#6 宝を探す人
昔は小学校だった場所のグラウンドが、今はゴミの山となっている。かつて命のあったものはどう頑張っても消す事が出来ずに、いつしか誰かがグラウンドにゴミを捨て始めたのだ。
その頃は学校という施設も機能しておらず、誰も利用していない状態だった。だから学校から苦情が来る事もなくそのままとなっている。
最初は確かに不快だった。しかし、それが当り前の光景になると気にならなくなったから不思議なものだ。そして最初はそこに物を捨てるのに抵抗のあった人も、慣れてくるとそこに物を捨てるようになる。
ちなみに僕はまだ捨てた事はない。そもそもここに捨てるようなものが出て来ない。食べる必要が無いから残飯なども出ないし、食材のカスも無い。服や日用品にしても、捨てる程溜ってもいない。
ここに物を捨てる人は、捨てなければならない理由がある人だ。家に置いておけず、処理に困りここに運んでくる。大概がこの世界から出て行った人の遺品で、手元に置いておくと辛いのだ。
だから、生ゴミだとかそういうのは少なく、消す事の出来ない思い出の品が多い。そのどれもが割と綺麗で、まだ使えそうな物も沢山ある。
そんなゴミの山で、僕はサグリさんと出会った。
僕が観測対象を探して歩いていたら、ゴミの山の前を通った時にカチャンカチャンと物の動く音が聞こえて来た。また誰かがゴミを捨てているのだろうと思いながらゴミの山の方に目を向けると、捨てるどころかゴミの隙間に上半身を突っ込み色々と引っ張り出している男性が居たではないか。
僕は気になりその男性の元へ近寄り、「すいません」と声をかけた。「何をしているんですか?」
男性はゴミの隙間から上半身を引き抜き、「あん?」と面倒くさそうなトーンで返して来た。そして僕の方に顔を向ける。男性の頭に髪の毛は無く、その代わりに立派な顎髭が蓄えられていた。上下さかさまにしても顔になりそうな顔だ。その男性が僕に言う。
「見てわからんか?」
僕は少しだけ考えて「何か探してるんですか?」と答えた。
「わかってんじゃねーか、殺すぞ」
殺人予告をしたその男性は再びゴミの山に身体を突っ込みガチャガチャと物音を立てる。
殺されたならそれでも良い。退屈な世界から抜け出せる。自分で死ねない人は、よく人に頼んでいたものだ。
男性の言葉に恐怖を覚えなかった僕は、「何を探してるんですか?」と再び訊ねた。すると男性は再び身体を隙間から出して、さっきよりもどすの利いた声を僕に吐き出す。
「うるせーな。何なんだテメーは」
名前を聞かれたと思い、僕は答えた。
「えっとーー。僕は……」
「いい」
「え?」
「名前なんてどうだっていい。俺が聞きてーのは、何だってそこまで俺に関わろうとする?」
「いや、それは……」と、僕は思った事を口にした。「何となく気になったからです」
「何となくね」
男性は鼻で笑い、「そういや、今何時だ?」と僕に訊ねて来た。
僕は小学校の校舎に設置されている時計に目をやって「昼の2時過ぎですね」と言った。
「あぁ、もうそんな時間か……」男性は首にかけているタオルで顔を拭いてゴミの山を見ながら言葉を吐き出す。「少し休憩するかな」
食べる必要が無いから、お腹が空く事もない。だからどこかで過ぎた時間に気付かなければ延々とその行為を繰り返してしまう。きっとこの男性は朝から今の作業をやっていたに違いない。
男性は座れそうゴミを見つけてそこに腰かけ、僕に言った。
「俺はサグリってんだ。おいボウズ。俺のために飲み物を持ってきてくれねーか?」
「飲んでも意味無いですよね?喉乾いてるんですか?」
「うるせーな。乾いてねーよ。でも一服する時に何か飲み物とか欲しいだろうが」
穴を掘る人の煙草と同じか。時間が正常だった時の名残のようなものなのだろう。
*****
近くのコンビニからペットボトルの炭酸飲料を見つけた僕はそれをサグリさんに渡した。
「ありがとよ」
炭酸飲料を受け取ったサグリさんは、感謝の言葉と共に「って、賞味期限切れてるじゃねーか」と文句も口にする。
「仕方ないですよ。もうどこでもジュースなんて製造してませんから」
サグリさんは“だよな”という顔をしてペットボトルのキャップを外す。そしてグビグビと飲み始めた。
「あーー!うめぇ!!」
四分の一ほど飲んだサグリさんは、ワザとらしくそう言った。賞味期限が切れていても飲めるようだ。僕はそんな炭酸飲料を楽しむサグリさんに訊いた。
「サグリさんは、いったい何を探していたんですか?」
「んー?」
サグリさんは炭酸飲料を飲むのをやめて質問に答える。
「宝物だよ」
「宝物?」
「そう、宝物だ」
「でも」と僕はゴミ山を見渡し言う。「ゴミしか無いですよ?」
「うっせーな。他人にとっちゃゴミでも、当人にとっちゃ宝物ってのもあるだろうが」
それもそうかと納得した僕に、サグリさんは続ける。
「あいつは俺の宝物をゴミと判断してここに捨てやがったんだ」
「あいつって?」
サグリさんは小指を立てて答える。彼女か?それとも奥さん?
