第103話 出会い④
「……なんでこうなったんだ?」
アルフレッド=ハウルは困惑していた。
ぼんやりと周囲を見やる。そこは店舗が多数立ち並ぶ大通りの一角。彼が訪れた果物店を取り囲んで人垣が出来ていた。
これは一体どういう状況なのだろうか。
彼は菓子折りを買うと言っていた姉を迎えに行っただけなのに。
今度は前を見やる。五セージルほど離れた位置に一機の鎧機兵が立っていた。
右手に槍を携えた軽装型の、全身緑色の機体だ。
何やら姉に対して、アルフレッドでさえ青ざめてしまうような暴言を吐いたという小柄な少年が、いきなり喚び出したのだ。
流石に唖然とした。まさか街中で鎧機兵を喚び出すとは。
豪胆な姉も呆れていた。しかし、その後の光景にさらに絶句する。
わらわらと周囲の人間が集まってきて、瞬く間に観戦状態になったのである。
集結した野次馬達は、絶妙な間合いで陣取り、今はガヤガヤと騒ぎながら期待した眼差しでアルフレッドと緑色の機体の様子を窺っている。
アルフレッドは額に手を当て嘆息した。
まるで日常的に訓練されたような動きだ。
(……この国では、街中で鎧機兵が暴れても平気なのか)
ともあれ、挑まれた以上、逃げる訳にはいかない。
だが、姉の機体は特別すぎる。あまり大衆の前で披露するには不向きだ。
従って、アルフレッドが代わりに相手をすることに異論はないのだが――。
『おら、来いよ! これに勝った奴が「メリッサの果実」を手に入れるんだろ!』
「やめるんだエド! お前どこまで馬鹿なんだ!?」
勇ましく槍を突き出す鎧機兵の横で、友人らしき大柄な少年が叫んでいる。
これにはアルフレッドも同意見だった。
流石に果物一つ賭けての決闘など、生まれて初めての経験だ。
アルフレッドは観衆に混じった姉の方へ振り向く。
彼の敬愛する姉は、片手に花束を抱きしめた姿で喉を掻っ切る仕種をした。
(姉さぁん……)
アルフレッドは力なくかぶりを振った。
どうやら応じるしかないようだ。でないと自分にとばっちりがくる。
「……仕方がないな」
アルフレッドは腰のホルダーに手を触れ、伸縮自在の機械槍を抜く。
これは彼の愛機の召喚器でもあった。
「「「おお~!」」」
途端、観衆から歓声が上がった。アルフレッドがやる気になって俄然期待感が上がったのだろう。まあ、当の本人は頬を引きつらせるだけだったが。
『けっ! ようやくやる気になったか、優男!』
言って、緑色の鎧機兵は改めて槍を身構えた。中々堂の入った構えだ。
それに青ざめたのは、彼の友人らしき少年だった。
「ま、待てエド! そっちの人も少し待ってくれ! 話し合いを!」
「……悪いけど、挑まれた以上、ハウル家の人間として逃げる訳にはいかない」
そう返して、アルフレッドは愛機の名を叫ぶ。
「――来い! 《雷公》!」
その直後、機械槍は輝き、石畳の大通りに光の線が疾走した。
そして瞬く間に召喚陣を描き、アルフレッドの愛機を喚び出した。
「「「おおおおおおお――ッ!」」」
野次馬達から歓声が上がる。それはいよいよ戦闘が始まるという期待感よりも、現れた機体があまりにも荘厳だったための歓声だった。
それは、白金色に輝く鎧機兵だった。
全高は三・五セージルほど。王冠のような兜と肩当てを身につけ、胸部装甲を始め、籠手などの各装甲部には精緻な紋様が描かれている。長大な突撃槍を右手に携えたその姿には、まるで王者の如き風格があった。
「おお……これは」「初めて見んぞ、あんな機体」「凄いっ! カッコいい!」
初老の男性、若い男、幼い子供に至るまで感嘆と驚きの声をもらす。
それは、横で見ていた大柄な少年――ロックも同様だった。
