片道15分の恋人

6月1日（月）

特別編-End of Spring in 2020-

　栞と僕の学年にとって、2020年の春は就職活動が解禁される大事な時期。僕らは3月解禁の就活のために、多くの時間を使って準備を進めてきた。

　しかし、今年に入ってから流行し始めた新型コロナウイルスの影響により、企業による説明会やリクルート会社主催の合同説明会が中止になったり、説明会や面接がネット経由のリモートの形で行なわれたりと予想外の事態が多かった。

　4月になってからは全国規模で緊急事態宣言がなされ、僕ら就活生だけでなく、職業や世代を問わず多くの人の生活に影響が。僕が住んでいる東京都や、栞の住んでいる神奈川県はつい先日まで宣言が継続されていた。僕の父親も、栞の親御さんも一時期は自宅でリモートワークをしていた。

　そんな『コロナ禍』と言われる状況の中、栞と僕はそれぞれ就職活動をしていった。

　その結果、季節が春の間に栞は保険会社、僕は総合商社への内定をいただいた。それぞれが以前から希望していた業種の会社で内定をいただいたため、僕らの就職活動は5月までに終了。こういう結果を得られ、本当に運が良かったと思う。

　お互いに就職活動が終わってから、栞と2人で『就職活動終了記念リモート呑み会』をしたとき「おめでとう」以上に「運が良かった」という言葉を言ったな。

　まさかの新型コロナウイルスで不安な春の始まりだったけれど、僕らにとって一番いい形で春を終えることができたのであった。

『悠介君、論文読みは進んでる？』

「うん。専門書籍を読んだり、ネットで調べたりしながら読み進めているよ。栞の方はどうかな」

『私の方も何とか読み進めてる』

　夜、パソコンでネット経由のテレビ通話を使って、栞と話をしている。家にいるからか、栞はラフな格好をしていて可愛らしい。

　就職活動が無事に終わった栞と僕は、5月頃から卒業論文の執筆に向けて本格的に動き出した。ちなみに、僕らは同じゼミに所属している。

　今はまだゼミの教授が研究している分野や、自分達の興味のある分野の論文を読み進めている。論文を読んで知見を得て、自分の卒業論文のテーマを決めていこうという段階である。

　また、僕らの所属しているゼミは、毎週水曜日に卒論生と修論生が集まって進捗報告会を行なっている。文字通り、1週間でどんなことをやってきたのかを、教授やゼミの仲間に報告するのだ。

　今期受講しているのが卒業論文関連だけであることや、新型コロナの感染拡大防止のために、栞も僕も進捗報告会のある水曜日以外は大学には行かないことが多い。

『お互いに今週の報告会も何とかなりそうだね』

「そうだね」

　うちのゼミの教授は温厚な方だけれど、あんまり進めていないとさすがに叱る。栞と僕はその経験はないけど、他のゼミ生が過去に叱られていたことがあった。

『そういえばさ、今日からもう6月で夏が始まったんだよね。早いね』

「就活があったからかあっという間だったな。お互いに平和な夏のスタートになって良かったよ」

『そうだね。春は就活とコロナで大変だったから、夏は一緒に楽しいことをしたいよね』

「そうだなぁ。もし、コロナがある程度落ち着いたら、夏休みの間に2人でどこかに行きたいね」

　ただ、ここ何年か栞と毎年行っている地元の七夕祭りは、新型コロナウイルスの影響により中止となってしまった。

　ジャンルを問わず、今年の夏に開催予定のイベントが続々と延期や中止が決まっている。まさか、ここまで影響が拡大するとは思わなかったなぁ。

　栞と僕の入っているゼミでは、毎年夏休みに合宿を行なっているけど、実施するかどうかは今のところは未定。栞との思い出作りもできると思うから、是非、実施する流れになってほしい。

『今年の夏は学生生活最後の夏だから、少しでも楽しい時間になるといいね』

「学生生活最後か。特別な響きだね」

『えへへっ、そうだね。そのためにも、卒業論文について頑張って取り組んで、コロナに感染しないように気を付けないと』

「ああ。僕らができることを日々頑張っていこう」

　その積み重ねで、卒業論文についてはスムーズに進められ、コロナについては感染しなかったり、収束へ向かったりすると思うから。

『悠介君。今、手元に飲み物ってある？』

「うん。アイスコーヒーがあるけど」

『じゃあ、そのアイスコーヒーが入っているカップを持って』

　栞、何をするつもりなんだろう？

　栞の言う通りに、僕はパソコンの近くに置いてあるマグカップを左手で持つ。すると、画面の向こうでは栞が麦茶の入ったカップを持っていた。

『悠介君。今年の夏もお互いに頑張ろうね。乾杯！』

「ははっ、そういうことか。乾杯！」

　僕はマグカップに入っているアイスコーヒーをゴクゴクと飲む。

　栞と乾杯をして、画面越しではあるけど、栞の笑顔を見ながら飲むコーヒーはとても美味しく思えた。

　学生生活最後の夏。一時期に比べれば落ち着いてきたとはいえ、新型コロナが僕らにどう影響を及ぼすのかまだ分からない。少しでも平和で楽しい夏になれば幸いである。

特別編-End of Spring in 2020-　おわり