第12話
一面に緑が広がっていた。空は澄んだ青空で雲一つない。景色を遮るものは何一つなく。ずっと遠くに空と大地を分ける地平線が見えた。私たちは北海道に来ていた。今年のお盆はどこかへ旅行に行こう、と前々から言ってはいたのだが、思い切って北海道に一週間の旅行を行うことになった。草原の中の一本道をひたすら車で飛ばす。レンタカーでいいと母は言ったのだが、父がお金がもったいないと断固として言い張り、とうとう自家用車で北海道まで来てしまった。行きの道のりですでにクタクタだったが、このいかにも北海道みたいな景色にミーハーな私たちはテンションが一気に上がっていた。父はしきりにもう何十分も信号がないことに興奮し、母は美しい草原に感動し、兄は対向車がまったくこないと騒いでいた。ちなみに私は生まれて初めて見る地平線に驚いていた。私達の故郷ではテレビの中の話だったのだ。
母が、「もうそろそろお昼にしよう」と言った。時計を見るともう12時を過ぎていた。父は「もう40分信号がなかった」と言い、兄は「同じ時間対向車がなかった」と言った。母が「この分だと随分先で食べることになりそうね」と言うと、父が「じゃあせっかくだしこの辺で食べよう」と言った。兄は「対向車もこないし」と加えた。
私達は路肩に停車し外に出た。車の中で吸う空気に比べてさらに清々しい空気だった。母は最後のコンビニで買ったおにぎりやらサンドイッチやら飲み物やらを取り出した。各々の好きなものを取り合い、私と兄のグレープフルーツジュースをかけたじゃんけんが私の勝利で終わるとようやく全員に行き届いた。兄は不服そうにぼやいていた。私たちは全員声を揃えて頂きます、と合掌した。普段は父と兄がそれぞれ会社と部活で遅いので、今日くらいはと皆で揃えたのだった。
私はおにぎりを頬張る。まだ小さい私の口では一口では中のタラコに辿りつけなかった。急いでもう一口無理やり頬張るとパンパンに口が膨れ母がそれを見て笑うと、父と兄も笑った。「いい天気だなぁ」と父が言った。母も兄も、「本当に気持ちがいい」と口を揃えた。私も同じ気分だった。楽しかった。
父と兄はさっさとご飯を食べ終わり、母もサンドイッチの欠片を残すところとなっても、私はまだモゴモゴとおかかのおにぎりを食べていた。父と兄は道路の脇に何かないか見たり、むやみに走ったり叫んだりして、母はそれを見て笑っていた。私はもう腹が一杯だった。それを伝えると母は、「仕方ないわね」と言ってサンドイッチを口に放ってからおにぎりを受け取った。もう、おかかの部分は私が食べてしまっていて、母はそれに気づくと冗談半分の文句を言った。それからサンドイッチのなくなった口におにぎりを放った。「もう行くの」と母が父と兄に聞くと、「行くかぁ」とのんびりし間延びした調子で答え二人は戻ってくる。その後ろから走ってくるものを見て母は「あ」と声を漏らした。向こうから車が走ってきた。それを見た兄は「あーあ、来ちゃったよ」と残念そうに言った。皆笑った。
梓は石を握りしめながらボロボロと涙を流していた。はるか昔の確かにあった幸せを思い出していた。その後の苦痛によって塗りつぶされる前の日常を思い出していた。もう二度と手を伸ばすまいと思っていた望みを見つめていた。苦しかったし恐ろしかった。しかし、やはりこれでいいのだとも思っていた。
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