第11話 その名は流れ星②
ユーリィ達から遅れること十五分。
大混雑の中、アッシュはようやく会場内に入ることが出来た。その手には出店で購入した串焼き入りパックと、三本のボトルを抱えている。
「――ふう。想像以上に混んでんな。どうりで時間がかかる訳だ」
吹き抜けになったすり鉢状の闘技場内を、アッシュはまじまじと見渡した。
客席はすでにほとんど埋まっており、興奮した面持ちで観客達がガヤガヤと談笑に興じている。あまりの熱狂ぶりに気温まで上がっていてそうだ。
「……こりゃまた随分と暑そうだ。ボトル三本で足りっかな……って、それより今はまずユーリィ達と合流しておかねえとな」
客席の通路は緊急時を想定して余裕を持たせたのか、そこそこ広い。
何人かの売り子や観客とすれ違いながら、アッシュは迷う様子もなくユーリィの元へと足を進めた。
下から六段目の通路沿い。
たった一つだけ空いた客席の隣で彼女は一人座っていた。
「あれ? 一人だけか? メットさんは?」
「あっち」
アッシュはユーリィの指差す方向を見やる。
その先にあるのは闘技場の左入場門。
そこには明らかに緊張したサーシャの姿があった。
「へ? メットさん!? なんで出てんの!?」
「贋作をぶっ壊すため」
「贋作?」
ユーリィが今度は反対方向を指差す。その先にあるのは闘技場の右入場門。
そこではジラールがいかにも悪役然といった様子で、にやにやと笑っていた。
「……なんかえらい小物っぽい奴だな。あいつがどうかしたのか?」
「もうじき始まる。そしたら、すぐに分かる」
説明は終わりとばかりに、ユーリィはポンポンと席を叩くと、早く座るよう促してくる。まだ腑に落ちないが、アッシュはとりあえず席に座ることにした。
そして、実況席にいる司会者の声が響き渡る。
『レディース&ジェントルメーーーン! 長らくお待たせしました! これより昼の部・最後の試合を開始いたします!』
一呼吸入れて、
『左の青き門より現れるのは、今回初参加! 期待の新人! 駆る鎧機兵は純白の守護神、《ホルン》! 恒力値は三千五百ジンと平均的だが、この場では下剋上は当たり前! 根性で吹き飛ばせ! 流れ星メェーーートッ!!』
わあああああああァ――と歓声が闘技場に轟く。
アッシュは訝しげな表情でユーリィに問う。
「流れ星メットって?」
「私が名付けた。エントリーは本名でなくてもいいって言ってたから」
「……どんどん変な名前になってくるな……」
司会者は、さらに声を張り上げる。
『右の赤き門より現れるのは、葬りさりし敵は数知れず! 敗北を知らない絶対王者! 駆る鎧機兵は真紅の闘神、《朱天》! 恒力値はなんと六千八百ジン! こんな鎧機兵あり得るのか! 今日も王者の力で敵を粉砕せよ! アンディ=ジラーーールゥ!!』
うおおおおおおおおおおッ――と先程を上回る大歓声が、闘技場を揺らした。
軽く耳を押さえながら、アッシュはその鎧機兵の名に眉をひそめた。
「……ああ、なるほど。そういうことか」
「……ごめんなさい。どうしても我慢出来なかったの」
「いや、構わねえよ。しかし、メットさんはちょっと災難だったな」
「大丈夫。メットさんは負けない」
アッシュは、未だ緊張から解放されないサーシャに視線を向け――不敵に笑う。
「まあ、俺の愛弟子だしな」
サーシャは緊張のあまり混乱していた。
(なんで私が? なんでこんな場所に? 流れ星メットって何?)
そんな彼女の瞳に、迎えの門でジラールがニタニタと笑っている姿が映る。
(そうだ……。私がこんな場所にいるのも、流れ星メットって呼ばれるのも……)
サーシャの心に怒りがふつふつと沸き上がる。
自分の不幸はすべて眼前の男が持ち込んで来たように思えてきた。――とにかく、こいつはぶちのめす。彼女は短剣を抜刀した。
「来て! 《ホルン》!」
ジラールも短剣を抜刀し、愛機の名を呼ぶ。
「来い! 我が愛機、《朱天》よ!」
二機の鎧機兵がそれぞれの主の前に現れ、二人は軽やかに愛機へと乗り込んだ。
『覚悟はいいかい? サーシャ嬢』
『……覚悟するのはあなたの方よ!』
ジラールの挑発に勇ましく答えるサーシャだったが、内心では安堵もしていた。
(よ、良かった! 呼び名がメット嬢じゃなかった!)
