第3話
「あら、比馬じゃない、それに滝田も」
「京子か」
比馬達が街に入り、繁華街を歩いていると声をかける者があった。女だった。ジーパンにパーカーというゆるい格好で適当に切った短めの髪をしている。そしてやたらニヤニヤと笑っていた。
「あんたらが一緒にいるってことは、昨日言ってた仕事は比馬が受けたのね」
「そんなところです。京子さんもまだ遅くありませんよ。ご協力していただけませんかね」
「何、比馬でも手に余る仕事だったの? よっぽどね」
「ああ、かなりやっかいな神性種だった。下手を打てば軍が動くことになるかもしれん」
「神性種? 神様退治だったの」
「説明を聞かなかったのか」
「滝田がやけにかしこまってるから、どうせろくでもない仕事だと思って聞く前に断ったのよ」
「そうなんですよ! ひどいんですよ!」
滝田は叫んだ。京子は特に動じることなくニヤニヤしていた。京子も比馬と同じような生業の人間だった。この街のその業界では結構名の知れた人間だった。
「キョウコ。言われた肉まん買ってきたヨ」
そんな3人の間にとんでもなくガタイの良い黒人が割り込んできた。身長は2mをはるかに超えていると思われ、腕だの足だのは丸太のように太かった。京子は黒人から袋を受け取る。袋には結構な数が入っている。京子は中のものを取り出すと顔をしかめた。
「サムソンあんたこれピザまんじゃない。肉まん買ってこいって言ったのよ」
「オオ、ソーリー」
「ソーリーじゃないわよまったく」
悪態をつきながら京子はピザまんを食べ始めた。
「お前らは相変わらずだな」
比馬はほくそ笑んで言った。サムソンもそういう生業の人間だった。京子とサムソンは基本的にコンビを組んで仕事をしているのだった。
「オウ、ヒバにタキタ。ゲンキにしてるカ?」
「いえ、あんまりゲンキじゃありませんね。頭が痛いですよ」
「何か進展はあったの?」
「ナンノ話だ」
「仕事の話。こいつら神様退治するんだって」
「オウ」
「神性種と交戦してな。行動不能までは持ってったんだが。かなり特殊な個体らしい。消滅させることはできなかった」
「力が外部から流れてるらしいんですよ。その大本をどうにかしない限りどうにもならないそうです」
「へぇ、聞いたこと無いわね、そんなの」
京子は眉をしかめながらもニヤニヤしていた。そんな京子に対してサムソンは難しい顔をしていた。
「キョウコ。この前の噂覚えてるカ?」
「噂?」
「ヘンなヤツの話」
「ゴメン、全然分かんないわ。もうちょっと具体的な内容言ってくれない」
「石配るっていうヤツ」
「ああ、あれか」
京子は顎に手を当てた。
「何だそれは」
「何か神気を集める石を配ってる怪しい男が居るらしいのよ。まぁ、ただ集めるだけでこれといった事はないらしいんだけど。それがどうかしたのサムソン」
「イヤ、ナニカ引っかかッテ」
「ふーん、いつもの『カン』ってやつ」
「ああ、サムソンさんの『カン』は当たりますからねぇ」
「ふむ」
比馬は目を細めた。何事か考えているらしかった。
「その話は覚えておこう。それではな。手がかりを頼りに星を探さねばならん」
「そう、気いつけることね。寒いからピザまん持ってきな」
京子は袋の中からピザまんを一個取り出し比馬に渡した。
「すまんな」
「私の分はないんですか」
「あんたにはやんない」
「何故!?」
「気分」
「ひどい!」
滝田は叫んだ。京子はより一層ニヤニヤと笑った。比馬はやれやれとそれを横目に歩き始めた。滝田は慌てて後を追おうとし、立ち止まった。
「ああ、そうだ。もし、神性種が完全に覚醒となったら、お二方にもご協力頂きたいんですが。お願いできませんかね」
「ええー、マジで言ってんの?」
「でかい相手となると京子さんの能力とサムソンさんのコンビーネーションが効果的ですからね。お願いしますよ」
「仕方ないわね。そのかわり報酬少なかったらキレるから」
「ええ、そこはお任せ下さい」
「面倒ねぇ」
京子は頭を掻いた。滝田は「それでは」と二人の元を後にした。
「ガンバレヨー」
人混みに紛れていく比馬と滝田の後ろ姿にサムソンが言った。
「さすがに無理があると思うんですよ。この大都会の中から一人の人間の意思の流れを探すなんてのは」
「静かにしろ。気が散る」
