。
「まあ、タチバナ君の世代では知らないのが普通か。なにせ『レイディア』が滅んだのは二十一年前。サントス達も資料でしか知らない。直接知っているのは私と団長ぐらいか」
と呟く副団長に、しかし、ソフィアは異論を唱えた。
彼女は驚いたような笑顔を浮かべて――。
「あら? 副団長。何を言っているんですか。私も知りませんよ。二十一年前では私はまだ物心もつかない幼子でしたし」
「えっ?」
七人の中で唯一の十代であるアルフレッドが、キョトンとした声を上げた。
「二十一年だと、団長は九さ――」
「ア、アルフ! ちょっと待ちなさい!」
姉であるミランシャが、禁句を口走りそうになる弟の口を慌てて塞いだ。
そんな姉弟を見つめるソフィアの目は、全く笑っていない。
(こ、こいつは少しまずいか……)
かつての愛娘の暴挙が頭によぎったアッシュも、弟分の救援に入る。
「ちょ、ちょっと待った! 団長。少し休憩してもいいか?」
「……別に構いませんが?」
ふわりとした亜麻色の髪を揺らしてソフィアは了承する。
アッシュは頷き、部屋の端に寄ると、
「おし。団長以外、みんな集まれ」
という呼び掛けに、執務席に座るソフィア以外がぞろぞろと集まる。
そして、部屋の片隅で円陣を組む《七星》達。
まずアッシュが口を開いた。
「あのさ、一応確認しとくが、団長ってもう三十……だよな?」
ミランシャがこくんと頷く。
「そうよ。こないだ誕生日だったはず」
「そうなのか? 見た目は二十代前半でも通じそうだな」
と、オトハが素朴な感想を言う。
「ああっ! そっか、ごめん!」
そこでようやくアルフレッドが自分の失言に気付いた。
「団長って結構年齢気にしてたよね。うっかり忘れてたよ……」
妙齢の女性の年齢を口にするなど彼らしくない失態だった。
が、それに対し、ブライがハンと鼻を鳴らす。
「それがどうしたよ。団長は総合A級なんだぞ? オレは俄然OKだぜ! 歳なんて関係ねえ! がっつりオレのストライクゾーンだ!」
アッシュはゴツンと軽くブライの頭を殴る。
まったく。この潔いぐらいの馬鹿は――。
「あのな、お前にとってはOKでも、団長にしちゃあKOなことなんだよ。昔、ユーリィがとんでもないことを口走ってな。鬼の形相で追いかけられたらしい」
「それは……考えるだに怖ろしい状況ね」
肩を掴んで身を震わせるミランシャ。
「……確かにな」
と、普段はミランシャに反感してばかりのオトハも同意する。ソフィアが激怒した時の恐ろしさは、騎士団に所属したことのない彼女さえ知っていた。
そんな若い世代の《七星》達に、唯一五十代のライアンが苦笑を浮かべる。
「……お前達な。団長は本来温厚な方だ。禁句さえ言わなければ問題ないだろう。アルフレッド=ハウル。以後失言には気をつけたまえ」
「は、はい。副団長」
しゅんとして肩を落とすアルフレッド。
アッシュは苦笑しつつ弟分の肩をポンと叩いた。
「まあ、とりあえず、俺らの間では団長の年齢は二十代ってことにしとこう。それで統一するぞ。いいよな?」
どうでもいい所でリーダーシップを発揮するアッシュの提案に、全員が頷いた。
これにて緊急会議は閉幕だ。
「……やれやれ。それでは私は戻るぞ」
ライアンが、どこか疲れたような表情を浮かべてソフィアの元に戻る。
続いてアッシュ達も、執務席の付近に集まった。
「……あら、休憩は終わったんですか?」
にこにこと笑みを浮かべて、ソフィアが皆に尋ねる。聡明な彼女のことだ。恐らく何の話だったのか察しているに違いない。
ブライ以外の顔が一瞬引きつるが、アッシュが代表して告げる。
「お、おう。もう充分さ」
「そうですか。では話に戻りましょう」