「お、おい、まずいぞエド! 明らかに別格っぽいのが出てきたぞ!」
『なななな何をッ! あ、あんなのただの見かけ倒しだ!』
「おもいっきり声がどもっているぞ、お前!?」
主人であるエドワードの不安を感じ取ってか、彼の愛機・《アルゴス》が構える槍の穂先は挙動不審にガタガタガタと震えていた。
ロックは、はあと溜息をつき、額を平手で打つ。
「なあ、もう謝れよエド。また鎧機兵をぶっ壊されるイメージしか浮かばん」
『う、うっせえよ! 戦いもせずに逃げてたまるか!』
言って、エドワードはロックの忠告は無視し、敵機の出力――すなわち大気に満ちる星霊を吸収して変換する恒力値を精査する《万天図》を起動させた。
視界の右側面――《アルゴス》の胸部装甲の内側に当たる画面に円形図が表示される。そこには敵機の位置を現す光点と、恒力値が示されていた。
それを横目で素早く確認し――エドワードはホッと息をつく。
「ははっ、なんだよ、マジで見かけ倒しだったのか。やれやれ、恒力値が三千五百ちょいだと? 《アルゴス》よりも低いじゃねえか」
エドワードの《アルゴス》の恒力値は三千九百ジン。
別段、誇れるような出力でもないが、それでも相手より格上だ。
エドワードは大いに調子に乗った。《アルゴス》が白金の鎧機兵に槍を向ける。
『へっ! かかって来いや! この雑魚め!』
「お、おい、エド!」
『はン! 心配すんなよロック。こいつ、とんだ見かけ倒しだぜ! さっき調べたが恒力値がフラムの《ホルン》並みしかねえ!』
「そ、そうなのか……?」
ロックは訝しげな眼差しで、眼前に佇む白金の機体を見つめる。
とても、あの何もかもが平均的な《ホルン》と同格には見えないのだが……。
すると、ズシン……と音を立て白金の鎧機兵が歩き出した。
『……雑魚、か。そんなの初めて言われたよ』
わずかに怒りを宿した声が聞こえてくる。あの赤髪の少年の声だ。
一歩一歩、ゆっくりと白金の機体が近付いてくる。
『けど、威勢は大したものだよ。その機体、見たところ三千九百ジン程度だろ? それでもなお僕の《雷公》に喧嘩を売る気になっただけでも感心するよ』
言って、白金の鎧機兵――《雷公》は突撃槍をかざした。
それに対して、エドワードは眉根を寄せる。
『はあ? お前なに格上ぶってんだよ。お前の機体なんて三千五百ちょいじゃねえか』
『……? 君こそ何を言っているんだ? 三千五百って何のことだよ?』
どうも会話がかみ合っていない。
エドワードは眉をしかめたまま、もう一度、《万天図》を確認してみた。
今度はチラ見ではない。じっくりとした確認だ。
そして――。
「――ブッ!?」
盛大に息を吹き出した。
「なななな、なんだこりゃあ!?」
どんどん顔色が青ざめる。改めて確認した敵機の恒力値。それは三千五百ジンなどではなかった。一瞬しか目を通さなかったので見間違えていたのだ。
――恒力値・三万五千五百ジン。
それが眼前の敵機、《雷公》の本当の恒力値であった。
『ままま待て!? てめえ、何だこの無茶苦茶な恒力値はッ!?』
『……? だから君は何を言っているんだ? 知った上で挑んで来たのだろう?』
《雷公》の中で、眉をしかめてアルフレッドは言う。
一方、エドワードは完全に血の気が引いていた。いくらなんでも格が違いすぎる。
――戦闘は恒力値で決まるものではない。
そんな定番の決め台詞さえ口に出来ない格の違いだ。
「おい、何だよ、まだ始まんねえのか?」「お前ら、いつまで睨めっこしてんだよ」「えっと、《あるごす》、がんばれ~」
見たこともない豪華な鎧機兵に、なんだかんだで有名人であるエドワードの愛機・《アルゴス》。周囲の期待は否が応にも高まった。
そして、その中には赤毛の女性の姿もあった。
