1月14日(月・祝)-後編-

 正午過ぎ。

 成人式は無事に終わり、僕は亜実と一緒に会場を後にする。

 その前に中学生のときの友人達から同窓会に誘われたけれど、同い年の恋人と会う約束があるからと断った。すると、頑張れとか、リア充とか、中学のときに好きだったから告白すれば良かったとも言われた。


「悠介って中学のときからモテてたんだ」

「そんな実感は全然なかったな。告白されたこともなければ、誰かが僕のことが好きだっていう話も聞いたことなかったから。それに、僕にとっては栞が初めてで唯一の恋だから」

「初めてで唯一の恋……か。あたしも今のところ、あのときの悠介への恋が初めてで唯一の恋かな」

「……そうか」


 そういえば、僕にフラれてから高校に通っている間は、有名人とか漫画やアニメのキャラクター以外では、亜実から誰が好きという話は全く聞かなかったな。

 それでも、亜実のことだから、大学に進学して男女問わず恋人ができていたり、好きな人が見つかったりすると思ったんだけどな。


「悠介以上の素敵な人は大学やバイト先でなかなかいないからね。悠介と付き合っている日高さんがとても羨ましいよ」

「僕のことを買いかぶりし過ぎている気がするけれどな。ただ、栞と付き合って本当に良かったってことが付き合い始めてからたくさんあって。栞と同じことを思っていたら嬉しいなって思うよ」

「そう思われる日高さんのことがますます羨ましくなっちゃった。昔とは違って、2人の惚気話を聞くと気持ちがほのぼのするわ。これからもたまには聞かせてよね」

「うん、分かったよ」


 亜実が僕と栞の仲を引き裂こうとしてから数年も経つと、僕らの惚気話が癒しになるんだな。あのときのことは、過去のこととして割り切ることができたのかな。

 そんなことを話していると、僕達は待ち合わせ場所だった鳴瀬駅に到着する。改札前で別れる人達や、同窓会をするのか大勢で集まっているグループもあって。きっと、ここにいる成人式に参加した人達は、今日のことを忘れることはないのだろう。


「悠介、今日はありがとう。楽しくていい成人式になったよ」

「こっちこそありがとう。中学の同級生と一緒よりも、亜実と2人で行って良かったよ」

「そっか。あ~あ、悠介に恋人がいなければ、今ここで告白して口づけの一つでもしちゃうんだけどなぁ」


 もしかしたら、亜実は僕への好意を今も持ち続けているのかも。


「その想いは僕の心に閉まっておくよ。じゃあ、僕は栞に会いに行くから、亜実とはここでお別れだね」

「うん。また会おうね」


 そう言って、亜実が右手を差し出してきたので、僕は彼女と握手をする。寒い中歩いてきたからか、亜実の手はとても温かく感じた。

 その後、亜実と手を振り合って、鳴瀬駅の改札口を通った。

 潮浜方面のホームで電車を待つ間に、栞に成人式が終わって上津田駅に向かうとメッセージを送った。

 いつもは大学に行くときにここのホームに立つけれど、今日は着物姿の栞と会って、そのまま彼女の家にお邪魔する予定なので、いつも以上に胸が躍る。

 電車がそろそろ到着するアナウンスが流れたとき、栞から返信が届いた。


『こっちも成人式はさっき終わったよ。今、会場の最寄り駅にいるから、30分もあれば上津田駅に到着するよ。着いたらまたメッセージ入れるね』


 栞も上津田駅に向かうところなのか。隣の駅にいる僕の方が早く着くので、上津田駅に到着したら温かいものでも飲みながら栞のことを待つか。


『分かった。僕の方が早く着くだろうから、改札前で待ってるよ』


 栞にそうメッセージを送った。

 すると、程なくしてやってきた潮浜方面の電車に乗る。午前の成人式が終わったのか、それとも午後の成人式に参加するのか……電車の中には着物姿の女性や袴姿の男性が何人かいた。例年以上に特別な日だと思わせてくれる。

 ただ、上津田駅が隣ということもあって、すぐに電車から降りることに。私鉄の乗り換えもできる駅で利用者も多いからか、鳴瀬駅よりも立派な駅だ。

 改札の近くで、自販機で買った温かい缶コーヒーを飲みながら、栞や亜実の着物姿などの写真を見ることに。着物姿はもちろん綺麗だけれど、特に高校生の頃の写真と見比べると2人とも大人になったなと思う。

 亜実の言うように、会場でバッタリと出会った中学時代の友人や知り合いの写真も見るけれど、多くの人が卒業から数年経ったことで雰囲気が大人になった気がした。成人の日というのは、少しずつ大人になっていることを確認する日でもあるのかもしれない。


「悠介君!」


 栞の声が聞こえたので改札の方を見てみると、改札の向こう側に着物姿の栞がいた。栞の御両親や、友人らしき女の子達も一緒にいる。栞は嬉しそうな様子で僕に向かって小さく手を振っている。

