第113話 四番目の男③

「しかし、本当に大きな街だな。ここは……」


 衝動買いした赤い果実を一口かじりつつ、ロックがそう呟いた。

 見たこともない果物だったのだが、中々美味い。


「この国の歴史は千年を超すからね。色々あってここまで大きくなったんだよ」


 と、大通りを見渡して、アルフレッドが言う。

 十三番地に来てそろそろ二時間。それでも店舗を回り切れない広さだ。


「色々って……例えば?」


 と、サーシャが首を傾げて問う。

 アルフレッドは少し困ったような表情を浮かべる。


「一言でいえば戦争とかだね。やっぱり戦争になると技術とかも発展しやすいんだ。皇国は敵国も多かったからその分発展も……って感じ」


「それは……何とも気まずい話だな」


 と呟き、悪いと思いつつもロックが顔をしかめた。

 アルフレッドも気まずげに頬をかいた。戦争で発展したなどあまり語りたくない。


「……まあ、そうだね。僕としては、君達のアティス王国には戦争経験がないと聞いて驚いたよ。それは誇るべきことだと思う」


「そう言ってくれると、少し嬉しいわね」


 と、アリシアが微笑を浮かべる。

 そんな会話をしながら、五人は街中を散策していた。

 すると、不意にアルフレッドが立ち止まった。


「どうしたの? アルフ君?」


 サーシャが問うと、アルフレッドは振り向き、


「ごめん。姉さんに頼まれたものがあったんだ。注文品が届いているらしくてね。十三番地に行くのなら、ついでに受け取って来て欲しいって」


 言って、大通りに並ぶ店舗の一つ、かなり大きな工芸店に視線を向けた。


「へえ~。付き合いましょうか?」


 と、アリシアが興味深げに尋ねると、アルフレッドはかぶりを振った。


「いや。小さな工芸品アクセサリーらしいし、すぐに済むからここで少し待っていてくれないかな」


 サーシャ達四人は顔を見合わせた。

 特に急ぐ予定もない。待つことに何の問題もなかった。


「まあ、別に構わないが……」


 と、ロックが代表して告げたら、アルフレッドは笑みを浮かべて、


「ありがとう。じゃあ、そこの長椅子ベンチで待ってて。すぐ戻るから」


 そう言って、店舗の方へ駆け足で去っていった。

 サーシャ達は早速アルフレッドに勧められた、大通り沿いにある長椅子ベンチの一つへと向かった。街路樹の隣にある木製のお洒落な長椅子ベンチだ。


 そして、エドワードがドスンと腰を下ろした。


「……オニキス。女の子と一緒なのに真っ先に自分が座るってどうなのよ」


 アリシアが呆れた口調で呟き、肩をすくめた。

 サーシャとロックも、少しだけ苦笑を浮かべていた。


「はン。ユーリィさんもいねえのに、お前らに気遣ってどうすんだよ」


 と、エドワードは不貞腐れたように言う。

 それに対し、アリシアは腰に手を当て視線をエドワードに合わせた。

 彼女の蒼い瞳はとても冷やかだった。


「あのね、そんないい加減な態度していると、アッシュさんはおろか、アルフにも勝てないわよ。そもそも格だけならアルフはアッシュさんと同じ《七星》なのよ」


「……ぐッ!」


 思わず呻いてのけ反るエドワード。

 アリシアの言葉に、ロックも続いた。


「……確かにな。考えてみれば俺達と同い年で《七星》か。アルフに対する師匠の態度を見る限り、あいつを、妹さんを託す有力候補として考えているんじゃないか?」


「あっ、それあるかも。先生、アルフ君には優しいもん」


 サーシャが相槌を打つ。

 アリシアはフフンと鼻を鳴らした。


「それは大ピンチね。相手は公爵家の跡取り。しかも《七星》の一角。何よりアッシュさんを『アシュ兄』と呼ぶほど親しい。あなたに勝ち目なんてないじゃない」


 次から次へと過酷な事実を告げていくアリシア。

 エドワードは言葉もなかった。

 そしていきなり頭を抱えて、呻き声を上げ始める。

 彼自身うすうす感じていたことを客観的に告げられ、心が軋んだのだ。


「も、もうダメなのか……? もう俺に逆転の目はないのか……?」


 そんなことをブツブツ呟き始める。

 予想以上の落ち込み具合に、アリシアも流石に気の毒になった。


「ま、まあ、ユーリィちゃん自身はアルフを意識してないみたいだし、まだ終わった訳じゃないから、そこまで落ち込まなくてもいいんじゃないかしら……」


「そ、そうだぞ、エド! まだ終わりじゃない! アルフとて師匠に勝てなければ妹さんとは付き合えない条件は同じはずだ!」


「う、うん。まだ希望はあるよ!」


 と、ロックとサーシャも声援を送る。


「そ、そうか……? そ、そうだよな。そもそもユーリィさんは今、ラズンに住んでんだ。その点は俺の方がずっと有利だよな……?」


 と、唯一ともいえる有利な情報にすがりつくエドワード。

 サーシャもそれに乗かった。


「う、うん。そうだよ! アピールする機会はずっと多いよ!」


「そ、そうだよな」


 ようやくエドワードが少しだけ元気を取り戻す。

 とりあえずサーシャ達はホッとした。

 この空気を壊したくない。そう思ったサーシャは話題を変えることにした。


「え、えっとね、あっ! あそこの店! 何か食べ物を売ってるみたい! 私、ちょっと見てくるね!」


 きっと何か食べ物でも口にすれば、エドワードの気分も晴れるだろう。

 サーシャは長椅子の上に、手に持っていたヘルムを置くと走り出した。


「あ、サーシャ! 人ごみでいきなり走り出したら危ないわよ!」


 と、アリシアが保護者のような台詞を言った直後だった。


 ――ドンッ!


