第7話

「何だ貴様は」

 比馬は刀を男に向けた。後ろに神性種が居るが男に向かって構えた。それほど男は異様だった。明らかに何の変哲もない男だった。気の優しそうな、いわゆる見るからにいい人というやつだった。そんな男がこんな惨状の中にひょっこりと現れ、普通の顔をしていることが異様だった。比馬は目の前の男を覚えていた。昨日、ビルの屋上から見た男だった。一目見た時からどこかでこういう形で退治することになる気がしていた。

「神内さん!」

 少女が叫んだ。助けを求めるような懇願する声だった。

「落ち着いて梓ちゃん。君は大丈夫だ」

「う、うん」

 男はそう少女に言うと改めて比馬に向き直った。

「僕は神内。梓ちゃんとはそこの神性種に関して縁があるんだ。梓ちゃんが困ってるようだったから助けにきたのさ」

「では、貴様が事の発端か」

「そういうことだね。梓ちゃんに力を与えてあげたのは僕さ」

「何故そんな事をした。貴様は人殺しをさせたんだぞ」

「必要なことさ。梓ちゃんにも、世の中にとっても」

「貴様の目的はなんだ。何のためにこんな事をしている」

「世界平和、は言いすぎか。そうだな。世の中を良くするためってところか。まぁそんなことはいいんだ。僕は梓ちゃんを助けにきたんだから」

 そう言って男は完全に修復した神性種を、その方に乗る梓を見上げた。

「梓ちゃん。良くやってくれたね。神性種をここまで育て上げてくれた」

「でも、それでもそいつを殺せないのよ。そいつに勝てない」

「そうか、じゃあ手を貸すよ」

 そう言って男は神性種に手を伸ばす。比馬の目には何が起こるかが見えた。男の手からすさまじい量の神気の束が神性種に向かって流れていったのだ。

「させん!」

 比馬は神内に斬りかかる。刃は一応峰だった。しかし、その刃は届かない。神性種が触手を一斉に放ち神内を守った。

「くそっ!」

 比馬はその触手を斬るが、神内が与えている神気のせいか、すさまじい速度で修復し、斬っても斬っても向こう側に辿りつけなかった。

 そうこうしているうちにも、比馬の目には触手の内側で神内が神性種に力を送っているのが見える。神性種はメキメキと音を立て、体が巨大化を始めた。触手も増え、甲殻も広がり、禍々しさが増していく。

「すごい。どんどん強くなってるのが分かる」

「もう大丈夫だよ。そこのお兄さんにもそう簡単に負けやしない。でも、まだ完成形ではないよ。最後まで育てるのは君の役目だ」

「分かった!」

 触手が解け、神内が現れる。比馬はすぐにでも斬りかかろうとしたが、無理だった。比馬の全身に強烈な力が加わった。

「ぐぁあっ」

 うめき声を上げる比馬。そして吐血する。比馬にはまったく攻撃が見えなかった。さっきと同じような攻撃だというのに、反応できなかった。能力の精度と速度が跳ね上がっていた。

「くそ。そんな程度の小細工でここまで変わるのか」

「何せ神様だ。人間の常識は通用しないよ」

「たわ言を言うな。あれはただの化け物だ」

「そうかもね。でも、やっぱり神様なんだと思うよ」

 神内は梓に手を降る。

「ここでの戦いはこのへんにしよう。それより街へ行ったらどうかな」

「そうね。もっと全部壊さないと」

「そうだとも。君がしたいようにすべきだ。その権利が君にはある」

 神内の後ろで比馬が激痛に見舞われている体を起こし、神内を睨んだ。

「権利だと? 貴様は何を言っている。いかなるものであろうと他人の人生を壊す権利など、人を殺す権利などない」

「そうかな。僕にはそこが疑問でね。ありとあらゆるものに虐げられた存在は復讐する権利があると思うんだよ。今の世界はおかしいんだ。ずれている。小奇麗すぎるっていうのかな」

「貴様が何を言いたいのかよく分からんな」

「一般人が一般的な不幸に見舞われたなら我慢しなさいで済むとは思うよ。でも、度を越えた不幸に見舞われた人間に対する救いってものが全然ないんだ。不幸に見舞われた人間が完全に帳尻を合わせるシステムがないんだよ。一家全員が惨殺されても犯人を殺したら犯罪者だ。じゃあ、その人間の憎しみのやり場はどこだ。裁判に勝って法律で裁かれるのを見るだけで収まりなんてつかないだろう。結局今のシステムを作ったのは幸せな人間だったんだろう。幸せな人間に不幸な人間の気持ちは分からないんだ。だから変えなくちゃならない。不幸な人間にも救いがある世界にしなくちゃならない。うん、そうだね。結局僕が作りたいのは真に平等な社会なんだろう」