まぁどちらにせよ、パートナーに大事なものを捨てられたのだろう。
「ったく、捨てる前に何か言ってくれればいいものを……」
「本人に言えばいいじゃないですか」
「言えたら言ってるっての。馬鹿か」
馬鹿とは酷い言い方だ。別にいいけど。
「もうここから出て行った人間に、どうやって文句を言えってんだ」
サグリさんはきっと、宝探しを繰り返しているのだろう。他のそれと同じで、途方も無い作業を繰り返してゴールを目指している。
僕は一緒に探してあげようかなと思ったが、ゴミ山を見てそれを提案するのをやめた。そもそも断られそうだ。
「別にボウズに探して欲しいとは思ってねーぞ」
僕の心を読んだサグリさんは、飲みかけの炭酸飲料を僕に渡して「さぁ、続きを始めるか」と立ち上がる。「それ、やるよ。俺はもうお腹いっぱいだからな」
飲み口を軽く拭いて僕はそれを飲む。炭酸が舌を刺激して爽快だ。でも、あまり飲むと吐いてしまいそうなので程々にしてキャップを閉める。そして僕はサグリさんの宝を探す姿を見る事にした。
いったいサグリさんの探している宝とは何なのか?気になる。だが、今日や明日で見付かるようには思えない。それほどこのゴミ山は広くて大きいのだ。奥深くにあった場合、どうやって見つけろというのか……
それから日は落ち、ライトが無いと目の前に何があるのかわからないような時間となり、サグリさんはようやく作業をやめた。そして僕がまだ居た事に驚く。
「なんだボウズ、まだ居たのか。ったく、物好きな奴だな」
「すいません」
「誰も怒っちゃいねーよ」
サグリさんは夜空を見上げて「そうだな」と言葉にする。「うちに来るか?」
まさか家に招待されるとは思っていなかった。少し悩んだ僕は、「お言葉に甘えて」と返事をする。
*****
サグリさんに招待された自宅は、住宅街の一軒家だった。二階建てで広い庭がある。庭には子供が遊ぶ小さなブランコや滑り台もあった。
「まぁ入れよ」とサグリさんは玄関の扉を開けて言う。「何も出すもんねーけどよ」
「あ、お構いなく」
サグリさんは廊下の電気を点けて、家にあがる。それに僕も続いた。
「それにしても」
廊下を歩きながらサグリさんはそう口にした。
「だれも管理してねーのに、電気がまだ通ってるってすげーよな」
あまり気にしていなかったが、確かにその通りだ。
「今の時代、電気が無ければ何もできねーもんな」
何も出来ないわけじゃないが、無いと生活は出来ないかもしれない。しかし、どうして電気は今も生きているのだろうか?もしかしたら、どっかの誰かが管理しているのかもしれない。それが自分の使命だと、電力を絶やさないように頑張っているのだろう。
サグリさんは僕を客室へと入れてくれた。そして僕は綺麗に手入れされているソファーへ座り部屋を見渡す。
「立派な家ですね。この部屋も立派だ」
「だろ?」とサグリさんは滅多に見せそうにない笑顔を見せて言う。「こう見えても俺、金持ちだったんだ」
顔に似合わないなと思うと失礼だろうか?
「顔に似合わねーと思ってんだろ?」
またもや心を読まれている。読心術でも持っているのだろうか?
