4月29日(火・祝)-前編-

 午前11時。

 僕は今、鳴瀬駅の八神方面のホームに立っている。

 どうして僕がここにいるかというと、昨日の夜に栞から、


『午前11時5分に鳴瀬駅に到着する電車で来るから、いつもの場所で待っていてね』


 というメッセージが来たからだ。

 その後に来たメッセージによると、栞の行きたいところは鳴瀬駅の隣の畑町駅の近くにあるとのこと。畑町駅には何度も降りたところがあるけど、駅周辺に色々なジャンルのお店が揃っている。もしかしたら、栞は僕と一緒に行きたいお店があるのかも。


『まもなく、一番線に各駅停車、八神行きが参ります――』


 さあ、栞が乗っている電車が間もなくやってくる。こうして、休みの日にデートをするのは初めてだから緊張するなぁ。

 鳴瀬駅のホームに八神行きの電車がやってきた。

 扉が開くと、そこには――。


「おはよう、悠介君」


 白いワンピースと水色のカーディガンという爽やかな服装の栞が、僕の方を向いて立っていた。僕と目が合うと栞はにっこりと笑った。


「おはよう、栞。服、似合っているね。可愛いよ」

「ありがとう。悠介君も似合っているよ。とってもかっこいい」


 栞は頬を赤くして、僕のことをチラチラと見ながらそう言った。

 電車は畑町駅に向かって走り始める。


「栞、昨日はごめんね。一緒に帰ることができなくて」


 ちゃんとした理由があったけれど、昨日の放課後のことは直接謝っておきたかった。


「ううん、気にしないで。クラスメイトの子に勉強を教えていたんでしょう?」

「うん。明日提出する宿題を一緒にやっていたんだ」


 ただ、実際には7、8割くらいは僕が解いた。あいつ、本当は僕に全部やらせる気だったんじゃないか? まあ、終わったことなのでいいけれど。


「でも、悠介君に頼んでくるなんて。その女の子って入学前から知り合いだったの?」

「うん。受験のために通っていた予備校で出会ったんだ」

「そっか……」


 栞はそう呟くと、寂しげな笑みを浮かべた。

 僕は手を栞の頭の上にそっと乗せる。


「ふえっ? ゆ、悠介君……」

「今、僕は栞の彼氏で、栞は僕の彼女なんだ。だから、安心して」


 今日、栞が僕とデートしたいって思った理由の一つが今の笑みなんだと思う。昨日、僕が電話をしたときも、きっと今と同じような気持ちを抱いたんだ。

 僕は栞の手をぎゅっと握る。


「今日は一緒にたくさん楽しもう。僕、栞の行きたいところがどこなのか、ずっと楽しみにしているんだ。早く行ってみたいな……」


 そう、今日は栞と一緒に楽しむって決めたんだ。昨日、一緒に帰れなかったことがどうでもよくなってしまうくらいに。

 栞は僕の言葉に答えるように、僕の手をしっかりと握り返す。


「私も今日は悠介君と一緒に楽しみたい。昨日、悠介君と一緒に帰れなくて、他の女の子と一緒にいると思うと寂しい気持ちになっちゃって。心配させてごめんね」

「謝ることないよ。僕が原因なんだし。それに、栞と一緒に帰れなくて寂しかったのは僕も同じ。だから、今日は一緒に楽しい時間を過ごそう」

「うん!」


 栞は嬉しそうな笑顔を見せた。

 この笑顔を見ていると、昨日の寂しさがすっと消えていき、心が安らぐ。その笑みをずっと僕のすぐ側で見せてほしいなと思う。そう思えるのは栞しかいない。

 鳴瀬駅の隣ということもあって、電車はあっという間に畑町駅に到着した。


「さあ、行こう! 悠介君!」


 栞に手を引かれる形で、僕は電車を降りる。

 栞の行きたいところってどんなところなんだろう。今からワクワクする。そんなことを思いながら、僕は栞の手を今一度しっかりと握るのであった。

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