第五章 金色の少女達

第114話 金色の少女達①

 ――バンッ!

 突如ドアが勢いよく開き、団長室にいたアッシュ達五人は目を丸くした。


「おおおいッ! アッシュ! てめえェ、一体どういう了見だ!」


 そう叫んで部屋に入って来たのは、黒い騎士服を纏う茶髪の青年だった。

 赤から純白のサーコートに着替え直したブライ=サントスだ。

 彼の後ろには、心底呆れた表情をしているアルフレッドもいる。


「おう。久しいなブライ。戻って来たのか」


「『久しいな』じゃねえよッ! てめえェ、このムッツリ野郎が――って、おおッ!」


 再会するなりアッシュの胸ぐらを掴もうとしたブライは、不意に手を止めた。

 部屋の中に、紫紺の髪の美女がいることに気付いたからだ。

 彼女――オトハはこの上なく嫌そうな顔をしていた。


「オトハちゃんもいたのかッ! けどすまねえ。オレはまず、このムッツリ野郎に聞かなきゃなんねえことがあるんだ……」


 そう告げてから、ブライは改めてアッシュの胸ぐらを掴んだ。

 旧友の喧嘩腰な態度に、アッシュは訝しげに眉を寄せる。


「何だよブライ。やぶから棒に何の真似だ?」


「うっせえよ! お前、何なんだよ、あのサーシャって子はッ!」


 アッシュはブライの手を掴み、ますます眉をしかめた。


「サーシャ? なんでいきなりメットさんの名前が出てくんだ?」


「めっとさん? 何だそりゃあ?」


 少し握力を緩めてブライが顔をしかめた。


「サーシャの愛称だよ。ってか、なんでお前がメットさんを知ってんだ?」


「あ、愛称、だと……」


 アッシュの質問には答えず、ブライは目を見開いて呆然とした。

 そして胸ぐらから手を離し、ふらふらと後ずさる。


「そ、そこまで進んでんのか……? ぐおおッ! そりゃあねえだろ――ッ!!」


 と、いきなり天井を仰いで絶叫するブライ。

 アッシュはもちろん《七星》全員が頬を引きつらせた。

 そして、ブライは怨敵に対する眼差しで、アッシュをひたすら睨みつける。歯をギシギシと軋ませ、何やら血の涙でも流しそうな形相だ。


「……おい、アッシュ。お前、サーシャちゃんの師匠だそうだな」


「あ、ああ、そうだが……」


「あの子に手取り足取り教えてんだよな?」


「ま、まあ、一応丁寧に教えているつもりだが……」


 と、アッシュが答えた直後だった。


「ふっざけんなあああッ!!」


 いきなりブライが殴りかかってきた。

 反射的にアッシュは身体を捻って躱したが、直撃すれば鼻が潰れる拳速だ。


「お、おい! いきなり何すんだよ! ブライ!」


「うっさい死ねえェ――!! あんな極上の美少女相手に手取り足取りだとう! オトハちゃん以来の総合S級なんだぞ! どんなことを丁寧に教えてんだよ! ちっくしょう! なんでだッ! なんでお前ばっかしモテんだよ!! オレと変わってくれよオォ!!」


「全く意味が分かんねえぞお前!? ってか、誰か助けてくれよ!? オ、オトッ!」


 とりあえず拳を躱しながら、アッシュは近くにいたオトハに助けを求めた。

 すると、オトハは腰の小太刀に手をかけ、


「ん? そいつを殺すのか?」


「なにお前まで物騒なこと言ってんだ!?」


 そうこうしている内に、ますます拳の回転は速くなる。

 対し、まだ少し不機嫌なミランシャと、鉄面皮のライアンは傍観。オトハは小太刀に手をかけたままで、アルフレッドはおろおろとするばかりだ。

 回避も厳しくなり、アッシュが本格的にやばいと感じ始めた、その時だった。


「やんちゃもそこまでです! ブライ君!!」


 ――ゴッ!


 突如横から繰り出される新たな拳! そしてあごを打ち抜かれるブライ。

 アッシュは驚いて振り向く。そこには、拳を打ち出した状態のソフィアがいた。

 ブライの瞳がぐるんっと白目になる。容赦ないソフィアの一撃に意識を刈り取られた茶髪の青年は、膝からガクンッと崩れ落ちた……。

 とりあえず危機が去り、アッシュはホッと息をつく。


「た、助かったよ団長」


「いえいえ。私の部下の不始末ですし。まったく」


 ソフィアはパンパンと手を払った。

 アッシュはちらりと倒れたままのブライを見つめた。

 今代の《七星》の中でも最硬の防御力と耐久力を有し、決して倒れることはないと謳われる難攻不落の男――《不落王城》が、こうもあっさり潰れるとは。

 

