#8 灯を継ぐ人
「テレビゲーム?」
朝早くからモノちゃんとリュウちゃんが僕の家にやってきて、「テレビある?」とモノちゃんが訊ねてきた。
あるけど、何で?と問う僕に、「テレビゲームしたいの」とリュウちゃんが言った。
「あーー、テレビゲームか」と言葉にした僕は「でも」と続けた。「リュウちゃんの家にはないの?テレビ?」
「無いから貴方のところに来たんでしょ」とモノちゃんが代わりに応えて僕は納得する。
今はテレビを点けても何の番組もやっていないので、テレビの存在を忘れていた。でも、使わないけれどテレビはうちにある。
「あるよ。テレビ」
そう言うと、リュウちゃんは喜びポケットからB6サイズのゲーム機を取り出す。
超小型のテレビゲームだ。無線でテレビと繋ぎカード型のソフトを差し込む。そして、自分の手がコントローラーとなり遊ぶ。
手の数だけ同時プレイが可能で、当時は本当に売れた商品であった。今となっては一緒に遊ぶ人もおらず、寂しいものだが……
「そのゲーム機はリュウちゃんの?」
という質問に、リュウちゃんは首を横にふる。
「んなわけないでしょ。テレビが家に無いのに、なんでゲーム機だけ持ってるのよ」
なんかずっと口が悪いモノちゃんに、「そうだね」と僕は返す。
「この子がゲームしたいって言いだして、ショップに行ったの。そしたら一つだけあったから持ってきた」
つまりは盗んできたわけか。まぁこんな世界だから大した事ではない。それよりも驚いたのが、モノちゃんとリュウちゃんが割と仲良くやっている事だ。その事が何だか嬉しくて、僕は笑みが零れた。
「何笑ってるのよ?気持ち悪い」
モノちゃんが目を細めて僕に言う。
「何でも無い」と言った僕は、「さぁ上がって」と二人を家の中へ案内した。そしてテレビのある部屋を目指して足を進める。
何か久しぶりに人を家に上げた気がする。学校に行っていた頃は、よく友達を家に招いたものだ。そして「友達連れて来た!」と母親に言い、母親がジュースとお菓子を用意してくれる。それを食べながら友達と話、日が暮れると「またね」とお別れ。
そんな母は今……
僕は毎日ブラブラと揺れている両親の部屋に目をやった。扉が閉まっていて中の様子がわからないから、そんな僕を見たモノちゃんが相変わらずの口ぶりで言う。
「その部屋に何かあるの?止まってないで、早くテレビの部屋に案内してよ」
僕はいつの間に歩みを止めていたらしい。
「ごめんごめん」と僕は再び足を前に動かしてテレビのある部屋へと向かう。
その部屋はかつて客人を招いていた部屋で、立派な薄いテレビが備え付けられている。まぁなんだ。両親は見栄を張りたかったのだろう。だからわざわざ立派なテレビを選んだ。
僕はテレビに向かって「電源 ON」と言う。その言葉に反応してテレビの電源ランプが点灯したが、何の番組もやっていないので画面は黒いままだ。
その黒い画面に向かって今度は「切り替え ビデオ」と言う。すると、画面の右上の方に「ビデオ」という文字が数秒現れて消えた。
「リュウちゃん、これでゲームできるよ」と僕が言うと、「ありがとう!」とリュウちゃんはゲーム機をテレビの前に置く。そしてモノちゃんが「私にまかせて」とゲーム機のプラグをコンセントに差し込み、色々と弄る。
すると、どうにかこうしてゲーム機とテレビを繋げる事が出来たらしく、テレビ画面にはゲーム機のロゴが表示された。
これでゲームが出来るとリュウちゃんは喜び、「貴方もやるでしょ?」とモノちゃんが言う。
やる?僕も?ゲームを?
