第102話 出会い③

「はあ、どうしたら強くなれんのかな」


「う~む。それは難しい質問だな」


 アティス王国の市街区。

 石造りの建物が多い王城区と違い、主に木造家屋が軒を連ね、飲食店や雑貨店が多い大通りを、エドワードとロックは並んで歩いていた。


 今の時刻は午後三時半過ぎ。人通りもまだまだ多く、呼びこみの声も忙しい賑やかな場所なのだが、それに反するようにエドワードの表情は暗かった。

 友人の様子にロックは頬をかく。


「まあ、そう落ち込むなエド。まだまだ先は長いんだぞ」


「それは分かってるけどさあ……」


 エドワードは歩きながら肩を落とした。

 あまりの壁の高さにどうしても絶望感が拭えない。エドワードは嘆息する。


「はあ、どうしたら楽して強くなれんのかな」


「……一気に真摯さが無くなったな」


 ロックが半眼で友人を見据える。真剣に悩んでいるのは事実なのだろうが、そこでお手軽さを求める辺り、やはりエドワードか。


「そんな簡単な話ではないだろう。相手は《七星》。セラ大陸最強の騎士だぞ」


 ロックは腕を組んでそう呟いた。《七星》とはセラ大陸の大国、グレイシア皇国において最強の七人に与えられる称号。

 そしてアッシュとオトハは、二人とも《七星》の称号を持っていた。

 それはお手軽に辿り着けるような領域ではない。


「はあ、分かってるよ。つい愚痴ってみただけだ」


 と、エドワードは不貞腐れたような口調で言い返すと、不意に店舗の並んでいる大通りの右側に足を向けた。ロックは眉を寄せる。


「エド? どこに行くんだ?」


 ロックが後を追い、そう尋ねると、エドワードは「プレゼント」と答えた。


「実力だと、当分無理だかんな。まずはユーリィさんが喜ぶもんでも贈って、こつこつと好感度を上げておこうかと思ってな」


「……まあ、常套手段ではあるが、何となくコスイな、それ」


「ほっとけよ」


 エドワードはそう吐き捨てると、近くの店舗に立ち寄った。

 その店は、主に果物を扱う店だった。大きな台座に敷き詰められた色鮮やかな果実が目に入る。甘い香りが漂う中、エドワードはまじまじと物色し始めた。

 その様子に、ロックは何とも言えない微妙な表情をする。


「なあ、エドよ。お前は女性へのプレゼントに食べ物を選ぶのか……? 病院の見舞いじゃないんだぞ」


「うっせえよ。仕方ねえだろ。ユーリィさんには食べ物の方が効果的なんだよ」


 師匠への手土産にもなるしな、と告げるエドワード。

 彼も彼なりに、最善手を考えているのだ。

 そして並ぶ果物へと視線を移す。と、


「……ん? 何だありゃあ?」


 眉をひそめる。店の奥に一つだけ箱詰めにされた果物を見つけたのだ。大きさは両手で掴めるほど。網のような表皮を持つ緑色の変わった果実だ。


「なあ、おっさん。これって……」


 エドワードが店主に声をかけようとした、その時だった。


「へえ~、珍しい。『メリッサの果実』じゃない」


 不意に近くから声が聞こえてくる。

 エドワード、そしてロックの方も、興味津々に声の主へと視線を向けた。


「本当に珍しいわね。皇国でも滅多に出回らない高級品じゃない」


 そう呟いていたのは、真紅の瞳と、燃えるような赤い髪を持つ女性だった。

 年齢は二十代前半。騎士のような装いのスレンダーな美女である。

 彼女はウェーブのかかった毛先を指でいじりながら、


「うん。これにしましょう。菓子折りに丁度いいわ。ねえ、おじさま」


 言って、店主に声をかける。

 すると、店主の親父は営業スマイルを浮かべて女性に近付き、


「へい。お嬢さん。何でしょう?」


「この果物。頂けるかしら?」


「おおッ、お目が高い。これは非常に珍しい品でしてね。これ一つしかねえんですわ」


「あ、やっぱりそうなの。なら、アタシはラッキーなのね」


 といった感じで二人はやり取りする。と、


「おい、ちょっと待ってくれよ」


 エドワードが止めた。

 店主の親父、赤毛の女性が二人してエドワードに注目する。


「……? どうしたんだ、エド?」


 と、ロックが友人に問う。

 対し、エドワードは憤然とした顔で両腕を組み、


「その品は俺も目をつけてたんだよ。勝手に話を進めないでくれ」


 そんなことを宣う。その場にいた他三人は顔をしかめた。