とりあえず流してくれたのでアッシュ達はホッとした後、改めて表情を引き締めた。
ソフィアはライアンに目配せした。壮年の騎士はコホンと喉を鳴らす。
「……では、説明を続けようか。まず『レイディア』についてだが……これは実は二十一年前に滅んだ国の名前なのだ」
「滅んだ国だって?」
アッシュが眉根を寄せて反芻する。
ライアンはあごに手を当て「ああ、そうだ」と答えた。
「グレイシア皇国の隣国でな。かなりの軍事大国だった。ただ奴隷制度を推奨する国でもあってな。他国に侵略しては領地と奴隷を……といったことを繰り返した国だ」
「……今時奴隷制度か。数百年前ならともかく二十年ほど前のことだろう? 相当他国から批判されたのではないのか?」
オトハが腕を組んでそう尋ねる。彼女の知る限り、現在奴隷制度を推奨する国などセラ大陸にはほとんどない。恐らく他の大陸でもだ。
ライアンは嘆息しながら頷く。
「その通りだ。しかし、レイディアは一向に聞き入れなかった。思うに選民思想が腐りはてた末期状態だったのだろうな。批判を受けるほどレイディアの行為はどんどんエスカレートしていった。そして、遂には皇国にまで牙を剥き……」
「……逆に叩き潰されたってことか」
アッシュがボリボリと頭をかいて言葉を継いだ。
オトハも神妙な顔をする。対し、ミランシャ達は事前に知らされていたのだろう。顔色を変えることはなかった。
「それでは……『レイディアの亡霊』とは……」
「ええ。察するに残党なのでしょうね。二十一年前の大戦の」
オトハの問いに、ソフィアが疲れたような表情で返した。
「まったく。迷惑な話よね」
ミランシャが赤い髪を揺らして肩をすくめる。
まさに、忘れた頃に現れた『亡霊』のような連中だ。
「ふん! だったら、今度こそ完膚なきまでに始末すりゃあいいだけさ!」
ブライがパシンッと手に拳を叩きつけ、不敵に笑う。
「まあ、それもそうだよね」
ブライの台詞に、アルフレッドも続いた。温厚な少年ではあるが彼も皇国騎士だ。テロリスト相手に容赦するつもりはない。
ソフィアは《七星》達の顔を順に見やる。
今や部下ではない者もいるが、信頼に値する人物達だ。
「……『奴ら』の潜伏先は当然このまま調査し続けますが、恐らく発見できない可能性が高いでしょう」
ソフィアは言葉を続ける。
「もしかすると『奴ら』には別の目的があるのかもしれません。しかし、皇国を恨む理由もあります。皇女様のお命を狙うという予告も無視できません」
ソフィアはアッシュとオトハに目をやった。
「かといってテロに屈する気はありません。これは皇王陛下のご意志でもあります。皇女殿下の守護はもちろん、市民に犠牲を出す気もありません。私達皇国騎士団は全力を尽くします。アッシュ君とオトハちゃんには悪いと思いますが、どうか協力して下さい」
言われ、二人は互いの顔を見合わせて苦笑した。
まったく。この騎士団長ときたらいけしゃあしゃあと……。
「それは今更だな」
「つうか、団長。最初からそのつもりで《七星》を揃えたんだろ」
「うふふっ、ばれてましたか」
ソフィアは舌を少し出して笑う。
ここでテロ組織を完膚なきまでに潰し、皇国の威光を示す。
そのために、わざわざ他国にいる《七星》にも召集をかけたのだ。
そして今、ここには彼女の思惑通りすべての《星》が揃った。
「ふふ、期待してますよ。みなさん」
言って、《七星》の長は笑った。
決戦となる日まであと数日。
フェリシア皇女の誕生祭はもう目の前にまで迫っていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます