第109話 遥かなる皇都②
皇都ディノスより西側にある広葉樹の森。
その奥地。びっしりと蔓が絡みつく古城の前にてその青年は溜息をついた。
「やれやれ。ここも外れかな」
ボリボリと短く刈った茶色い髪をかく。
年の頃は二十四、五歳。
黒い騎士服に純白のサーコートを纏う精悍な風貌の青年だ。
「相変わらずオレは運がねえなあ……」
そう呟き、両腕を組んで呻いていると、赤いサーコートを羽織った一人の騎士が近付いてきた。茶髪の青年が率いるこの部隊の副隊長だ。
副隊長の青年はビシッと敬礼すると、調査の報告をする。
「隊長。やはりここは外れのようですね。『奴ら』の痕跡は発見できませんでした」
「やっぱ、そっかあ……」
茶髪の青年は、はあっと嘆息した。
続けて副隊長に視線を向けて、
「ここ以外の候補地はあと何箇所だ?」
「二箇所ですね。この森にあるもう一つの城。後は南の森にある旧工場施設です」
「しゃあねえな。まずはこの森の――」
と、副隊長に指示を出そうとした時だった。
「――隊長!」
突如、別の部下が駆け寄ってきた。
茶髪の青年は腕を組んだまま、眉根を寄せる。
「……どうした?」
「今皇都から連絡がありました! クライン様とタチバナ様が到着されたそうです!」
「ッ! マジかッ!」
茶髪の青年は目を見開いた。
それからニヤニヤといった感じで相好を崩して――。
「そっかそっか! オトハちゃんが来たってか!」
そう雄たけびを上げながら、その場で踊り出す茶髪の青年。
「い、いや、あの、クライン様も到着されたのですが……」
と、顔を引きつらせて告げる部下に、茶髪の青年はフンと鼻を鳴らす。
「アッシュの野郎なんてどうでもいいんだよ。それよりもオトハちゃんだ! ムフフッ、見とけよ! 今度こそオトハちゃんを口説き落としてみせるぜ!」
言って、拳を振り上げる茶髪の青年。
副隊長は呆れた果てたように溜息をついた。
「相変わらずですね、隊長は……。タチバナ様は身持ちが堅くて有名ですよ。そもそも会う度にフられまくっているじゃないですか。隊長、節操も全くないし」
自分の知る限り、彼の上司はナンパ師としても有名だった。
それも、美人と見れば誰かれ構わず声をかけるほどに。
「うっせえよ! 美人を口説くのは男なら当然だ!」
堂々と胸を張って告げる上司に、副隊長は再び溜息をついた。
「なら、ハウル様を口説かないのは何故なんですか?」
「えっ、いや、ミランシャは顔の方は文句なしなんだが、胸が瀕死状態だしなあ」
「……女性差別ですよ。それ……」
副隊長はかぶりを振ってツッコミを入れる。
が、雑談ばかりしているのも不毛だ。副隊長は本題に入った。
「それより隊長。どうされますか」
言われ、茶髪の青年はあごに手をやった。
「そうだな。オレはとりあえず皇都に戻るか。残り二箇所の調査は頼めるか?」
「それは問題ありません。恐らく戦闘の可能性も低いでしょうし」
「そっか。なら頼むぜ」
「了解しました」
そうして引き継ぎをした茶髪の青年は、近くの木に繋いであった愛馬に跨ると、手綱を握った。そして城の周囲に散らばる部下達に挨拶しながら馬を走らせる。
愛馬は森の中を疾走した。
緑の匂いを運ぶ風を感じつつ、青年の頬は徐々に弛んでくる。
「ふふっ、楽しみだぜ。オトハちゃん、きっと今も美人なんだろなあ」
さっきから興奮が収まらない。一年半ほど前に会った紫紺の髪の女性の姿を――特にその豊満な胸を思い浮かべて、青年はムフフと笑った。
◆
グレイシア皇国の皇都ディノスは霊峰カリンカ山脈の麓に構える水網都市である。
セラ大陸の北方に位置するため、大陸に着いた後は陸路を使わなければならないのだが、皇都に隣接する大河を北上すれば、直接皇都に辿り着ける立地になっている。
アッシュ達一行は大陸の到着後、大河へと入り、そのまま北上した。
そうして約四時間。
ようやく彼らの乗る鉄甲船は皇都へと辿り着いたのだった。
「これは凄いわね……」
「うん。本当に……」
鉄甲船の船首にて。並んで立つサーシャ達四人は、ただただ呆然としていた。
眼下にあるのは皇都ディノスの港。大河に設けられた巨大な港湾だ。
「……まさに皇都と呼ぶに相応しい光景だな」
「うわあ……改めて自分が田舎もんだと自覚すんぜ」
ロック、エドワードも思わず呻き声を上げる。
船の上から見える皇都ディノスの全容は、まさに圧巻だった。
まず真っ先に目に入るのは皇都の中心。無数の槍を彷彿させる荘厳な巨城だ。遠目では分かりにくいが、どうやら大きな湖の上に建っているようだ。
続いては街並み。三角状の黒い屋根が印象的な建物が所狭しと並んでいる。その規模は端が視認できないほどだ。街の至る所にひしめく水路もまた特徴的だった。
アティス王国の王都ラズンとは、世界そのものが違う。
「……これが皇都ディノス……」
圧倒されたサーシャがぽつりと呟く。と、
「ははっ、凄げえもんだろ」
不意に、ポンッと頭を叩かれた。
振り向くサーシャ。彼女の横には、いつの間にかアッシュが立っていた。
アッシュの隣には、ユーリィもいる。
「……この皇都がアッシュさんの故郷なんですか?」
と、アリシアがサーシャの背中越しに尋ねる。
エドワード達も興味深そうに、視線をアッシュに向けた。
「いや、違うよ。俺の故郷は小っちぇえ村だ。こんな立派じゃねえよ」
アッシュは苦笑を浮かべて返した。
彼の生まれ故郷は都市ですらない。人口百人足らずの小さな村だ。
「……私の故郷も小さな村だった」
アッシュに寄り添うように立っていたユーリィも、そう告げる。
失った故郷を思い出したのか、ユーリィの表情は少し硬い。それを感じ取り、アッシュは気分を変えるため、あえて陽気な口調で言う。
「まっ、ここは色々あるからな。充分楽しめる街だよ」
すると、後ろから――。
「ええ。なにせ、人口百万人以上の大都市ですもの。ここで生まれ育ったアタシでも知らない場所があるぐらいよ」
コツコツと軍靴を鳴らして近付いてきたミランシャが、アッシュの言葉を継いだ。
彼女の後ろには、アルフレッドとオトハの姿もある。
「……私も何度かこの街には来たが、毎回迷うぞ」
かつての苦い経験を思い出し、口元を歪めるオトハ。
正直この街は、水路が多すぎてまるで迷路のようになっているのだ。
「ふふっ、街を見物する時は僕に言ってよ。案内するからさ」
アルフレッドが笑みと共にそう告げると、サーシャも笑顔で返した。
「うん。分かったよ。その時はお願いね。アルフ君」
「まあ、こんな馬鹿みたいに広い街、迷ったら洒落になんねえもんな」
普段はアルフレッドに対し、やたらと喧嘩腰なエドワードも同意する。
もちろん、アリシアとロックも反対などしない。
そんな彼らの様子を見て、ミランシャはふふっと笑った。
「まっ、それは後のお楽しみね。さて。それじゃあ、もうじき船が港に停泊するから、ここらで一言、言っとくね」
そして、コホンと喉を鳴らして彼女は告げた。
「みんな! 皇都ディノスへようこそ!」
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