第5話

少女は二人を自分の部屋に招き入れた。得体の知れない男二人を平然と上げる辺り、少女に常識というものはあまり残っていないようだった。少女は二人を何も置かれていない殺風景な畳の上に座らせた。そしてコップに水を注ぐとドンと二人の前に置いた。

「どこから聞きたい?」

 少女はにんまりと笑って言った。

「前置きはいいですよ。私たちはあの神性種を倒す方法を知りたいんです」

 少女はギロリと滝田を睨んだ。滝田は小さな悲鳴を上げた。

「始めから話してくれ」

 比馬が言った。少女はまたにんまりと笑った。本当に笑っているのか作り笑いなのか。

「私の家は普通の家だった。どこにでもある家に澄んでるどこにでも居る家族だった。それが突然終わったのが中学生の頃。父が借金の保証人になって、その保証人が逃げ出して、一気に転落。まぁ、どこにでもあるような悲劇よね。それから作り話みたいな真っ暗な毎日が始まったわけ」

 少女はわざとらしく肩をすくめた。滝田は何やらしかめ面になり、比馬は無表情だった。

「それはひどいものだったわ。毎日取り立て屋が来るし、借金を返すあてもない、生活もどんどん荒んでいって、周りとの人間関係も悪くなる一方だった。まさしく出口が見えない日常だったわ。希望なんてなかった。社会も、友人も、親戚も距離をとって誰も助けてはくれなかった。たまに何の足しにもならない援助をしてくれるだけ。ああ、人間ってこういうものなんだって分かった。そういう生活が2年くらい続いて、両親は自殺したわ。山で首を吊ったの。本当は一家心中するつもりだったらしいけど、兄がこばんだ。それで二人でしんじゃったの。両親も馬鹿だけど、兄も馬鹿だった。皆で死んだ方がましに決まってたのに」

 少女はくつくつと笑った。そんな少女に眉をひそめていた滝田は思い出したようにコップの水を飲んだ。

「それからは兄と二人で生活をした。兄が朝から夜遅くまで働いて、私も高校に行かずバイトをした。二人共必死だった。相変わらず取り立て屋は来るし、借金を返す見込みもない。私たちは絶望してた。お互いに会話も全然なかった。もう、お終いなんだといつからか思い始めた。暇があったら何となく楽な死に方を考えたりした。でも、私が実行に移す前に兄が死んだ。私を残して首を吊ったの。私は訳が分からないまま葬式を終えて、後始末をこなして、それからずーっと何もできなくなった。ここまでが私の半生。思い出したくもない過去の話。それで、本題はここからね」

 少女は得意気に指を立てた。しかし、比馬も滝田もこれといって反応はしない。少女は構わず話を続ける。

「ある日、あの人が現れた」

「あの人?」

 比馬が初めて口を挟んだ。

「ええ、あの人は言ったわ『君は何一つ悪くないのにこんな目にあってる。そんなのは間違ってるんだ。だから君には権利がある。全ての間違いに復讐する権利がね。君が望むなら権利を行使するための力をあげよう』。そしてあの人は石をくれた」

「どんな石だ」

「河原に落ちてるような普通の石よ。だから正直始めは本気にしてなかったわ。ただ、言葉にはすごく共感できた。だから暇つぶしに言うとおりにしたの。石に自分の思いを語りかけたのよ」

「それでどうなった」

「ある日石がわれちゃったの。何の前触れもなくね。私は失望したわ。曲りなりもそれだけが私の支えだったから。でも、その日から時々夢を見るようになったの。起きてる時も寝てる時も関係なく。突然映像が見えるの。初めはブクブクに太ったおっさんがバラバラに引き裂かれる夢だった。何が何だかは分からなかったわ。けど、その日のニュースで自分が見たのと同じ顔をした政治家が死んだって言ってて理解したわ。あいつは私が殺したんだって。それで、これからもああいうやつを殺せるんだって。私はとても気分が良くなった」