「キャッ!」


 言っている傍からサーシャが通行人にぶつかってしまったのだ。

 相手はかなり体格のいい男性だった。サーシャがぶつかってもビクともせず、逆にサーシャが弾き飛ばされてしまった。


「おっと、大丈夫かい? お嬢ちゃん」


 しかし、サーシャが倒れそうになった時、男が彼女の腕を掴んで支えてくれた。


「ちょっと! 何やってるのよサーシャ! すいません。連れがぶつかって……」


 そう叫びながらアリシアが駆け寄ってくる。

 エドワード、ロックの二人も彼女の後ろに付いてきていた。


「す、すみません。余所見をしていて……」


 言って、サーシャは男性に頭を下げる。

 だが、相手から返事はない。もしかして怒っているのだろうか。

 サーシャは顔を上げて、男性を見つめた。

 年の頃は二十四、五歳か。短く刈り取った茶色い髪が印象的な青年だ。

 そして一目で分かるのが、彼が騎士だということだろう。

 なにせ、今や見慣れた黒い騎士服と赤いサーコートを纏っている。


 サーシャはしゅんと肩を落とした。

 まさか、騎士にぶつかってしまうとは。


「本当にすみませんでした」


 サーシャは琥珀色の瞳で青年をじっと見つめ、再度謝罪した。

 すると、沈黙していた青年が、不意に口を開いた。


「うおおおおおおおおッ!!」


 ……何故か、口から出たのは雄たけびだった。


「す、すっげええッ! なんだこの美少女!? 全評価がA――いや、S級だぞ!? こんな子が皇都にいたのか!?」


「……え、えっ? な、なに?」


 と、困惑するサーシャの肩を青年はガッと掴んだ。


「お嬢さん! お名前は!」


「えっ、サ、サーシャ=フラム」


「おおうッ! なんとも愛らしい名前だな! 君によく似合っているぜ! どうだいサーシャちゃん! これからオレとお茶でも――」


「ちょ、ちょっとあなた! 何をしているんですか!」


 いきなりナンパをし始めた青年をアリシアが慌てて止めに入った。

 このままだと勢いだけでサーシャが攫われそうだ。

 すると、青年はちらりとアリシアを見やり、


「……総合B+か。腰つきや顔はA級上位……けど、惜しいな。D級の胸が……」


「……こいつの首、刎ねてもいいかしら」


 アリシアの目が据わる。ごく自然に腰の短剣へと手が伸びていた。


「お、落ち着けエイシス。そこの人。フラムは俺達の連れなんだ。ナンパはやめてくれ」


 ロックがそう告げると、青年は眉根を寄せた。


「何だよ。お前さん達のどっちかが、サーシャちゃんの彼氏なのか?」


「いや、そう言う訳じゃねえよ」


 問われ、エドワードが馬鹿正直に即答する。

 青年はハンと鼻を鳴らした。


「だったらいいじゃねえか。男女の縁は偶然から生まれることもあんだぞ。サーシャちゃん自身が嫌がらねえ限り、お前らに指図されるいわれは――」


「私は嫌です」


「大人しそうな雰囲気の割に、はっきり言うなこの子!?」


 きっぱりとサーシャに断られ、愕然とする青年。

 しかし、それも一瞬のこと。青年にも彼なりのルールがあるのだろう。少し名残惜しそうにサーシャの肩から手を離した。


「くああァ、こうもはっきり断られると、今回はもうダメだな」


「今回は……って、完全にフられてんのにまだ口説くつもりなのかよ」