うーん……と悩んだ僕は、特に断る理由も無いので「うん」と笑顔を見せる。リュウちゃんが持ってきたゲームはパーティで遊べるゲームで、色んなミニゲームを複数の人間と競うものとなっていた。
普段あまりゲームとかしないから、どうなるか心配だが楽しみでもある。まぁ、とにかくやってみよう。
*****
数時間。僕達三人は一緒にゲームをして遊んだ。慣れないながらも楽しくて、あっという間に時間が過ぎたように思う。生物の時間ではなく、地球の時間がという意味だ。僕達の時間は相変わらず止まったままなのだから。
そんな遊んでいる最中に、僕は一つ疑問に思った。
いや、その疑問は以前にも抱いたもので、再浮上したというべきか?
この家には電気が通っている。
ならば、その電気はどこで作り出されているのだろうか?
僕は急にその電力を供給している場所に行ってみたくなり、二人が帰ったあとの夕方に地図を見て目指してみることにした。
明るいうちに行けよと思うが、その通りだと思う。でも一度気になりはじめると夜も眠れないので仕方が無い。
古びた懐中電灯を持ち夜道を歩く。その時に気付いたが、チラホラと街に灯りが残っていた。もう殆ど人は居ないはずなのに、光は街を温かく照らす。
*****
こんな世界になる前からだけど、電力は自然のエネルギーを使う事が主流になっていた。つまりは原子力発電所はこの世界から消えて、風力、水力、太陽光、地熱、火力発電が主流となっていたのだ。
そしてこの世界になってからは、火力発電がその力を発揮した。
そう。
燃やしても燃え尽きない。延々と燃え続ける。半永久的に電気を産み出し続けるのだ。
しかしいくら産み出し続けたとしても、発電所自体を管理する人が居なければ電気の供給も止まってしまう。
機械は普通に壊れるし、コンピューターも誤作動を起こす事がある。
僕はきっと、発電所に行けば人が居るのではないかと思った。その誰かもわからない人に僕は会ってみたい。
そんな想いで歩き続け、気が付けば深夜の0時を回っていた。
地図によればもうすぐってとこで睡魔が僕を襲う。やっぱり明るいうちに来るべきだったと後悔していると、大きな灯りが道の先に見えた。
地図を懐中電灯で照らして、今居る場所と照らし合わせる。そして僕は安堵のため息をつき「やっとか」と独り言を口にしていた。「あー疲れた」
*****
「こんな所に客が来るとはな」
僕の目指していた火力発電所に着くと、白髪の青年がそう言って僕を出迎えてくれた。
「何しにきた?」
その質問に僕は、「とりあえず……」と目をこする。「ここに泊めてもらってもいいですか?」
夜道をずっと歩いていて、本当に辿りつけるのか不安だった。だから安心した僕は元々の睡魔と合わさり凄く眠くなっていたのである。
「かはは」と笑った青年は、「いいぜ」と言ってロビーに備え付けられているソファーに目をやる。「あんな所で良かったらな」
この際どこだって良い。
僕は礼を言い、ソファーに身体を預けて横になった。すると、十秒も経たずして夢の中。気が付けば朝となっていた。
ソファーの上で目覚めた僕は、どうしてこんな場所にいるのだろう?と一瞬だけ思い、昨日の事を思い出した。
僕は寝ぼけ眼をこすり立ち上がり、昨日の青年を捜して歩く。すると、総合管理室と書かれた部屋の扉が開いていて、その中に青年が居た。
「おはようございます」
と僕が挨拶をしながら扉を開けて入ると、青年はコンピューターを弄りながら「おはようさん」と返す。「よく眠れたか?」
「おかげさまで」
「かはは、そりゃ良かった。で?あんた、こんな所に何しに来た?わざわざ泊まりに来たわけじゃないだろう?」
「あぁ……」と僕は言葉を探す。「えーーっと……誰が発電所を管理してるのかなと思いまして……まぁ、それだけです」
「それだけ?」
青年は驚き僕の方に身体を向け「かはは」と笑う。
「あんた、変わってるな」
「そうですか?」
「そうだよ。変わってる」
そんなに自分は変わっているのだろうかと思っていると、青年は言葉を続けた。
「しかし、よくここに人が居ると思ったな」
「いや、だって」と僕は昨日の二人と遊んでいた時の事を思い出す。「あなたのおかげで、昨日は楽しめましたから」
「質問の答えになってねーよ」
「あぁ、いや、そうか」
頭をポリポリとかき、僕は再び答える。
「どうして今も尚電気が供給されてるのかなって思いまして」
「それで、発電所に誰か居るんじゃないかと思ったわけか」
「そういう事です。誰か管理してるのかなぁって」
青年は再びコンピューターに向き合い「嬉しいね」と言う。「灯りが少なくなっていく世界で、こうやって話し合う人が来てくれるとは」
そして、「あーちくしょう!」と声を荒げた。「また機械のトラブルだ。予備に切り替えなければ……」
青年は「すまん」と言って立ち上がり、部屋を出て行った。
あの人はここを一人で管理しているのか?
