もう一度会うこと

 電車が消えて行った黒い森、その方向に小さいけど人が通れる程の大きさの穴があった。

 なぜか地面は他よりもしっかり舗装されている。探検したい気分なのでそちらに行こうとした、しかし黒猫が僕の裾を噛んで行くな行くなと引っ張ってきた。

 力で振りほどくことは簡単だがはじめての光景にその状況を楽しんでいた。

 だんだん引っ張る力が弱くなっていく、疲れたのかな、でも彼女はやめようとしない。

 僕はしゃがんで頭を撫でてやる。

 あまり嬉しそうではない、この薄気味悪い穴の先に何があるのかますます知りたくなった。

 でも今日はやめておこう、彼女が一緒なのだから。

 僕は彼女を抱きかかえ頭に乗せた、意地悪してまた穴の方へ行く振りをすると、頭皮に爪を立てて抗議してきた。

「痛い痛い、わかったからいかないから」ということなので黒い森の謎はまた次の機会にするとしてあと残された道は反対側の下り方面。

 もちろん道なき道、山の中を好き勝ってに歩き回るという選択枠もあるがそれはたぶん一日では終わらぬ冒険になるだろう。

 そちらも今日はやめておこう。


 小さな丸太の下り階段が続く、山の中の駅へ続く道、今ここを利用している人はいるのか。

 雑草は伸び放題、空中に張られた見えない蜘蛛の巣に何回も引っかかった。

 黒猫は蜘蛛の巣を知らないのか空中へ向かって手を出してはまだ引っ掻いている。

 晴れて太陽の日差しが暖かく山の空気は澄んでいて且ひんやりしている。

 この合いがなんとも心地いい。

「いい天気だね」


 細道は終わった、白い岩がいくつも剥き出しになっている小さな丘、端に行くと眺めが良かった。遠くの丘には小さな家が見えた。

 あれはきっとニーナの家だ。ということはここは昨日の鬼が逃げていった山ということになる。

 今度鬼に出会っても黒猫=黒蓮を引き止めておかなければさすがにここから家に彼女が一人で帰るのは難しい、迷子にでもなったら一大事だ。


 黒猫は僕の肩からおりて草の中をかき分けて一番近い小岩の上に澄まし顔で乗った。僕も彼女の近くに行く。

 岩に触れると暖かい、太陽で温められている。黒猫は岩の上で丸くなった。僕も腰掛けて静かに過ぎ去る風を感じている。


 行ってしまった人々、置いてきてしまった人たち。

 忘れてしまった世界、思い出せない沢山の過去。

 忘れるということはいつかまた思い出すこともあるということ。

 彼女、黒木蓮は黒猫になって忘れたふりをしている。

 僕は彼女をあまり知らない。


 ついつい物思いに耽ってしまった。こんなに良い場所なのに考えていることはあまり明るいことではない。

 悪い癖だと思った、だからもう少し世界を見よう。

 そして目を開けるともう一人いた。そいつは今日は棍棒を持っていない。

 僕は内心すごく驚いたが騒がすにゆっくりと鬼の方へ視線を移した。黒猫はまだ気づいていない。

 鬼は直立不動で少し離れた場所から僕らの様子を伺っていた。

 偽りの巨体ではない、ほんの小鬼だ。しかしそんな鬼でも気づいたら黒猫はまた逃げ出すだろう。

 いつでも捕まえる準備をしておかなければ。

 幾時かの沈黙が支配する。存在は互いに認識しながらも心の沈黙、風は吹いているしそれによって草の音がやさしく世界を包んでいる。

 僕が我慢しきれずに聞いた。

「お尻は大丈夫?」

 僕は柔らかい声で話した。黒猫が目を開けてこちらを見た、自分に向かって発せられた言葉だと思ったのだろう。

 しかしすぐに僕の見ている目線の先が違うことに気づいてまさに猫の俊敏さに任せて振り向くとまたもや一目散に逃げ出そうとするが、ここは僕の心の準備が出来ていたので大丈夫。

 黒猫を抱え退散を許さなかった。

 彼女は向き合う必要がある。

 鬼はゆっくり頷いた。

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