「アルフ~。いっそ殺せと思うぐらいに大破させるのよ~」
相変わらず物騒な事を言うミランシャ。
「エド! 土下座だ! 《アルゴス》で土下座するんだ!」
長い付き合いからか、エドワードが最初の威勢から一変、危機に陥っていることに気付いたロックがアドバイスしてくる。ただし、自分は安全圏に後退しながらだが。
「ぐぐぐ……」
エドワードは悩む。眼前の敵機はまさに桁違いだ。勝ち目があるとは思えない。
……やはり、ここは定評ある自分の土下座の妙技を披露するしかないのか。
そう思った時だった。
「ちょっと! あなた達、何やってるのよ!」
突如聞き慣れた声が、人垣の奥から響いてきた。
そして人垣を割って二人の少女が大通りへと進み出た。
アリシアとサーシャの二人である。
アリシアは騎士服の上にサーコート。サーシャは左手に銀のヘルムを抱えていた。
エドワード達と同じように、二人とも学校の帰りに市街区に繰り出していたのだろう。騎士学校にいた時と全く同じ姿だった。
「え? オニキス、またナンパでもしたの?」
サーシャがキョトンとした表情で尋ねてくる。エドワードには以前にも似たような騒動を起こした前科があり、その時の切っ掛けはナンパだった。
すると、エドワードは反射的に叫んだ。
『違げえよ! 誰がババアをナンパすっか!』
「エド!? お前、状況分かっているのか!? 何故火に油を注ぐ!?」
ロックは再び《アルゴス》に近付きつつ、ミランシャの様子を窺った。
赤毛の女性は額に青筋こそ浮かべていたが、それ以上に、何やら興味深そうにこちらの様子――いや、介入してきた少女達の様子を観察していた。
すると、《雷公》がミランシャを見やり、
『……姉さん。どうするの? なんかややこしくなってきたみたいだけど』
「ん? ああ、そうね。アルフ、もういいわ。戦闘は中止よ」
言って、ミランシャはおもむろに歩き始めた。
無造作な仕種でサーシャ達に近付いてくる。思わず《アルゴス》が槍を身構えて警戒するが、それさえも気にしない。
そして彼女はサーシャの前で立ち止まった。
「ふふふっ、ねえ、あなた……」
「え? わ、私ですか……?」
サーシャが困惑した表情を浮かべた。
傍にいるアリシア、ロックも怪訝な顔をする。
しかし、そんな彼らに構わずミランシャは猫のように目を細めて言葉を続ける。
「綺麗な髪をしてるわね。あなた……サーシャちゃんでしょう」
「え、どうして私の名前を……」
サーシャは目を丸くした。が、すぐに理由に思い至る。
彼女の銀の髪は、他者の《願い》を叶える神秘の種族・《星神》と、人間の間に生まれたハーフの特徴だ。そしてサーシャはこの国唯一のハーフであり、王都ラズンにおいてそのことを知らない者はいないぐらい有名だ。
目の前の赤毛の女性は旅人のようだが、きっと噂から推測したのかもしれない。
思わずサーシャは苦笑する。そして同様の推理に他の二人も思い至ったのだろう。アリシア達も半笑いの表情を浮かべていた。
しかし、赤毛の女性は思わぬ事を口にする。
「アシュ君の手紙にあなたのことは書いてあったわ。頑張り屋の良い子だって」
「へ? 手紙? アシュクンって?」
予想もしていなかった言葉の羅刹に、サーシャは困惑した。
すると、赤毛の女性は目を細めて、右手を差しだし――。
「あははっ、ごめんね。説明不足か。アタシの名前はミランシャ=ハウル。アタシはあなたの先生であるアシュ君――アッシュ=クラインの親友なのよ」
今はまだね、と小さく付け加え、ミランシャは笑うのだった。
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