いったいいつから?
僕の中で、青年に対する好奇心が膨らんでいく。
青年が部屋を出て行き、取り残された僕は室内を見て回った。モニターがいくつも設置されており、黒い画面に緑色のグラフや文字が何か意味を成して動いている。
それを操作するのはパソコンのキーボードに似た何かで、素人が見てもよくわからない。
他に部屋にある物と言えば何かの資料だったり、誰かの肖像画が飾られていたり……
って肖像画?
僕は気になりその肖像画の前に立った。そしてタイトルを見る。
“初代 社長”
この人がこの発電所を立ち上げたわけか。なるほどなるほど……
そんな事を思っていると、「曾祖父だよ」と突然後ろから声をかけられた。「肖像画でしか見た事のない人物だ」
僕は振り向いて「大丈夫だったんですか?」と問い掛けた。
「かはは」と笑った青年は、「いつもの事だ」と返す。「近頃機械のトラブルが増えてきてな。そりゃ何十年て動いてりゃどこもかしこも悪くなるわな」
僕は「そうですね」と微笑む。
「こんな世界になっちまったのも、時間ていう機械が動きすぎたからかもしれねーな」
時間は物ではなく概念だろうにと思いはしたが、どうでもいいので受け流す。
「そうだ」と青年は開けっぱなしになっている入口の方を見て僕に言う。「見学していくか?灯りを作る所を」
「え?いいんですか?」
僕が青年の提案を受け入れると、青年は「いいともよ」と言って部屋の外へと出て行き、僕もそのあとに続く。
そして廊下を歩き、燃料投下制御室とかいう部屋に案内された。
「他に比べて熱いから気をつけろよ」
そう言いながら青年は扉を開けて僕を中へ引き入れる。部屋の中へ入った瞬間、ムワっと熱気が僕の身体を包んだ。
しかしそれは一瞬の事で、慣れれば大した事はない。
部屋には分厚いガラスの壁があり、その向こう側では炎が燃え盛っている。部屋の隅にはコンピューターが設置されていて、どうやらそこで何か操作をするようだった。
僕がそのコンピューターに目を向けていると、青年は「今は何も投下してねーから」と言った。「しなくてもずっと燃えてる」
そして、言葉を連ねる。
「こんな世界になる前はな。時期社長候補として親父に色々と教えられたもんだ。各部屋のコンピューターの操作から、トラブルの対処法。運営の仕方。本当に色々とな」
「こんな世界になってからは?」
「こんな世界になってから?」と青年は僕の言葉を繰り返し、「トラブルの対処法ぐらいしか役に立ってねーな。それと一部のコンピューターの操作」
「そうなんですか」と炎を見ながら僕は言葉を繋げる。「でも、どうして管理を続けようと思ったんですか?」
「どうして?」
青年は暫く考えて、「どうしてかな」と答えを探した。
「答えが無ければべつにいいんです」
「うーん……ただ、灯りを消しちゃいけない気がしたんだ」
その理由を聞きたいところだが、無理も言えない。
「ほら、先祖代々受け継がれてきた発電所だろ?それを俺の代で終わらせるわけにはいかないと思った」
使命感みたいなものが、青年を動かしているのだろうか?