「まぁゆっくりしていけよ」
特に何もする事は無いけれど、僕はゆっくりしていく事にする。サグリさんといえば、僕を客室に残して出て行こうとした。その時、小さい声でサグリさんは呟いた。
「やっぱ、誰かと居ると楽しいもんだ」
これも顔に似合わない言葉だ。独りで生きていけそうな風貌なのに、孤独を恐れているのだろう。という事は、今は独りで生きているのか。どういった家族構成なのかはわからないが、自分一人がこの世界に残った。そして宝を探している。
僕はしばらく客室でゆっくりした後、良い時間になったので部屋を出てサグリさんに挨拶をして家を出た。
何をしに来たのかよくわからないが、きっとサグリさんはこの家という空間に誰かと一緒に居たかったのかもしれない。
翌朝再びゴミ山を見に行くと、この日もサグリさんは宝物を探していた。僕はサグリさんに近付いて、「どうですか?」と声をかける。
「どうもこうもねーよ馬鹿」とゴミの隙間に身体を突っ込みながらサグリさんは言った。「なかなか見つからねーっての」
「ですよね」
そもそもサグリさんはどういったものを探しているのだろうか?
「あの……サグリさんの探してる宝物って何ですか?」
「あん?」
その質問に直ぐに答えてくれるかと思ったが、サグリさんは言い淀む。
「何だっていいだろうが。殺すぞ」
殺せないくせに、と僕は笑顔を作る。
それから昼の1時を過ぎたが、サグリさんは黙々と宝を探し続けた。
カチャンカチャン
ゴソゴソ
カチャンカチャン
そして、疲れたのかゴミ山から上半身を引っこ抜き「あーー」と声に出す。「ったくよぉ、あいつ、どこに捨てやがったんだ」
僕は気を利かせて飲みかけの炭酸飲料をサグリさんに渡した。昨日のやつだ。
「おぉ、気が利くな……って、これ昨日のやつじゃねーか」
新しいのを見つけてくるのが面倒くさかったのだ。
「まぁいいや。ありがとよ」
サグリさんは二口ほどジュースを飲み、徐にそれを吐きだした。
「金で買える宝物なんてねーよな」
「え?」
不意の言葉に僕はハテナを投げる。
「今まで色んな物を買ってきたよ。誰もが羨むような高価なものを……」
サグリさんは地面に座りゴミ山にもたれかかる。そして俯きながら表情を隠して語り続けた。
「あの時は、それが俺にとっての宝物だった。家、車、装飾品、札束。でも、こんな世界になっちまって、それら全てが俺にとってはゴミになっちまったんだ」
サグリさんは一気にジュースを飲みほして空のペットボトルを見つめた。
「100円ちょっとで買えるジュースにこんな価値があるなんて俺は思わなかった。電気にしたってそうだよな。当たり前のように使っていたけど、今は金よりも価値のあるものだ。それなのに今はタダで使えているってのは、凄い世の中だ」
社会が崩壊しているから当然お金の価値も無くなり、今じゃ天下の回り物ではなくなっている。
「俺は……それに気付く事が出来た。自分で言うとあれだが、俺は頭が良いからな。その場の状況に合わせて臨機応変に対応出来る」
「世界に合わせる事が出来たんですね」
「あぁそうだ」と口にしたサグリさんは、言葉を続けた。
「だけど、あいつはそうは思えなかったんだ」
あいつとは、奥さんの事だろうか?
「だからあいつは……息子を殺して捨てた」
その衝撃的であるはずの事実に、僕は「そうなんですか」と、ただそれだけ述べた。
「あんまり驚かねーな。つまんねー奴だな」
「まぁ、珍しい事ではないですから」
そうだ。世界が壊れ始めてからそういう事は周りでよく起きていた。別段珍しい事でもない。
「あいつは狂っちまったんだよ。世界の崩壊と同時に、あいつも崩壊しちまった。あの時、ちょいと出かけて帰ってきたら……」
僕はその続きを想像して切なくなった。サグリさんの過去と僕の過去が少しだけダブって見えたからだ。
「それで、ここに息子さんを捨てたんですか?」
「あぁ、俺は動かなくなった息子を家に置いておきたかったんだけどな。腐らないし、その姿を見ていたかった。でもあいつは勝手にゴミ山に捨てやがったんだ。だから俺はあいつを……」
殺した。
そんな言葉の続きが、僕の頭に浮かんだ。だけどその言葉をサグリさんは口にする事はなかった。
「見付かるといいですね。息子さん」
ゴミ山を見渡しながらそう言うと、「見つけるさ」とサグリさんは勇ましい目をして口にする。
「それで、今度はずっと家に置いておく。宝物として、ショーケースにでも入れてな」
それもまた狂っている。なんて事は言えず、僕は作業に戻るサグリさんに別れの挨拶をしてその場を去った。
たまに小学校の前を通ると、相変わらずサグリさんの宝探しは続いている。どうやらまだ見つかっていないようだ。
余談だが、サグリさんと出会ってからたまに考える。
価値観の変わってしまった世界。
僕の宝物はなんだろう?
この世界で生きる人々の宝物は、何だろうか?
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