「おいエド。今のはあの人の方が早かったぞ」


 一応ロックがいつものように制止をかけるが、これまたいつものようにエドワードは聞く耳を持たない。エドワードは横目でロックを睨みつけて言う。


「あんな珍しい品だぞ。きっと喜んでくれるに違いねえ。ここは引けねえよ」


「いや、しかしだな……」


 と、言葉を交わす少年達に対し、赤毛の女性は首を傾げた。


「なに? 君もこの『メリッサの果実』が欲しいの?」


「ああ、そうだよ。むしろ俺が先に目をつけてたね」


 事実を捻じ曲げていることは微塵も出さず、エドワードが堂々と告げる。

 すると、女性はまじまじとエドワードの恰好を観察し、苦笑を浮かべた。


「あははっ、残念だけど君には無理ね。この果物、とんでもなく高価なのよ。確か市場価格でシエラ銀貨二十枚だったかしら?」


 最後の台詞は店主に向けたものだった。

 果物屋の店主はコクコクと頷き、


「へい。よくご存じで。そっちの騎士候補生の坊ちゃん。悪りいことは言わねえから今回はやめときな。なにせ銀貨二十枚だぞ。半月分の食費だ」


 店主までエドワードを止めに入る。これにはロックも同意だった。

 衝動買いするにはいささか高価すぎる。文字通り食費を削ることになるだろう。

 エドワードも金額を聞き、ぐぐぐと呻いていた。


「だから、やめときなさいって。珍しいだけで買うには少し高すぎるわ」


 赤毛の女性は、優しげな微笑を浮かべて諭す。

 しかし、それがかえって少年を、より意固地にさせた。

 そして、エドワードはとんでもない暴言を放つ。


「うっせえよ、ババア!」


 ――ピシリ。


 と、空気が張り詰めた。

 ロックと店主は言葉もなく、赤毛の女性は微笑を浮かべたまま固まっていた。

 だが、そんな凍りついた状況でもエドワードの暴言は止まらない。


「俺が買うったら買うんだよ! 引っこんでろババア!」


「や、やめろエド!? お前、馬鹿か!?」


 慌ててロックが、エドワードの口を、と言うより顔面を掴んで止めた。

 同時に、ロックは渋面を浮かべる。

 初対面の女性に対し失礼なのは言うまでもないが、どうも最近この馬鹿は二十歳以上の女性を「年増」と呼ぶようになってきている。由々しき事態だ。


 ……早いうちに矯正すべきかもしれない。

 まあ、ともあれ、今は赤毛の女性に謝罪するのが先だろう。


「連れが暴言を吐き、申し訳ない――」


 と、ロックはエドワードの顔面を握り潰すように片手で押さえたまま、女性へと振り向き謝罪しようとして――凍りついた。


「ふふふ、流石に『ババア』と呼ばれたのは初めてだわ。意外とムカつくものね」

 

 赤毛の女性は笑っていた。

 そして彼女はポキポキと指を鳴らし、


「うふふ、ねえ、坊や。どんな死に方がいい?」

 

 怖ろしげなことを訊いてくる。

 逆巻く怒気に彼女の真紅の髪が本物の炎の如く揺らめいているようにさえ見えた。

 ロックの顔が引きつり、ほぼ無関係な店主まで後ずさる。ちなみにエドワードは空中で足をバタつかせ、「ぐおお、は、離せロック! 首がもげる!」と叫んでいた。

 色鮮やかなはずの店内が戦場のような緊迫感に包まれる。

 他の客がいなかったのはまだ救いか。


「さあ、お逝きなさい。坊や……」


 女性が全く隙のない足取りで一歩踏み出す。

 と、その時。


「……さっきから何を騒いでいるのさ」


 不意に店内に新しい声が響いた。

 全員の視線が一斉にそちらに向く。と、


「菓子折りはもう買えたの? 姉さん」

 

 店舗の入り口。そこにいたのは一人の少年だった。

 歳の頃は十五、六。女性と同じ真紅の髪と瞳を持つ、エドワードよりも頭半分ほど背の高い少年だ。彼は黒い騎士服を纏い、片手にはバラの花束を抱きしめていた。

 少年の姿を見るなり、赤毛の女性はポンと手を叩く。


「アルフ! 丁度いいとこに来たわ」


「はあ? 一体どういうことさ姉さん」


 アルフと呼ばれた少年は首を傾げた。

 すると、赤毛の女性――ミランシャ=ハウルは満面の笑みで、ジタバタと足を動かすエドワードを指差して告げた。


「ちょっと、あいつを潰してくれない?」

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