第11話
比馬の動きはもはや人間の目には映らなかった。超高速で動きまわり残像すら残らない。ただ怪物の体が次々にはじけ飛んでいるようにしか見えない。しかしはじけ飛んでいるというのは刀が怪物の体に通っていないということだった。今の比馬の攻撃は鋼鉄でも豆腐のように切り分けてしまうほどのものだった。怪物は防御力も跳ね上がっていた。
「無駄だよ。今のこれの体はこの世に存在しない材質でできている。この世のどの金属より頑強で、この世のどの素材よりも柔軟だ。多分、太陽に放り込まれても平然としているだろう。君のその刀ではどれだけやっても無駄だよ」
それでも比馬は攻撃を止めない。ひたすら動きひたすら斬る。それに対して怪物が動いた。いや、実際は何の挙動も取ってはいないが、怪物はその力を使った。それを察知する比馬は方向を変え飛ぶ。本来、この力の起動には察知するほどの前兆などない。しかし、魔人になり極限まで高まった比馬の知覚は数秒先の未来まで読み取ることができた。
「がぁっ」
しかし、対する怪物もやはり怪物で、未来を先読みして動く比馬の動きをさらに読んでいた。比馬は直撃こそしなかったものの左足がひしゃげた。しかし、比馬には動きを止めない。そのまま残った右足を軸にして刀を思い切り引く。その刀には黒いもやが一層濃く纏わり付いていた。そして一瞬で回復した左足を踏みしめ刀を振りぬく。全力の一撃だった。
「無駄だよ」
そう言う神内。しかし、その足元に揺れが伝わった。怪物が鳴き声を上げる。怪物の巨大な体が両断されずれていた。
「そんな馬鹿な。・・・そうか、これが第三法則というわけか。この世の常識の一切を無視できるんだね。本当に不可解だ」
怪物は鳴き声を上げる。力場が比場を襲う。比馬はそれを読んで動こうとするが、しかし無駄だった。力場の範囲が広く比馬がかわし切れるものではなかった。
「ぐぁあっ」
比馬の体が砕ける。
「もう次はないよ。これは君の事を完全に障害として認識したからね。全力で君を殺しにかかる」
怪物の触手が光る。力場が広範囲に発生する。比場はそれを全力でかわした。体は砕けているが何とか移動だけは行う。しかし、その先にまた力場が発生し、また比馬の体は原形を失う。
「ぬぁああぁあ!」
それでも比馬は動き、怪物を斬りつける。しかし、それは何百本という巨大な触手によって防がれた。そのまま触手は比馬を襲う。何百本という刃が比馬を襲い。細切れにした。そのまま地面に落ちる比馬。しかし、今度はその周りの地面がめくれ上がる。そのままそれらは比馬を中心に集まっていき、比馬を押しつぶす。
「ぐうううぅうっ」
しかし、そこにさらに触手が降り注ぐ。岩盤から解放された比馬はほとんどただの黒いもやだった。しかし、それが慰め程度の人型に戻り、間髪入れず怪物に向かう。しかし、その先にまた力場が発生した。それも今度は消えない。発生し続け比馬を捕らえ、粉砕し続けた。
「くそったれがぁ!」
叫ぶ比馬に怪物は容赦なく攻撃を加え続ける。先読みしてもかわせなかった。怪物はただ攻撃を続けるだけ、比馬はそれを受け続けるだけだった。勝負になっていなかった。
「どうも、お怪我はありませんか」
梓が繰り広げられる戦いを呆然と見ていると、いつの間にか後ろに滝田が居た。脂汗を流し、恐怖で顔が引きつっている。
「特に無いけど」
「それは良かった。では、とっととここから離れましょうそうしましょう」
滝田は梓の手を取り引き上げるが、梓の体には力が入らず立つことができなかった。
「やれやれまったく。仕方ありませんね」
滝田は腕を肩に回して梓を支えた。
「あの人はどうなるのまるで歯が立っていないじゃない」
「そうなんですよ! まったくなんで勝てるわけ無い相手に挑んでるんですかあの人は!」
「食い扶持がどうとか言ってたけど」
「またそんなかっこつけた理由ですか。あの人のそういうバカさは一生理解できませんね」
「本当にそんな理由で戦ってるの」