「なるほどな。貴様が狂人であることは分かった」

 比馬は刀を構えようとする。しかし、力が入らず刃先がおぼつかない。

「無理をするなよ。君は魔人だろう。しばらくすれば元通りだ。それからおいでよ。今度は全力で来ることだ。じゃないとあっという間に死ぬだろう」

 神内の前に触手が降りてきた。

「神内さん乗って」

「うん、待たせたね。行こうか」

 神内が乗ると触手はゆっくりと持ち上がり梓の居る肩の方まで行った。神内は肩に飛び移り、梓の隣に立った。怪物の触手が光る。すさまじい音が轟き始めた。甲高い音や重低音が混ざり合った地獄のような音だった。比馬はゆっくりと背筋を伸ばした。そして腹に力を貯め、今出せる一番大きな声を張り上げた。

「おい! お前はそれでいいのか!」

 梓に向かって言ったものだった。轟音で殆ど聞こえなかったであろうそれに梓はしっかりと反応し、顔を向けた。

「うるさい!」

 梓は叫んだ。そして爆雷の何倍もすごい音と光が放たれ、一瞬で神性種は姿を消した。あとには午後の陽光の下に広がる瓦礫の山と、そこに立つ比馬だけが残った。

 と、比馬の後ろの瓦礫が音を立てて崩れた。そこから現れたのは滝田だった。はぁ、護符使い切っちゃいましたよ」

「生きてたか」

「比馬さん。一切私の事気にせず戦ってましたね。ちょっとは心配してくださいよ」

「どうせ生きていると思っていた」

 比馬は空を見上げる。怪物が消えた辺りを。

「大変な事になりましたねぇ」

 滝田はさすがに声を落として言った。

「何をやってんだ」

 比馬は宙に向かって言った。



怪物は街の中心。ビルが立ち並ぶ辺りに爆音とともに現れた。巨体の影がビル街をなめていく。その体はもうビル街に溶け込めるほど巨大になっていた。怪物は街の上空で静止した。ゆっくりと周囲を一望する。これから破壊する景色。梓を虐げた世界が眼下に広がっている。

「いいわね。良い眺めだわ」

「それは良かった。さぁ、始めよう」

 怪物が触手を広げる。その先には剣のように鋭い甲殻があった。そして、それが発光する。すると周囲の景色が揺らめいた。怪物の真下、ビルの一つが音を立ててひしゃげ始めた。ビルにひびが入り音を立てて歪んでいく。

 その時だった。ビルの影から電柱が丸々一本、怪物目掛けて飛んできた。怪物は光を一旦弱め、触手で弾く。

「何か目障りなのがいるみたい」

「どうやらそのようだね」

 さらに街中のマンホールというマンホールから水柱が上がる。そしてそれら全てが怪物に襲いかかった。怪物の触手が光り、水柱が怪物の前で形を崩す。怪物の前に壁でもあるかのようだった。しかし、間髪入れずに電柱やら標識やら自販機やら街にある何でもかんでもが怪物目掛けて飛んできた。それは触手で残らず弾かれたが、そうすると今度は水柱の勢いを殺しきれなくなる。しかも、この攻撃をしかけてくる相手が見えない。巨大になり上空に留まるしかなくなった故の弊害だった。

「うざいのよ!」

 怪物の触手の先が強く光る。怪物の周りの景色がひどく歪み、水柱や飛んでくる物体、そして攻撃の起点になっている辺りの建物や道路がまとめて吹き飛んだ。

「どうよ」

 梓は薄ら笑いを浮かべる。周囲を見回すが何一つ動きはない。梓が勝利を感じた時、周囲の景色がさっきと同じだけ歪んだ。

「何ッ!?」

 怪物の触手が再び強く光る。歪んだ周囲に対抗するように怪物の表面が歪み、その衝突で稲妻が発生した。するとその隙を付くように再び水柱と電柱が飛んで来る。怪物がそれを吹き飛ばそうと力を使うと、まるで鏡に反射したように再び同じだけの力場が怪物に向かって発生する。それに対応すると水柱と電柱に手が回らなくなった。そして、怪物は2つの攻撃の直撃を受けた。バランスを崩す怪物。態勢を立て直すがそこに2つの攻撃が続く。

「何なのよ!」

 力を使うと同じだけの力が帰ってくる。かといって2つの攻撃も止むことはない。怪物は触手による防戦に回るしかなかった。結果、街の破壊を中断せざるを得なくなった。

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