 着物姿の栞は写真で見ていたけれど、実際に見てみるとやっぱり可愛いな。今日見た着物姿の女性の中で一番可愛いと思う。

 改札を通ると、栞は真っ先に僕のところまで歩いてくる。栞が近づく度に可愛さはどんどん増していって。


「悠介君、成人おめでとう」

「栞もおめでとう。一緒にいるお友達も」

「ふふっ。悠介君、スーツ姿かっこいいね」

「ありがとう。写真で見たけれど、やっぱり実際に見ると凄く綺麗だよ。よく似合っているね、栞」

「ありがとう、悠介君」


 一緒の成人式には行けなかったけれど、こうして着物姿の栞と一緒にいることができて良かった。

 僕の知らない子達でも、何人からもニヤニヤした表情で見られると恥ずかしいものがあるな。


「写真で見たことあるけれど、かなりかっこいい恋人さんだね、栞ちゃん」

「素敵な人だね。あと、今日は寒いけれど、2人の近くにいると暖かいよね」

「そだねー」


 3人が微笑ましく栞と僕のことを見ている。きっと、栞は彼女達と一緒に成人式に参加したんだな。


「新倉君、成人おめでとう。こういうスーツ姿を見ると、君も随分と大人になったなと思うよ」

「ありがとうございます」

「……栞、可愛いよな」

「とても可愛いですね」


 栞の父親の大介だいすけさんと握手を固く交わし、頷き合う。スーツなんて普段は着ないから、より大人に見えるのかもしれない。そして、晴れ着姿の娘はとても可愛く思えるのだろう。


「まるで自分の息子が成人したみたいで嬉しいわ。栞、スマートフォン貸して。新倉君とのツーショットとか、みんなとの写真を撮るから」

「うん、分かった」


 栞は彼女のお母さんの恵美さんにスマートフォンを渡し、駅を出たところでちょっとした撮影会に。僕1人の写真や栞とのツーショット、栞の友人達との写真も撮って。栞のスマホで撮った写真をさっそく送ってもらった。後日、印刷してアルバムに貼っておこう。

 栞の友人達と別れて、僕は日高家のみなさんと一緒に栞の家に帰る。

 家に帰ってから、栞が着物から私服へと着替えている間に、僕は大介さんと2人で軽くお酒を呑むことに。今日が初めてではないけれど、大介さんは僕とお酒を呑むことをとても嬉しそうにしていた。

 栞が私服へと着替え終わった直後に出前のお寿司が到着し、4人でお昼ご飯を食べることに。そのときには栞もお酒を呑み、終始柔らかい笑顔を浮かべていた。


「お寿司美味しかったぁ」

「そうだね、栞」


 お昼ご飯を食べ終わった後、僕はお酒に酔っ払った栞と一緒に彼女の部屋に行く。その際、栞は僕の腕をぎゅっと抱きしめていた。お酒を呑むとかなり甘えっぽくなるところが可愛らしい。

 栞の部屋で栞と2人きりになると、ようやくいつもの休日になったんだなと思う。今日の栞は酔っているけれど。


「ねえ、悠介君」

「うん?」

「私、20歳の成人の日に悠介君と一緒にいられることがとても嬉しいの」

「うん、僕も嬉しいよ」


 成人の日は来年以降もあるけれど、20歳で迎える成人の日は今日しかない。それを栞と一緒過ごすことができるというのはとても嬉しくもあり、有り難いことなんだろう。


「そういえば、篠宮さんと一緒に行ったんだよね。どうだった?」

「元気だったよ。成人式も楽しんでいたみたいだし。着物姿も似合っていたなぁ」


 僕は午前中にスマートフォンで撮った亜実の着物姿の写真を栞に見せる。


「篠宮さん、綺麗だね。金髪だからか黒い着物姿もよく似合っているし、大人っぽい。……あっ、こんなに寄り添ってていいなぁ」


 僕と亜実とのツーショット写真を見た栞はそんな感想を口にする。僕のことを見ながら不機嫌そうな様子を見せ、腕をぎゅっと抱きしめてくる。こういう反応をするのは予想できていたけれど、実際にされると可愛いなって思う。


「悠介君は篠宮さんと私、どっちの着物姿がいい?」

「亜実も良かったけれど、どっちがいいかって言われたら栞に決まっているよ」

「……嬉しい」


 ふふっ、と栞はとても柔らかな笑みを浮かべる。機嫌が治ってくれているといいな。


「ねえねえ、悠介君。今日、お父さんとお母さんがお祝いしてくれたように、私達も子供の成人を祝いたいよね」

「本当にそれができると嬉しいね」

「……今、子供を作ればあと20年くらいで祝えるよ?」


 栞は上目遣いで僕のことを見てくる。

 まったく……酔っ払っているからか、普段なら言わなそうなことを平気で言ってきて。栞の気持ちも分かるけれど。あと、僕のことを見つめながら体をすり寄せてくるのは反則じゃないだろうか。


「何年後になるかは分からないけれど、いつかできるようにまずは僕らが頑張らないといけないね。もちろん、2人一緒に頑張ることもあると思う」


 僕がそう言うと、栞は柔らかい笑みを浮かべた。


「……そうだね。一緒に頑張ろうね。じゃあ、その誓いの口づけをしよっか」

「ははっ、分かった」

「あと、成人になったこと。改めておめでとう、悠介君」

「ありがとう。栞も成人おめでとう」


 僕は栞と抱きしめ合って、僕の方から口づけをする。栞の口からお酒の匂いがしてくるけれど、それは大人という年齢になれた証でもあって。高校1年のときから付き合い始めた栞とここまでずっと一緒にいることができたのだと改めて思う。

 20歳を迎えての成人の日はきっと忘れることはないだろう。栞の嬉しそうな笑顔を見ながらそう思うのであった。




特別編-Coming of age day in 2019- おわり

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