第四章 四番目の男
第111話 四番目の男①
プシュウゥ……。
という音と共に、鉄製のドアが開いた。
サーシャ達、四人の騎士候補生とアルフレッドの一行は、足元の短い階段を降りて停留所に足を踏み入れる。同時に後ろのドアは閉まり、馬車によく似た鉄製の箱がレールに沿って去っていく。ガタンガタンと車輪の音だけがいつまでも響いていた。
「……意外なぐらい乗り心地が良かったね。あの乗り物」
サーシャは感嘆を込めて呟く。
「あれが『列車』というやつなのか……」
ロックが腕を組んで呻く。と、アルフレッドが笑った。
「はははっ。厳密に言うとあれは『列車』じゃないよ。『列車』は都市間を走るもので、もっと速くてでかいんだ。原理は同じだけど、あれは都市内のみで走る『鉄車』と言うんだ」
と、説明する赤髪の少年。
今、サーシャ達四人はアルフレッドの案内の元、皇都の散策に出ていた。団長室での会合のあと、ソフィアに勧められたのだ。
実はユーリィも誘ったのだが、彼女はどうも不機嫌でアッシュの傍から離れようとしなかったため別行動だ。
アルフレッドとエドワードは心底がっかりしたが仕方がない。
アルフレッドは気分を改めると、一般騎士用の赤いサーコートに着替えて――《七星》のサーコートは目立つため街中では使用しないらしい――約束通りサーシャ達の案内役を買って出たのである。
そして現在、サーシャ達はいるのは、皇都ディノスの十三番地。
二十六番地で区別される皇都の中でも、観光用設備や飲食店や工芸店などの店舗が充実している地区に出向いたのだった。
「まあ、あの『鉄車』にも驚いたけど、ここも大概凄いわね……」
目の前の光景に、アリシアは目を細めて呟いた。
そこは一言でいえば、大きな水路で両断された大通りだった。
右側と左側にはそれぞれ様々な店舗が軒を連ね、水路には小舟が行きかっており一定間隔で弧を描く橋も架けられている。
王都ラズンでは見たことのない景観だ。強いて言うならば、リゾート都市ラッセルに似ているかもしれないが、やはり行きかう人も並ぶ建物も規模が違う。
「……出来ればアッシュさんとも来たかったなぁ……」
思わず本音がこぼれるアリシアだった。
「まあ、仕方がないよ。アシュ兄もオトハさんも色々団長達と打ち合わせしなきゃいけないこともあるし。ユーリィ様は……なんだか少し拗ねちゃってるみたいだし」
と、アルフレッドが苦笑を浮かべて告げた。
それに対し、サーシャは頬に手を当てて首を傾げた。
「それって……やっぱり原因は皇女様かな」
「まあ、そうだろうな」
と、エドワードが苦虫を噛み潰したような表情で言う。
あの時、いきなり現れた金色の髪の少女。
正直、全員が唖然とした。彼女の身分にも、そしてその髪の色にもだ。
特にサーシャの驚きは、ひと際大きかった。
自分以外の《星神》とのハーフと初めて出会ったのだ。まあ、厳密に言えば、皇女は曾祖母の血――要は隔世遺伝でありハーフではないのだが。
『……えっ』
ただ皇女の方もサーシャの銀髪に興味を持ったのだろう。流石に根掘り葉掘り聞くような真似はしなかったが驚きの声を上げ、明らかに興味津々な眼差しをしていた。
しかし、それ以上に、皇女にとってアッシュの方が重要だったようだ。
『ク、クライン様っ!』
彼女はアッシュの姿を見るなり、満面の笑みを浮かべた。
そして脇目も振らずアッシュに抱きついたのだ。これにはアッシュも心底困り果てた顔をし、ミランシャ、オトハも渋面を浮かべた。ちなみにサーシャとアリシアは事態についていけずポカンとするだけだった。
最終的に皇女は、アッシュに頭を撫でられた後――あそこまで恐る恐る頭を撫でるアッシュの姿は初めてだった――皆に一礼をして退室したのだった。
そしてその結果……ユーリィが拗ねたのである。
「ユーリィちゃんって普段は年齢以上にしっかりした子だけど、なんだかんだ言ってもアッシュさんにベタベタだもんね」
アリシアが苦笑を浮かべて正直な感想を述べる。それには全員が同意見だった。
そんな中、大通りへと歩き出しつつ、アルフレッドが肩をすくめて告げる。
「まあ、それは仕方がないよ。アシュ兄もユーリィ様には無茶苦茶甘いし。そもそもアシュ兄の《双金葬守》って二つ名も、半分はユーリィ様の守護者って意味だしね」
「へっ? そうなのか?」
エドワードが目を丸くした。二つ名の意味まで考えたことはなかったのだ。
そして、それはサーシャ達も同じだった。
「へえ~。そうだったんだ。まあ、《七星》の二つ名はうちの国まで届くほど有名だけど、流石に意味までは知らなかったわ」
あごに手を当ててアリシアが感嘆をもらした。
「けど、半分ってどういうことなの?」
隣に並んで歩いていたサーシャが、アルフレッドに尋ねる。
アッシュの過去を知っているアルフレッドは言うべきかと一瞬躊躇するが、すぐに決断した。表層部分の事実ぐらいなら別に言ってもいいだろう。
「……う~ん、これは数年前のことなんだけどね。この国には《黄金死姫》と呼ばれる《聖骸主》がいたんだ」
「……《聖骸主》って《星神》が聖骸化したって言う、あれ?」
アリシアがそう尋ねると、アルフレッドはこくんと頷いた。
「うん。それも《金色の星神》が聖骸化した最強の《聖骸主》だったんだ。僕も一度出会ったけど、正直笑えないぐらい強かったよ」
と、前置きしてから、
「だけどある日、アシュ兄が死闘の果てにその人を倒したんだよ。そこから《黄金死姫の葬り手》って二つ名が付いたんだ。そして最終的には《金色聖女の守り手》というもう一つの二つ名と合わさって《双金葬守》って呼ばれるようになったんだ」
と、何故か気まずげに告げるアルフレッド。
そんな彼の心情には気付かず、サーシャ達は純粋に驚いていた。
まさか、アッシュにそんな武勇伝があろうとは――。
「……それは凄いな。流石は師匠だ。倒すのには鎧機兵が数十機も必要だと言われる《聖骸主》を倒したことがあるとはな」
ロックが腕を組み、感動さえ込めて唸る。
「まぁ確かにな……おっそうだ! なあ、今晩辺り師匠に詳しく訊いてみようぜ!」
「あっ、それいいわね!」
「うん! 私も訊いてみたい!」
エドワードの提案に、アリシア、サーシャが乗った。
対し、青ざめたのはアルフレッドだ。
「え、えっと、そ、それはやめた方がいいんじゃないかな? あの死闘はアシュ兄も思い出したくないぐらい酷いものだったらしいし」
ある意味これも事実ではあった。
ただし、酷い状態だったのは死闘だけではなくアッシュの精神状態も含めてだが。
あの時のアッシュの様子は正直、見ていられなかったものだ。
(これはまずったかなぁ。なにしろ《黄金死姫》はアシュ兄の……)
当時の事を思い出しつつ、少しばかり困ってしまうアルフレッド。
すると、根が素直なサーシャが眉根を寄せて呟く。
「……そうなの? じゃあ、訊かない方がいいのかな」
「……まあ、確かにそうかもね」
アリシアも続いた。こうなってくると、エドワードとロックも従うしかない。
アルフレッドは内心でホッとした。どうにか説得に成功したらしい。
「あははっ、まあ、今は散策を楽しもうよ!」
再び話題が戻ってしまっても困る。
アルフレッドは作り笑いを浮かべて、そう告げるのだった。
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