第115話 金色の少女達②
……これはどういう状況なのだろうか。
壁の近くにて一列に並び、騎士候補生達はひたすら困惑していた。
「(なあなあ、あの皇女様、一体何の用で来たんだよ?)」
「(知らないわよ。いきなりこうなったんだし)」
「(見たところ、やっぱりユーリィちゃんに用があるんだよね?)」
「(ああ、そうみたいだな……)」
と、ひそひそ話をするサーシャ達。
予期せぬ来客に、室内には妙な緊張感が漂っていた。
そして――。
「…………」
何も話さない――と言うより、言葉に迷っている金色の髪の少女。
このグレイシア皇国において最も高貴なるお方。
彼女――フェリシア皇女は、無言のままベッドの上で正座していた。
その正面。ベッドの枕側には同じく正座するユーリィがいる。
二人の少女は対峙した状態でずっと沈黙していた。
「……何の御用でしょうか」
そして、ようやくユーリィが声を発した。
このままでは一向に進まないと思ったからだ。
すると、フェリシアは少し肩を震わせて――。
「い、いえ。その……」
と、一度口ごもってから、
「その、少しエマリア様とお話をしてみたくて」
上目遣いでそんなことを告げてくる。
ユーリィはわずかに眉を寄せた。
(……どういうこと?)
疑問が浮かぶ。一応ユーリィは皇女と面識があるし、何度か会話を交わしたこともあるが、わざわざ訪ねてくるほど親しくはなかったはずだが……。
「……私とですか?」
ユーリィがそう尋ねると、フェリシアはこくんと頷いた。
「はい。エマリア様とは、機会があれば、一度ゆっくりとお話してみたいと思っていました。あ、それと……」
金髪の少女ははおずおずと続ける。
「どうか敬語はおやめになって頂けないでしょうか? エマリア様は同い年とお聞きしています。その、出来ることならば、友人のように接して頂きたいのです」
言われ、ユーリィはかなり困ってしまった。
流石に一国の皇女相手に、敬語なしで話すのは躊躇ってしまう。一瞬考え込むが、その皇女直々のお願いとあっては断れない。
「分かっ……た。敬語は使わない。けど、皇女様も私の事は名前で呼んで欲しい」
と、ユーリィは返答する。
途端、フェリシアの顔がぱあっと輝いた。
「あ、ありがとうございます! ユーリィ様! あっ、それと皆様!」
続けてフェリシアはサーシャ達の方へ振り向いた。
「ふえっ!? な、何でしょうか!」
サーシャが声を裏返して尋ねた。
他の三人も反射的に直立不動になっている。
そんな四人に、フェリシアは笑みをこぼしてお願いする。
「皆様も敬語はおよしになって下さいませ。皆様は私と歳が近いとお聞きしました。どうか気軽にお話し下さい」
「そ、それは……」
いきなりのことで返答に困ってしまうサーシャ達四人。
そもそも皇女自身敬語を使っているのに自分達だけ普通に話していいだろうか。
すると、フェリシアが微か笑みを浮かべた。
「私の口調は敬語と言うよりも、もはや癖のようなものですのでお気になさらず。皆様はご自由にお話ください」
「そ、そうですか。なら、私達も少し砕けたような口調でもいいですか?」
アリシアが躊躇いがちな様子でそう尋ねる。と、
「はい。どうかよろしくお願いします」
言って、フェリシアは深々と頭を下げた。
サーシャ達はまだ困惑していたが、それぞれが頷いた。
フェリシアはとても嬉しそうだ。
「ふふっ、私……実はずっとユーリィ様に憧れていたのです」
不意に名前を出され、ユーリィは目を見開いた。
「……私に、憧れる?」
「はい。ユーリィ様の御髪。数度しか拝見したことはありませんが、私の髪とは違う本物の金色の輝きに憧れていたのです」
そう呟いて、フェリシアは自身の髪を一房手に取った。
黄金の河のような美しい髪。しかし、それを見つめる少女の瞳は悲しげだった。
それに対し、ユーリィは少しばかりムッとした。
「あなたの髪は、市井の出身だったあなたのひいお祖母さんから受け継いだものだと聞いている。だったら、それは先々代の皇王陛下があなたのひいお祖母さんを愛した証。偽物も本物もない」
やや厳しい口調でそう告げられ、フェリシアはハッとした。
「い、いえ。確かに私は自分の髪に思う所はあります。ですが嫌いだという訳ではありません。むしろこの髪を残してくれた曾祖母には感謝しております。ただ……」
「ただ……?」
自分と重なる部分もあるためか、サーシャも気になり反芻した。
「……もし私がユーリィ様と同じ《金色の星神》ならば、クライン様は私にもかまって下さるのかなと考えてしまって……」
消え入りそうな声でそう呟くフェリシア。
それを聞いた途端、全員が悟った。
要するに、このお姫様はアッシュにかまってもらえるユーリィが羨ましいのだ。
「……もしかして、ここにはアッシュに会いに来たの?」
ユーリィが少しジト目でそう尋ねる。
すると、フェリシアはふるふると首を横に振った。
「ち、違います! この部屋にはユーリィ様とお会いするために来たのです。私はその、クライン様のことは理想のお兄様として考えているのです」
「理想の……お兄様?」
今度はアリシアが問う。フェリシアは視線を蒼い瞳の少女の方へ向けた。
「はい。実は私には十歳年上の兄がおりました。残念ながら、私が物心つく頃には事故でお亡くなりになったそうですが……」
そこで一旦目を伏せるフェリシア。が、すぐに顔を上げて言葉を続ける。
「ユーリィ様とクライン様のお姿を拝見する度に、もしもお兄様が生きておられたら、クライン様のように私の頭を撫でて下さったのではないかと思うのです」
「…………」
ユーリィは無言だった。同時に得心もいく。
(ああ、そういうこと……)
そして自分の、今は空色の髪に細い指先を絡める。
ユーリィとフェリシアは、出自こそまるで違うが、共通点は多い。
同じ金色の髪を持つ、同い年の少女。
さらに言えば、当時は同じくラスティアン宮殿に住んでいた。
そんな少女と自分を重ね合わせ、アッシュと亡き兄の姿を重ねていたのだろう。
「申し訳ありません。先程からおかしなことばかりお話してしまって……」
そう言って、フェリシアが頭を下げてくる。
もしかすると彼女自身、自分の心情がよく分かっていないのかもしれない。
ユーリィは微笑を浮かべ、
(けど、良かった……)
と、内心では少しホッとする。
どうやらこの皇女様はアッシュに好意こそ寄せてはいるが、恋敵とは違うようだ。
「……構わない。それよりも」
一拍置いてユーリィは告げる。
「ここにはお話をしに来たのでしょう? どんな話を聞きたいの?」
そう問われた途端、フェリシアはポンと手を叩く。
「は、はいっ! ではユーリィ様の今お住まいになっている場所とかを!」
その願いに、ユーリィは小首を傾げた。
……どうも思っていたものと大分違う話題である。
「そんな話でいいの? そんな話でいいのならいくらでもある」
「……それってアティス王国のことだよな? なら俺達も話せる……できますよ」
と、中途半端に敬語を意識したエドワードも言う。
「そうですか! ありがとうございます!」
それに対して、フェリシアは嬉しそうに笑った。
そして、やや緊張気味に、談笑に入る少年少女達。
こうして主人不在の部屋は、明るい声で満たされるのだった。
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