比馬と滝田は一際高いビルの屋上に居た。強い風が吹きすさび、誰も来ないからか荒れている。比馬はフェンスを越えた向こうでひたすら街中に目を凝らしていた。
「おとなしく聞きこみに回りましょうよ。昨日もこうやって過ごしてとうとう何の手がかりも得られなかったじゃないですか」
「静かにしろ。気が散る」
比馬は聞く耳持たずである。結局、京子たちと別れてから比馬達は何の手がかりも得ることはなかった。滝田は事務所の人間を使って人海戦術で街を洗ったが成果はなしだった。一方こちらは比馬が「見た方が早い」と言って夜明けまで街を眺め続け、何も見つけられないまま終わったのだった。
「始めからこうと分かっていれば神性種との戦いは他に任せてその間にこうやっていれば当たりの確率は上がったんでしょうね。結果論ですが」
「・・・・・」
もう比馬は相手をするのも面倒なようだった。比馬の目は魔人の目だ。街中の神気の流れは元より、電気なんかのエネルギーや人間の繋がりのような概念的なものまで視覚化できる。その中から、郊外の神性種に伸びている意思の流れを探すのだ。その流れは街から伸びているのは確かなのだが、街に入った途端に他の流れに混ざり判別が困難になっていた。比馬はそれを丹念に見つめ、見極める作業に集中していた。
「もうそろそろ、公共組織に連絡したほうがいいんですかね。クライアントには秘密裏に処理してくれと言われてるんですが、このまま行くと確実に災害レベルの事件に発展しますよね」
「覚醒か」
「ええ、あれが覚醒したらいよいよ私達ではどうにもなりませんよ。ロスト・ニューヨークの再来、なんてことになったらどう責任取ればいいんですか」
神性種は覚醒と呼ばれる完全体になるといよいよ神がかった力を手に入れる。それこそ、地震なんかの自然災害と同じような強大なものだ。そうやって覚醒した神性種が起こしたのが10年前に起こった事件で、その結果ニューヨークが地図から消滅した。
「無駄だったとしても軍隊に攻撃してもらえば時間稼ぎにはなるでしょうしね。それに京子さん達の力も加わればなんとかなりませんかね」
「ならんだろうな」
「ですよねぇ」
状況は中々に切迫していた。このままでは多くの人命が危機にさらされる。歴史の教科書に乗るような大事件に発展しかねなかった。一賞金稼ぎの仕事の範疇を超えていた。
「やっぱり、連絡だけは入れておきましょう。もう、クライアントがどうとか言ってる場合じゃありませんよ」
滝田は携帯を操作し始めた。胡散臭い人間だが、一般的な倫理観は持っているらしかった。
「依頼人は何者なんだ」
「そこはお話できませんね。ただ、そんなに裏がある感じではなかったですよ。事が大きくなる前に処理したいだけという感じでした」
「そうか」
比馬は脇においてある缶コーヒーを啜った。
「サムソンの話はどう思う」
「石を配る男ですか? さぁ、私には何とも」
「俺はあの神性種が人為的に創りだされたものではないかと疑っている」
「そんな。アメリカでも成功しなかった研究を何者かが成し遂げたということですか」
「そこまでは知らん。だがあの神性種はまともではない。自然に発生したものではないように思う」
「ははぁ、どんどん面倒が明らかになっていきますね」
滝田はあからさまにげんなりした。
「何にせよ。元を断てば全て解決する話だ。行くぞ」
「行くって、つまり」
「星の居場所の目星がついた」
「本当ですか! やりましたね。いやぁ、このまま覚醒まで待ちぼうけかと思ってましたよ」
滝田は喜んで屋上の出入り口に向かっていった。比馬はもう一度石の流れを確かめようと街を見下ろす。見極めた流れは確かに一方向に向かっていた。あとはそこを目指すだけだ。と、何故だろうか。比馬は一人の男と目があった。地上から100m以上離れているのに、何故かその男ははっきりと比馬を見ていた。何の変哲もない身なりだった。なぜだかやけに穏やかに笑っていることだけが比馬の気にかかった。
「何をやってるんですか! 比馬さん! さっさと行きましょうよ!」
滝田が呼んでいた。比馬はそちらに目を移す。
「ああ」
答えた比馬が再び街に目を向けると男は居なかった。その男の顔をはっきりと頭に刻みこみ、比馬は屋上を後にした。
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