 少女は嬉しそうに笑っている。比馬は目を細め、滝田はコップの水を飲み干した。

「そんな夢が続いてもう4回。全部人を殺す夢だった。3回めからはニュースでやらなくなっちゃったけど分かってた。私は今私を虐げた全てに復讐を始めたんだってことを。その時ほど清々しい気分は味わったことがなかったわ。あの人とあの子には感謝しないと」

「あの子か、お前は神性種の事をちゃんと認識できているのか」

「うっすらと。私でない何かがやっているのは分かり切っているし。それに何となくだけど繋がりを感じるもの。そしてそれは少しずつ強くなっている」

「強くなっている、か」

「で、どうするの? 私を殺すの?」

「いや、我々にその権利はない。捕縛するのがせいぜいだ。だが、できればお前の力でこれを終わらせて欲しい。恐らくできるはずだ」

「どうやって」

「復讐をやめる。周りに憎しみを向けるのを止めるんだ」

「ふざけないで」

 少女はさっきまでの笑顔から一変して強い敵意のこもった表情になった

「私の話が聞こえてた? 私の言い分に間違いがあった? 私が悪人扱いされる理由があった?」

「ああ、人を殺した」

 比馬にしては珍しい、強い口調だった。

「あいつら素性を知りもしないで。どいつも死んだ方が喜ぶ人間の多い悪党よ。私だって調べたんだから。あいつらは・・・・」

「それ以上は話すな」

 比馬はさっきよりなお強い、しかしどこかいたわるような口調で言った。少女は気圧され押し黙った。

「そうだな。悪事は働いているやもしれん。中には何者かを地獄に追いやったものも居たかもしれん。だがな、だからといって殺されていい道理はない。連中は生きていた。お前と同じで。生きてきて、これからも生きていくはずだった」

「キレイ事を言わないで。罪には罰が必要よ。法律で裁けなくても、死んだほうがいいような悪党は山程居るわ」

 比馬は表情を暗くして視線を落とした。

「そうだな。すまない。正直な所難しいことは良く分からない。俺は頭も悪く、そして弱い。お前の事もよく知らない」

「なら、私を止める権利なんてないじゃない」

「そうだな。だが一つ言えることは。お前の望みではないことを、お前が苦しいと思うことをすべきではないということだ」

「は? 何を言っているの?」

「お前は本当に復讐を望んでいるのか? お前は本当に今の状況を喜んでいるのか?」

「馬鹿言わないで。私は今まで生きてきた中で一番楽しいわよ。最高の気分だわ」

「お前を見ていると悲しい気分になってくる。こんなのは間違っていると、そう思えてならない」

「黙れ・・・・・」

 少女が低く唸った時だった。少女からとても強い憎しみが発せられるのが比馬の目には見えた。それははっきりと分かるほどの束になり、神性種の居る山の方に伸びていく。

「私を、哀れむな・・・・」

 大気が震えた。巨大な爆音が遠くから響く。

「お前に何が分かるんだ! お前なんかに! 私の何が分かるっていうんだ!」

 アパートの屋根の上で轟音が響いた。そして屋根が、アパートそのものが吹き飛んだ。比馬はとっさに飛び退き難を逃れる。滝田は瓦礫の中に埋もれてしまった。比馬が空を見上げると、そこには神性種が居た。比馬が戦った時と比べて何倍も大きくなっていた。3階建のビルがそのまま浮いているような大きさだった。姿も前より禍々しく、触手は数えられないほど増え、装甲のような殻が体の各所を覆っている。そして目も8つに増え、それら全てが比馬を見据えていた。その方には少女が乗っていた。

「分からせてあげる。私の正しさを。私の復讐を」

 少女が叫ぶと、呼応するように怪物も鳴いた。甲高い美しい声だった。どんな鳥のさえずりよりも、どんな楽器の音色よりも。対峙する比馬は背中の刀を抜き構えた。その瞳が紫色に輝き、体を黒いもやが覆っていった。

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