第4話

比馬が向かったのは住宅街だった。少し金持ちの家から、あばら屋のような家まで様々な家が並んでいる。ゴミ捨て場やそこかしこにある花壇などからそれなりにしっかりした地域のようである。一見すると、人殺しの怪物を生む程の憎しみを持つ人間が居るとは思えなかった。

「本当にこの辺なんですか。えらく普通の住宅街ですけど。もっと謎の研究施設とか、刑務所とかに居ると思ってましたよ」

「確かに意思の流れはこの辺りに通じていた」

 比馬は辺りを注意深く見回しながら歩く。滝田もあまり意味はなかったが、一応それっぽい建物でもないか探しながら後に続いた。しかし、滝田はそんな建物よりも、すれ違う人間が好奇の目で自分たちを見えているのが目についた。 

「何か目立ってますねぇ、私達」

「まぁ、明らかに堅気の身なりではないからな」

「比馬さんはともかく私はまともな服装ですよ」

「どうだかな」

 比馬は背中に長刀なんか背負っているし、滝田は見るからに胡散臭い雰囲気を出している。そんな二人組はこの平凡な街では浮いていた。

「まぁ、でも何にせよ興味を持たせたならこっちのものです。しばしお待ちを」

 そう言うと滝田は比馬の後ろを離れた。とある一軒家の前で花に水をやっている主婦に近づいていった。主婦はさっきからそれとなく二人をチラチラうかがっていた。滝田は何やら話しかけ、ペラペラと明らかに調子のいい文句を並べていた。最初警戒していた主婦もだんだんと表情が緩み、とうとう二人は知り合いのように笑顔で話し始めた。そして一通り話し終えたのか二人はお互いに会釈をかわし、主婦は再び花に水をやり始め、滝田は戻ってきた。

「どうも少し言ったアパートにそれっぽい女の子が居るようです」

「初対面でよくそんなことまで聞き出せたな」

「ええ、懇切丁寧に事情を話し、ジョークを交えながら明るく尋ねたら快く話して下さいました」

「お前には恐らく詐欺師の才能が在るな。一般人には関わるな」

「せっかく状況を良くしたのにひどい言いようですね」

 二人がしばらく歩くと右手にそれらしいアパートが現れた。随分見てくれの悪いアパートだった。そまつなトタン屋根に薄い壁、人の気配のない部屋はいくつか窓が割れている。あきらかに管理者は手入れを放棄している。いわゆるボロアパートだった。

「どうですか」

「・・・・・当たりだな」

 比馬の目には憎しみの意思の流れがはっきりと一つの部屋に通じているのが見て取れた。二階の一番はじにある部屋だった。

「しかし、どうも気配が薄いな。外出しているのかもしれん」

「でも。流れはそこに通じてるんでしょう。なら居るんじゃないですか?」

「何かを依代にしているのかもしれん。理屈は分からんが多分本人は居ない」

「そうですか。まぁ、とりあえず訪ねてみましょう」

 二人は階段を上がり部屋の前に向かった。金属製の床に靴の音がよく響いた。近くで見るとこのアパートの荒れ具合が一層良く分かった。部屋の前まで来ると滝田はとりあえずノックした。

「ごめんください。治安改善公社のものです。少しお尋ねしたいことがあるのですが。いっらしゃいますかー」

 滝田は適当な身分をでっちあげていた。しばらく待ったが返事はなかった。物音ひとつない。

「やはり留守か」

「ふー。緊張しましたよ。これでドアぶち破って神性種が飛び出してきたらどうしようかと思いました」

「そうか」

 比馬はなんとなく通りに目を向ける。その後ろでガチャリとノブが回る音がする。滝田がドアを開けていた。

「おい、大丈夫なのか。警察じゃないんだから勝手に入れば不法侵入になるんじゃないのか」

「堅いこと言ってる場合じゃありませんよ。責任は私が取ります。待ってる間に大変な事になるほうがよっぽどまずいですよ」

「やれやれ」

 滝田はドアを開き中に入った。比馬も後に続く。

「これは、どうなんでしょうね」

 滝田は何かしゃくぜんとしないようだった。比馬も滝田の後ろから見る。一言で言えば何もない部屋だった。生活に必要な物さえ数えるほどしか揃っておらず、荒れていることさえなかった。

「人が住んでいるとは思えんな。俺の部屋でももうちょっと物がある」

「本当にこの部屋なんですか」

 二人は殺風景な部屋を一通り眺めたが、調べるまでもなく手がかりになりそうなものは見当たらなかった。

「仕方ありません。しばらく張り込みましょう」

 そう言って滝田は部屋を出て通路の手摺にもたれた。そして何気なく道路を見ると少女が立っていた。見るからに衰弱していて、それが件の少女であることがすぐに分かった。目が合った瞬間少女は一目散に走り始めた。

「あ! ちょっ、比馬さん。あの子ですよ!」

「あれか

 比馬の目には少女が憎しみの意思に完全に覆われていて良く見えないほどだった。比馬は手すりを飛び越え、一気に地面に着地すると少女を追った。



「ちょっと、早すぎますよ」

 慌てて降りてくる滝田を尻目に比馬は少女の背中を追った。少女の走りはヨタヨタとした頼りないもので、かなり衰弱しているらしいことが読み取れた。比馬はあっという間に少女の後ろまで迫り、その腕を掴んだ。少女はガクンと立ち止まった。

「離して!」

 少女は力なくもう片方の腕を振り上げ、ペチンと比馬の胸を叩いた。それが精一杯の力のようだった。

「落ち着け。今すぐお前をどうこうすることはない」

 比馬は努めて落ち着いた口調で少女に話しかける。しかし、少女はなおも暴れ続けた。言葉になっていない叫び声を上げながら腕を振るい続ける。比馬は構わず言葉を続けた。

「神性種が暴れている。今は何とか封じている状態だが、事は一刻を争う。お前の知っている事を教えてもらいたい」

 少女は聞く耳を持たない。今度は比馬の腕に噛みつく。しかし、歯型を残すほどの力さえこもっていなかった。

「状況を話せ。お前一人でできる芸当ではない。共犯者が居るとなれば罪も軽くなるかもしれん」

 少女は今度は比馬に飛びつきどうしたいのか懸命に体重をかける。しかし、少女と比馬の体格差では遊んでいるようにしか見えなかった。このままでは少女はずっと暴れるだけのようだった。比馬は質問を変える事にした。声を落として問うた。

「そんなに憎いのか」

 比馬のその言葉に少女はピタリと動きを止めた。そしてゆっくりと顔を上げ、比馬と目を合わせた。落ち窪んだ血走った目をしていた。

「聞きたい?」

 少女はうっすらと笑っていた。

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