 やはり団長は恐ろしい。改めて思うアッシュだった。


「ぐ、ぐぐぐ……オ、オレは一体……」


 しかし、腐っても《不落王城》。すぐさま意識を取り戻して上半身を起こした。

 ソフィアは両膝を屈めて、ブライと視線を合わせる。


「……ブライ君」


「お、おう。団長か。見事な総合A級。いつも美人だな。今度デートしようぜ」


「あら、お誘いありがとうございます。けど、今は報告を先にしてくれませんか?」


「お、おう。そうだったな」


 言って、ブライは立ち上がった。

 そうして改めて部屋の中を見渡す。

 そこには彼の同胞――《七星》が全員揃っていた。


「へっ。なんかこのメンバーが揃うのも久しぶりだな」


 そう呟き、笑みをこぼす。

 そしてブライはおもむろに口を開いた。


「んじゃあ、報告すんぜ。団長」



       ◆



「……って感じの人に会ったの」


 そこはラスティアン宮殿の七階。もとアッシュの個室。

 ベッドの上に腰かけるサーシャは隣にちょこんと座るユーリィにそう報告した。

 対するユーリィは何とも気まずげな表情を浮かべた。


「……そう。ブライさんも戻って来たの」


 今、この部屋にはユーリィと、サーシャ達四人の騎士候補生がいた。

 サーシャ、アリシアはユーリィと共にベッドの上に座り、エドワードとロックは机に用意されていた椅子を勝手に取って、それぞれ座っている。


って……本当に《七星》なの?」


 アリシアが胡散臭そうにそう尋ねる。

 もはやブライを「人」と呼ばないアリシアに、ユーリィは苦笑を浮かべた。


「うん。一応、《七星》の第四座になる。ただ性格に難ありで有名な人」


「いや、性格ってよりも性癖に難ありって感じだったよなあ……」


 と、背もたれに寄りかかり、感慨深そうに呟くエドワード。


「……確かに。あの人は女の人をランク付けする悪癖があってとにかくモテない」


 ユーリィはそう告げると、クスッと笑った。


「そう言えば、特にオトハさんに執心していて、会う度に言い寄ってはフラれてばかりだっていう噂があった。もしかすると今も言い寄られてるかも」


「あの教官にか? まあ、確かに教官は間違いなく美人ではあるが……」


 ロックが唸る。自分には怖ろしくて真似できないことだ。


「言い寄ってフラれるどころか、いっそ斬られないかしら」


 そんな願望を口にするアリシアに、サーシャは少し顔を引きつらせる。

 親友が心底本気で言っていることに気付いたのだ。


「ま、まあ、そう悪い人じゃないと思うよ。なにしろ先生の友達らしいし」


 と、どこまでも人のいい少女は、一応フォローを入れた。

 ちなみに、嫉妬に狂ったブライがアッシュに殴りかかったのはこの時だった。


「そういや、アルフの奴も行っちまったな」


 不意にエドワードが、ぽつりと言う。

 ラスティアン宮殿に戻るなり、アルフレッドとブライは団長室に行ってしまった。

 その間、サーシャ達は暇になったのでユーリィのいるこの部屋に訪れたのである。


「アルフも《七星》だしな。やはり誕生祭の打ち合わせなどがあるんだろう」


 と、腕を組んで答えるロックの後に、


「そうね。皇族の誕生祭って一~五番地の大通りを数十台の特注馬車でパレードするんでしょう? 昔、うちの父親が見たことがあるって言ってたわ」


 アリシアが頬に手を当てて続いた。

 彼女の父――ガハルド=エイシスは一度皇国に訪れた経験があるらしい。


「うん。私も一度だけ見たことがある。四年前ぐらい」


 と、ユーリィが懐かしむように目を細めて告げる。

 まだアッシュが傭兵であり、《七星》ではなかった頃の思い出だ。

 その後、アッシュが皇国騎士団入りしたのだが、なんだかんだで皇都を留守にすることも多く、それ以降、誕生祭を見る機会はなかった。


「だから少し楽しみ」


 ユーリィは微かに笑う。

 すると、その時、不意にノックが鳴った。

 全員がドアに注目し、アリシアがポンと手を叩く。


「あっ、もしかしてアッシュさんか、アルフが戻って来たんじゃない?」


 言って、彼女はベッドから立ち上がった。確かにその可能性は高い。

 そして誰よりも早くドアノブに手に取り、ドアを開ける。


「はい、今開けま――」


 と、言いかけてアリシアは硬直した。

 ドアを開いた先。廊下に立つ人物が目当ての人と違ったからだ。


「……? どうしたの? アリシア?」


 親友の様子がおかしいことに気付いたサーシャが立ち上がる。

 そして自身もドアへと向かい――目を丸くした。


「……え? な、なんで……」


「あ、申し訳ありません。お邪魔でしたか?」


 そう言って、深々と頭を下げる来客の少女。

 サーシャはアリシアと並んで硬直した。

 彼女達の目の前にいるのは一度だけ出会った少女。

 儚げな笑みを浮かべるフェリシア皇女が、そこにいたのだ。

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