第6話
前の戦いと同じく先に動いたのは比馬だった。砲弾のように地面から吹っ飛ぶと怪物の顔面に縦の斬撃を加えた。トラックほどもあるその断面を比馬はいとも容易く両断した。
「なっ・・・・」
少女は驚愕する。圧倒的に優勢だと思っていたが、相手も相当な化け物であることに気づいたらしかった。
「あんた、一体何なの」
「魔人だ」
そう言って比馬は飛び上がると刃を高く上げる。その刃先に比馬を覆っているものと同じ黒いもやがかかる。比馬は勢いそのまま神性種の体を縦に一番下まで切り抜けた。神性種は真っ二つに割れた。明らかに刀身以上の亀裂が走ったが、それもあの黒いもやのおかげらしかった。
「くっ」
傾く怪物の肩に乗っていた少女は必死に怪物にしがみつく。しかし、怪物の態勢はすぐに戻った。すさまじい勢いで体が再生したのだ。前の戦いよりはるかに修復能力が上がっていた。
「やはりだめか。もう一度封印する以外になさそうだな」
比馬は刀を構え直す。
「くそっ。何やってるの。あんなのさっさと殺しなさいよ!」
少女が叫ぶと怪物はまた鳴き声を上げた。突如全ての触手がうねりはじめる。
「む?」
比馬が警戒するのとほぼ同時にその足元が破裂音を上げて砕けた。間一髪、比馬は後ろに飛びのいていた。
「とうとう能力を使ったか。力を増しているようだな」
そう言った比馬の足元がまた砕けた。比馬はそれもすんでで躱す。そして、狙いが定まらないようにそこらじゅうを飛び回り始めた。
「ちょこまか動くな!」
「その頼みは聞けんな」
そう言った比馬が今度は胴薙ぎに怪物を切り裂く。怪物の上半身と下半身が2つに分かれ、ずれていく。しかしそれもすぐに修復した。
「やはり、回復不能なほどの傷を負わせねばだめか」
そう言う比馬が着地した電柱が砕けた。しかし、もちろん比馬は避けており、そのまま怪物の周りをピンボールのように跳ねまわり、怪物の体を切り刻み始めた。その度に怪物は修復し続けるが、徐々にそれも追いつかなくなっている。怪物の修復力を比馬の手数が上回っていた。
「どうしたのよ。何で殺せないのよ!」
少女の叫びに呼応するように怪物が鳴く。今度はその無数の触手を一斉に比馬に向かって放った。弾丸を越える速度で撃ちだされたそれは一部の隙もなく比馬の周りに突き刺さる。
「や、やったの?」
恐る恐る覗きこむ少女。しかし、その目の前で、塊になった触手が砕けた。それは中から比馬が飛び出したからで、何ひとつ動じることもなく比馬はまた怪物の周りを跳ねまわり始めた。比馬は自分に命中しそうな触手だけ切り落として難を逃れたようだった。弾丸以上の速度を持つ触手のエネルギーはとてつもないものなはずだが問題ないようだった。
「何よこいつ。まるっきり化け物じゃないの」
「いいや、俺はしっかり人間だ」
そう言って比馬は少女の横を通り過ぎた。斜めに怪物が割れる。その後に、黒い靄を噴出し、推進力にして方向を変えた。今度は怪物が縦に割れる。
「どうなってるのよ。何なのよ! なんでもいいから、こいつを目の前から消して!」
少女が叫び、怪物が鳴く。しかし、今度の鳴き声は今までとはすこし毛色が違う。やけにメロディアスで、本当に唄のようだった。そして、怪物の触手が羽のように広がり光った。
「何かヤバイな」
比馬がそう言った時には遅かった。怪物を取り囲む周囲がまとめて砕けた。50m四方ほどの家々が、電柱が、道路が全てひしゃげた。轟音が轟く。街の中にぽっかりと穴が空いていた。怪物を中心に瓦礫の焦土が出来上がっていた。流石の比馬も逃げきれてはいなかった。
「ど、どうだ。これなら・・・・」
そう言いながら少女は周りの景色を見る。消し飛んだ住宅街を。そして少しだけ表情を歪めた。
「いや、効いたぞ。今のは」
少女が驚愕に目を見開く。瓦礫が音を立てて崩れ、中から比馬が現れた。頭から血を流しているがこれといった大怪我はなかった。
「・・・・・どんな体してるのよ、あんた」
「特別製だ。それで、どうする。もうネタは尽きたのか? もしそうならそいつでは俺に勝てんぞ」
「くっ・・・」
少女は歯噛みする。おそらくこの怪物の最大火力で頭から血を出す程度の傷しか比馬は負わなかった。しかも、修復力も攻撃に追いつかない。ジリ貧だ。さらに言えば今の一撃は怪物の力をかなり使ったのか、先ほどつけられたの傷がまだ癒えてはいなかった。負ける。そう少女は思った。
「どうやら終わりのようだな」
そう言って比馬は一息で怪物の周りを飛び、怪物をいくつかの塊に分断した。そして前と同じように札を取り出した。今度のは前より古びた札だった。年季が入った特別製らしかった。
「封印」
比馬が札を貼ろうとした時だった。
「やぁ。間に合ったみたいだね」
男の声がした。それと同時に、力の大部分を失ったはずの怪物が瞬く間に修復した。
「なに?」
比馬が振り返ると男が立っていた。何の変哲もない格好で、やけに穏やかな笑顔を浮かべていた。
「大丈夫かい? 梓ちゃん」
男は言った。
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