第101話 出会い②
『サーシャ! いくわよ!』
『うん、アリシア! 同時攻撃だね!』
と、呼びかけ合うのは二人の少女。
一人はアリシア=エイシス。
腰まである絹糸のような長い髪に、切れ長の蒼い瞳を持つ、可愛いと言うよりも綺麗と表現される少女だ。そのスレンダーな身体には、中央に赤の太いラインを引いた橙色の騎士服を着ている。アティス王国騎士学校の制服だ。
加えて、彼女はその上に蒼いサーコートを纏っていた。
もう一人はサーシャ=フラム。
琥珀色の瞳と、綺麗な顔立ち。さらには抜群のプロポーションを持つ少女。彼女もまたアリシアと同じ騎士服を着ていた。
ただ相違点として、その上に装着しているのはサーコートではなく、短い赤のマントが付いた女性的なフォルムのブレストプレートと、無骨なヘルムだった。今はそのヘルムの下に隠れているが、肩まで伸ばした美しい銀色の髪も、彼女の特徴である。
二人とも年齢は十六歳。アティス王国騎士学校の一回生だ。
そして今、彼女達は模擬戦の真っ最中であった。
しかし、ただの模擬戦ではない。
鎧機兵――。全高平均三・三セージル。丸太のような太い四肢と竜の如き尾を持つ人が乗る巨人であり、機械仕掛けの《乗り込む鎧》。それを用いた模擬戦であった。
『はあああ!』
裂帛の気合を放つアリシア。
彼女の乗る機体。両手に携えた双剣と、頭部から生えた一角獣のような角が特徴的な菫色の鎧機兵・《ユニコス》が敵機に向かって駆け抜ける!
それに合わせてもう一機。長剣を右手に構え、左腕には小さな円盾を装着した白い鎧機兵――サーシャの愛機・《ホルン》も後に続いた。
対する相手はただ一機。
大きな円輪の飾りを額につけた兜に、四角い盾のような肩当て。腰回りにはスカートのような鎧装を持ち、胸部装甲に炎の紋章を刻む機体。
右手に長大な模擬刀を携えた紫紺色の鎧機兵――《鬼刃》。
サーシャ達の教官の愛機だ。
仮想敵機に向かって《ホルン》と《ユニコス》が疾走する。そして瞬く間に間合いを詰め、左右から同時に剣撃を繰り出した!
しかし。
『――ふん。甘いぞ二人とも』
そう呟くなり、《鬼刃》は《ユニコス》の双剣を模擬刀で、《ホルン》の長剣に至っては左手で直に刃を掴んで止めてしまった。完全に太刀筋を読み切った対処だ。
そうしてつば迫り合いに入る三機。
だが、一機に対し二機がかりだというのに《鬼刃》は微動だにしない。
それどころか、どこか失望したかのように肩を落としているようにさえ見えた。
『……馬鹿者が。明らかに膂力で負ける相手に力比べを挑んでどうする』
言って、《鬼刃》は二機のつば迫り合いを軽々とはねのける。
圧倒的な膂力で押し飛ばされた《ホルン》と《ユニコス》はたたらを踏んだ。
その刹那、《鬼刃》が動く。
重心を深く沈め、地表すれすれに剣閃を走らせる!
――ガゴンッ!