「でも、こんな場所で一人で作業を続けるのは大変だったんじゃないですか?」
「そうだな」と青年も炎を見つめる。「でも、まだこの世界に人が居る以上、誰かが灯りを作らなければならねー。そうだろ?だから大変でもやるしかなかったんだ」
そのおかげで救われている人がいるから、この人に感謝だ。
「でも」と青年は床に視線を落として目を瞑った。
そして、徐に言葉を吐き出す。
「親父がこの世界から出て行った時は、さすがにもう駄目だと思ったね」
「そう……だったんですか」
「あぁ、ここに身を投げて、街の灯りになりやがった」
「ここに?」
「あぁ」と、青年は炎の向こう側を指さす。「あそこに四角い穴が空いてるだろ?あそこから燃料となる物が流れてくるんだ」
僕は想像した。あの穴から青年の父親が落ちてくる姿を。そして、それを見る青年の姿を……
「従業員が出て行ってから、親父と一緒に頑張ってたんだがよ。偉大だと思っていた親父は案外弱かった。だから、この世界から出て行った時は、さすがにショックだったよ」
「もしかして……」と僕は青年の顔を見る。すると、青年は僕の気持ちを察して言葉を返した。
「あぁ、俺も出て行こうかと思った」
そう言ってから「いや」と首を横に振る。「このまま独りの時間が続けば、出て行くつもりだった」
でも、そこに僕が来た。
「灯りを必要とされなければ、こんな所に居続ける理由はないからな」
青年は残念そうな顔をしている。もしかしたら、もう管理する事に疲れていたのかもしれない。だから本当はこの世界から出て行きたかったのだろう。僕はそんな青年にどんな言葉をかければいいかわからなかった。だから、思いつく言葉をとりあえずプレゼントする。
「昨日は、知り合いと家でテレビゲームしました。家に人を招いたのは久しぶりで、とても楽しかったです。夕方になったら灯りを点けて、ゲームを続けて、いつまでも笑って過ごす事が出来ました。それは……」
青年がこの発電所を維持してくれていたおかげだ。
そこまで言おうとしたが、「かはは」と青年は笑い「ありがとうよ」と感謝の言葉を述べる。「そう言ってもらえると、管理を続けた甲斐があったってもんだ」
*****
それから他愛も無い話を青年ことシロイさんとした。そして、そろそろ帰らないとなぁと思っていると、シロイさんが気になる事を言いだした。
「これは誰にも言わないで欲しいんだけどな」
「え?」
「秘密って意味だ」
それは分かっている。
「最近変なんだよ」
「変って、何がですか?」
シロイさんは誰も居ない事がわかっているのに、キョロキョロと辺りを見渡して僕に顔を寄せて来た。そして、それを口にする。
「火力がほんの少しだけ……微々たるもんだが弱くなった」
そりゃ燃えているんだから……と思って、待てよ?となる。
「時間が止まってるから、燃え尽きないはずですよね?」
「あぁそうだ。だけど、弱くなっている。まぁ機械がそういう数字を出しているだけだけどな」
「コンピューターの誤作動?」
「それもある」
じゃあ、コンピューターが正常だとしたら……もしかして……
その可能性を言おうとした時、「おっと」とシロイさんが先に言葉を放って時計を見た。「もうこんな時間か、そろそろ帰るか?」
僕は話の続きをしたかったけれど、確かにそろそろ帰らないと駄目だなと思い、「では」と立ち上がり玄関の扉を開けた。
すると、既に太陽は山の向こう側に沈もうとしており、家に帰る頃は真っ暗になってるんじゃないかと心配になる。
だから僕は振り向いてシロイさんに「もう一泊させてもらっても良いですか?」と問い掛ける。
すると、シロイさんはいつもの顔で「かはは」と笑うのであった。
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