 エドワードが呆れたように呟いた。

 対し、青年は腰に手を当てて再び鼻を鳴らした。


「何を言いやがる。人の心なんて結構変わるもんだぞ。今は嫌でもいつかはOKくれるかも知んねえんじゃねえか。オレはその可能性を信じる!」


 言って、ドンと胸板を叩く青年。


「……何とも前向きだな」


 ロックも呆れた様子で肩をすくめた。

 その間に、アリシアはサーシャの手を掴んで抱きよせる。


「まあ、信じるのだけは勝手よ。現実は容赦なく厳しいけどね」


 まるで娘を守る母のような眼差しで、アリシアは青年を睨みつけた。

 親友の細い腕の中で、サーシャは苦笑を浮かべる。


「おう! 信じるのは勝手だ! だからサーシャちゃん! 連絡先を教えてくれ!」


「なんで名前も知らない他人に連絡先を教えなきゃいけないのよ!」


 と、ツッコミを入れるアリシア。そこで青年はポンと手を打った。


「あ、そっか。悪りい。オレの方の自己紹介がまだだったな」


「別に知りたくないって!」


「……とことんマイペースな人だね」


 今にも斬りかかりそうなアリシアと、困惑し続けるサーシャ。

 ロックは呆れるばかりで、エドワードは興味深げに青年の挙動を見守っていた。

 そんな四人を相手に、青年はひたすら自分のペースを貫く。


「それじゃあ、名乗るぜ。ムフフッ、聞いて驚けよ! オレの名は――」


 と、いよいよ青年が名乗ろうとした瞬間だった。


「……あれ? ブライさん?」


 突如、後ろから声が届く。全員の視線がそちらに向いた。

 そこには、小さな包みを持ったアルフレッドがいた。


「へ? アルフ? お前何でここに?」


 と、目を丸くする青年。


「いや、僕が皇都にいても不思議じゃないでしょう?」


「まあ、確かにそうだが、こんな所で偶然会うなんてな」


 青年は腕を組み、う~んと唸る。

 何やら親しげなアルフレッドと茶髪の青年。その様子にサーシャ達は驚く。


「……え、アルフ君、その人と知り合いなの?」


 サーシャがキョトンとした表情を浮かべて、そう尋ねた。

 確かに目の前の青年は騎士服を着ている。しかし、そのあまりの破天荒な言動にアルフレッドの知り合いであるとは思えなかったのだ。

 すると、アルフレッドは一度、青年の方に目をやった。


「ここで何をしていたの。ブライさん?」


「あん? そんなのナンパに決まってんだろ?」


「いや、決まっているって……相変わらずだね」


 はあ、と溜息をつくアルフレッド。

 察するに、サーシャかアリシアのどちらかを口説いていたのだろう。

 二人とも目を瞠るような美少女だ。このナンパをライフワークにする青年が放っておくはずもない。


(はあ、まったくブライさんは)


 アルフレッドは額に手を当て、再び大きな溜息をついた。

 そして赤髪の少年はサーシャ達の方へ視線を戻すと、改めて問いに答える。

 それは、とても脱力した口調で。


「えっとね、この人の名前はブライ=サントス。《七星》が第四座――《金剛》の操手であり、《不落王城》とも呼ばれている人。まあ、一応僕の同僚になる人だよ」

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