が、そんな感情はおくびにも出さず、《ホルン》は静かに剣を下段に構える。
それに対し《偽朱天》は無手のままだ。オリジナルもそうだが、闘士型の《偽朱天》には武器がない。今までの敵は、すべてその剛腕で粉砕してきたのだ。
《偽朱天》がゆっくりと歩いてくる。大地を踏みしめる足取りは、自分の方が格上だと傲然に語っていた。その挑発的な態度は、サーシャの闘志に火をつける。
主の意志に従い《ホルン》が駆けた。
その速度はかつての頃とは比較にならない。まさに疾風の如くだ。以前の《ホルン》をイメージしていたジラールは動揺する。
その隙を《ホルン》は見逃さなかった。
瞬く間に間合いを詰め、下段から剣を一気に振り上げた。切っ先が火花を散らす――が、傷つけたのは胸部装甲の表面だけ。
直撃の寸前に《偽朱天》がのけ反り、斬撃を躱したのだ。
だが、咄嗟の回避は《偽朱天》のバランスを大きく崩させた。《ホルン》は身を沈め、右肩から《偽朱天》に強力な体当たりをする。
ドンッと音を立て《偽朱天》は後方へと弾かれる。その予想外の威力に絶対王者はふらつき無様な尻もちをついてしまった。――会場から失笑がもれる。
呆然として座ったままの《偽朱天》に、今度は《ホルン》が悠然と近付いていく。
『あら? 調子が悪いの? 絶対王者さん』
『き、貴様! よくもこの僕に!』
《偽朱天》が跳ね上がるように立ち上がった。
当然、大したダメージは受けていない。
紅い巨人が猛然と駆けてくる。それは防御を考えていない隙だらけの突進だった。
そのあまりの無謀さに返って面を喰らい、《ホルン》の反応はわずかに遅れてしまう。
真紅の裏拳が《ホルン》の頭部に迫る。
慌てて白い鎧機兵は、両膝を折り打撃を回避した。――が、《偽朱天》の猛攻は止まらない。すかさず右足が、身を屈めた白い機体の腹部めがけて蹴り出された。反射的に《ホルン》は左腕の円盾で防御して、
――ズドンッッ!
真紅の右足と純白の盾が激突した。その衝突は一瞬のみ拮抗するが、やはり弾かれたのは恒力値が劣る《ホルン》の方だった。白い機体が軽々と宙を舞う。
おおッと観客からどよめきがわき、ジラールは不敵な笑みを浮かべた。
今の一撃で、《ホルン》は実に五セージル以上も吹き飛んだのだ。落下後も二度に渡りバウンドした白い機体は、仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かない。
(ふふ、少々大人げなかったか。でもサーシャ、これに懲りたら次からは……な、何!)
ジラールは唖然とする。突然、むくりと《ホルン》が立ち上がったのだ。
白い機体は、自らの両手を困惑するかのように見つめている。と、今度はキョロキョロとし始めた。どうやら落とした剣を探しているらしい。
剣はあっさりと見つかり、白い鎧機兵は慌てて拾い上げる。そして、一度試すように剣を横薙ぎに振るってから、切っ先をこちらに向けて正眼に構え直してきた。
その小生意気な態度に、ジラールは苛立ちを覚えた。
一方、サーシャは困惑していた。
《ホルン》は今、五セージルは吹き飛ばされたはずだった。
だというのに、サーシャは一切衝撃を感じなかった。もちろん怪我も負っていない。機体にしても、あれほどの攻撃なら損傷で立ち上がるのも難しいはずだ。
だが、《ホルン》は今も動いている。
それどころか、まるで損傷を受けていない。
《星系脈》にも異常は見受けられなかった。一体どういうことなのだろうか?