『きゃあ!』『ひゃああ!?』
悲鳴を上げるアリシアとサーシャ。
今の一撃で、二人揃って愛機の足元を刈り取られたのだ。
地響きを立てて二機の鎧機兵が倒れ伏す。急ぎ立ち上がろうとする二機だったが、ゴンゴンッと《鬼刃》の模擬刀に各自頭部を叩かれた。完全に勝負ありだ。
『ふん。エイシス班。そこまでだ』
そう告げると、《鬼刃》の胸部装甲がゆっくりと上に開く。
そして操縦席から出て来たのは、一人の女性だった。
年齢は二十一歳。紫紺色の短い髪と同色の瞳。右側を白いスカーフのような眼帯で覆っているが美しい顔立ちの女性だ。サーシャにも劣らない見事なスタイルを持つ彼女は黒いレザースーツを纏い、その上に教官用の赤いサーコートを身に着けていた。
彼女は操縦席の淵に片足を乗せると、倒れ伏す二機、さらには少し離れた場所にて倒れたままの青と緑の二機にも目をやり、ふうと嘆息して腕を組んだ。
途端、周囲から次々と声が上がった。
「すっげええ! やっぱ教官強えェ!」
「エイシス達ですら瞬殺かよ……」
そこは、アティス王国騎士学校の敷地内にあるグラウンドだった。周囲には数十人の生徒達がいる。模擬戦の緊迫の前に今まで沈黙していたのだ。
にわかに騒がしくなった教え子達に女性は苦笑する。彼女こそがサーシャ達の教官。そしてユーリィがもっとも警戒する女性――オトハ=タチバナであった。
「やれやれ。騒がしいぞお前達」
と、周りの騎士候補生達を諫めてから、
「エイシス、フラム。動けるか」
『は、はい』
『うぐ、も、問題ないです』
そう答えて、ふらふらと立ち上がる《ホルン》と《ユニコス》の二機。
オトハは遠くで未だ倒れている二機にも声をかける。
「ハルト、オニキス。お前達の方はどうだ?」
『まだ少し頭がふらついていますが、問題ありません』
『姐さぁん……。もう少し手加減お願いするっす』
機体に動く様子はないが、声はしっかりしている。問題ないようだ。
「動けるようになったらお前達は休め。さてと……」
そう指示をしてから、オトハはグラウンドの端に並ぶ教え子達を見やる。
騎士候補生達は一斉に視線を逸らし、そわそわし始めた。
そんな彼らに、オトハは苦笑をこぼしつつ。
「さあ、次はどの班だ? なんなら数班同時でもいいぞ」
ビクッと肩を震せる騎士候補生達。
鬼教官オトハ=タチバナの授業は、粛々と続くのだった。
◆
「はあ……」
アティス王国騎士学校、校舎の一階。
放課後となり、人もかなり少なくなった講堂にて。
騎士候補生の一回生、ブラウンの髪を持つ小柄な少年・エドワード=オニキスは、段差ごとに設置してある長机の一つに頬をついて溜息をこぼした。
まるで魂そのものが抜けているような姿勢だ。
「……随分と落ち込んでいるな、エド。どうしたんだ?」
と、ぐったりしたエドワードに声をかけてきたのは体格のいい若草色の髪の少年。
ロック=ハルト。エドワードと一番親しい級友だ。
エドワードは少しだけ顔を上げると、隣に立つロックを見やり、
「はあ、なんて言うか、姐さんと模擬戦したら改めて力量差を思い知ってよ」
「それは……なんとも言えんな」
ロックは渋面を浮かべる。と、一段下の長机で談笑していたアリシアとサーシャがたまたまその会話を聞き、興味深げに近付いてきた。
「なに? オニキス、あなたまだあの件、諦めてないの?」
アリシアが呆れた口調でそう尋ねる。
エドワードはムスッとした顔で返した。
「当たり前だろ! ユーリィさんと付き合うためなら俺は強くなって見せるぜ!」
エドワードはユーリィに恋慕の情を抱いていた。
完全無欠なまでに全く脈のない片思いではあるが、彼は真剣だった。
「う~ん。けど、四人がかりでオトハさんに秒殺されていたら厳しいよね」
と、サーシャが気まずげに頬をかいて告げる。
この厳然とした事実に全員が沈黙した。ユーリィの保護者であるアッシュがエドワードに提示した交際の条件は、アッシュより強くなること。
アッシュと同格の実力を持つオトハにまるで歯が立たなくては論外だ。
「ああッ! うっせえな! そんなの分かってるよ!」
と、いきなり声を上げてエドワードはバンと机を叩き、立ち上がった。
そして目を剥くサーシャ達と周囲の騎士候補生達を尻目に講堂の外へと向かう。
「お、おい、エド!」
友人の突然の行動に、ロックは慌てて後を追った。
そうして二人の少年は退室し、一瞬、講堂に静寂が訪れる。が、すぐに残った候補生達は何事もなかったかのように談笑に興じる。気分屋で有名なエドワードの癇癪はそう珍しいものでもなかったからだ。
その場に残されたサーシャとアリシアも互いの顔を見合す。
「なんか大変よね、あいつも」
「あはは。そうだね」
そして、二人の少女は苦笑を浮かべた。
自分の恋も前途多難だが、それでもエドワードよりはマシかもしれない。
二人して、そんなことを思う少女達だった。
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