「さぁ。あの人はアホみたいにお人よしですから。そんな風にかっこつけて街を守るとかあなたを救うとか、そういう理由が本心でしょう。まったく」
比馬は相変わらず防戦すらできず、四方に吹き飛ばされ、四肢を砕かれている。普通の人間ならもう数えきれないほど死んでいるが、恐ろしい再生力で耐えしのいでいた。
「あの人死ぬの?」
「ああなった比馬さんは死にませんよ。完全に消滅しても復活するんですから。物理的手段では殺せません。だから負けることはありませんが、あれじゃ勝つこともできませんね。このままじゃ精神がすり減ってジ・エンドですよ。だから応援を要請してるんですけど、この状況に対応できる人員なんて限られてますからね。そっちにしても我々に出来ることはありません。比馬さんが気を引いている間にとっとと逃げましょう」
「あんなになって、あの人はあれでいいの?」
「さぁ、どうでしょうね。正直私は痛々しくて見てられないですよ。いくら死なないとは言っても、あんなに苦痛を味わうのは私はどうかと思います。そんなになってまでやらなくてもいいと思います」
「私もそう思う」
梓は言った。
「私達のために戦ってるの?」
「そうでしょうね。ド級のお人好しですから、比馬さんは。でもやっぱりあそこまでやらせる最後の一歩を踏み出させているのは仕事だから、でしょうね。どこまでも我々の理解を超えています」
「そんな」
梓は言葉が続けられなかった。比馬という人間が分からなかった。梓の知っている人間、梓が憎んできた人間とは違うようだった。しかし、比馬は自分は大した人間ではないと言った。確信のある口調で。比馬は周りの人間も自分と大した違いはないと思っているようだった。それも確かに思っているようだった。梓は色々なことが分からなくなった。ただ、梓は思った。
「死なないで」
梓は呟いていた。
「死んでほしくない」
梓は比馬に弱々しい声で言った。しかし、比馬には聞こえていないだろう。比馬は相変わらず怪物にひっちゃかめっちゃかになぶられていた。
「ふむ、比馬さんを助けたいですか」
代わりに答えたのは滝田だった。
「なら一つ頑張ってみる気はありますか」
「頑張る?」
「ええ、あなたの努力次第ではどうにかなるかもしれません。まぁ成功するとは限りませんけどね」
「どういうこと?」
滝田は懐から何かを取り出した。それは梓が渡されたという石だった。
「それ」
「さる筋から入手しましてね。これはどうやら人間と神性種の間の触媒となる働きがあるようです」
「・・・・どういう事」
「えっとですねぇ。つまりこれを通して神性種に干渉できるんですよ」
「倒せるってことなの」
「ええ、まだ繋がりが消えていない今なら可能なはずです。あなたが神性種を作った感情。それを塗りつぶすような感情をぶつけてやればなんとかなる可能性があるんです」
「本当?」
「いえ、あくまで可能性です。確たる根拠があるわけではありません。ですが、倒せるとしたらこの方法が一番の頼りです。おそらくあれを物理的に破壊するのはもう不可能だ」
少女は石を手にとった。神内から貰った石。自分の支えだった石。自分がありったけの憎しみの感情をぶつけた石。これを見ると憎しみが湧いてくる。しかし、今はその感情に身を任せることにどこか引っかかりを覚えた。
「やってみる」
「そうですか。ではとっとと始めましょう。すぐ始めましょう! 失敗したら大変まずい状況になります。比馬さんが保ってる間に。早くしないと私達の身が危ない」
梓は押し殺していた恐怖を取り戻しパニックになりつつある滝田を無視し手のひらの石を見た。湧いてくる黒い感情を見た。憎しみ、怒り、そしてその根本にある恐怖と苦痛。それに抗う感情、それを否定できる感情はなかった。何を以ってもそれを否定することはウソのように思われた。しかし、欲しい思いはあった。今までずっと目を背けてきたが今は少しだけ見えた。それがあった日常、それを思い出すことにした。
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