疑問は残るが、サーシャは気持ちを切り替える。これは喜ぶべきことだ。まだ闘うことが出来るのだから。サーシャは眼前の《偽朱天》を鋭く睨みつける。
《ホルン》は闘志をのせて、剣をグッと握りしめた。
「……良かった……。メットさん、無事みたい」
アッシュは、不安で眉を寄せる少女の頭の上に、ポンと手を置いた。
「そこまで心配する必要はねえよ。今の《ホルン》はあの程度では壊せねえから」
「……別に心配はしてない。ただ、あの贋作は粗悪品だけど、恒力値だけなら《ホルン》よりも上だから……」
「それでも大丈夫だ。安心していい」
随分と自信に満ちたアッシュの態度に、ユーリィは怪訝な表情を浮かべる。
少女は半眼で目の前の青年の顔をじいっと見つめ――ふうと嘆息した。
アッシュの表情に見覚えがあったからだ。
これは何かいたずらを考えている時の顔だ。
そしてこの場合、いたずらを仕掛けるとしたら……。
「《ホルン》に何かしたの?」
ユーリィの的確な問いにも、アッシュはにんまりと笑うだけだった。
彼はごまかすように肩をすくめると、闘技場へと視線を戻す。
見下ろす先では《ホルン》と《偽朱天》が攻防を繰り広げていた。
《ホルン》の剣が、右薙ぎに銀閃を描く。
ギャリギャリと《偽朱天》の装甲を削り、左胴へと抜けた。が、その感触にサーシャは唇をかむ。――これではまだ浅い。
ならばと返す刀で今度こそ胴を薙ごうとするが、それは《偽朱天》に封じられる。
真紅の左手が、剣の刀身を握りしめていた。
動きを封じられた《ホルン》の頭部に、真紅の右拳が轟音を立て炸裂する。白い機体は大きくのけ反るが、どうにか右足で背を支え耐え凌いだ。そして、お返しとばかりに《ホルン》の左拳を、《偽朱天》の腹部にズンと突き立てる。
《偽朱天》はわずかに宙に浮き、思わず握りしめていた刀身を手放してしまう。拘束から解放された《ホルン》は、後方へと跳び退き、間合いを取り直した。
まさに一進一退のきわどい攻防に、サーシャが緊張で息を吐く。
同時にキュッと眉をひそめた。――やはり、どう考えてもおかしい。
正直この闘いは、強烈な一撃をもらうまで、ジラール相手にどこまで食い下がれるかが鍵になると思っていた。
しかし、先程からほとんど殴り合いに近い攻防を繰り返している。一撃を食らえば一撃を返す。スペック差を考えれば、ありえない攻防だ。
実のところ、サーシャは時々闘技場へ足を運んでは、ジラールの戦闘を何度か観戦席から見ている。同じ騎士候補生の実力はやはり気になるものだ。
だからこそ分かる。ユーリィは粗悪な贋作と言ったが、あのレプリカの剛腕の威力は尋常ではない。
五千クラスの鎧機兵が、まるで折りたたまれるように押し潰された場面は今でも目に焼き付いている。幾ら生まれ変わったとはいえ、三千五百クラスの《ホルン》が何度も耐えられる一撃ではないはずなのだ。
しかし現実は互角。――否、それ以上だった。
何故ならあれだけの攻防の中、《ホルン》は未だ損傷を受けていないのだから。
サーシャが困惑するのも無理もなかった。
そして、ジラールもまた、この事態に異常さを感じていた。
(な、何なんだこの状況は! 幾らなんでも頑丈すぎるぞこの鎧機兵!)
苛立ちに、ジラールは唇を強くかんだ。
これまでの鎧機兵は、それこそ拳がかすっただけで破壊出来たのだ。
だというのに、この白い機体は、剛腕が直撃しても怯むどころか、何事もなかったかのようにすぐさま反撃までしてくる。
ジラールは自機の拳に視線を落とす。その手甲には無数の亀裂が刻まれていた。これは攻撃の度に負った損傷だ。あの白い鎧機兵には傷一つないというのに。
(くそッ! この機体は最強じゃなかったのか! あいつらめ、僕を騙したのか!)
理不尽すぎる状況に、ジラールはこの場にいない人間にも怒りを向ける。
――だが、それ以上に忌わしいのは眼前の白い鎧機兵だ。
『何なんだ貴様は! 一体何をした! どんな小細工をしたんだ!』
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