#4 石を積む人

モノちゃんと別れてから、僕の頭の中では両親との思い出がグルグルと渦巻くようになった。思い出しては忘れて、忘れては思い出して、それの繰り返しである。


そういえば、夏になるとよく両親と河原へ行きバーベキューをしていたなと、楽しかった記憶を思い出していると、僕の足は自然とその河原へと向かっていた。


河原に到着して水の流れる様子を眺めながら、両親の顔を思い浮かべる。


不器用な父さんが必死に肉を焼いては焦がしそうになって、母さんがそれを優しくフォローする。僕はそんな二人のやり取りを見て微笑み、焼けた肉や野菜を口の中に入れて行くのだ。


ハフハフ

モグモグ

ゴクン


あの時の味が蘇る。もう一度味わいたいが、無理な話だ。

二人の魂は、この世界には無いのだから。


僕は懐かしさを感じながら、フラフラと目的も無く上流へ向かって歩きだした。

すると、遠くの方に人影が見えて目を凝らしてみる。


そこに居た人物は、まだ小さい男の子だ。小学校低学年……?いや、幼稚園児かもしれない。その男の子は、河原に座って何かをしている。


何をしているのだろう?と近付き、僕は男の子に声をかけた。


「君、何してるの?」


子供は僕の方を見て、「ぼくはキミじゃないよ。リュウちゃんだよ」と答える。「ぼくね、石を積んでるの」


良く見れば、確かにリュウちゃんの目の前には石が積まれていた。しかし、それほど高くない。


「どうして石を積んでるの?」


僕が尋ねると、リュウちゃんは「悪い子だから」と口にする。「パパとママを残してここに来ちゃったから」


パパとママを残してここに来た?どういう意味だろうか?


「お兄ちゃんは、誰?お兄ちゃんも、誰かを残してここに来たの?」


「僕?僕は……」


名前を名乗ろうとした時、リュウちゃんの積んでいた石が崩れて平らになる。


「あーあ、1からやり直し」


そして、再び石を積み上げていくのであった。


コツンコツン


コツンコツン


コツンコツン


ガラガラガラ


積み上げては崩れての繰り返し。リュウちゃんは延々とその作業を続けていた。


僕は思わず「楽しい?」と訊いていた。


「楽しいように見える?」


「見えない」


「じゃあ楽しくないんだよ」


「楽しくないのに、どうしてリュウちゃんは石を積み上げているの?」


「それは……」とリュウちゃんは石を積み上げる手を止めて、「悪い子だから」と、再びそれを口にした。


「悪い子は石を積み上げるの?」


「うん」とリュウちゃんは言い、「石じゃなくてもいいだけどね」と続けた。


そこで僕の頭に、ようやくある事が過った。

賽ノ河原の話だ。親より先に死んだ子供があの世で石を積み続けるというアレだ。もしかして、この世界はあの世なのか?僕は死んでいて、あの世を彷徨っているというのか?


いや、そんな馬鹿な……死んだという記憶はない。この体温は本物のはずだ。目の前に広がる景色だって、確実に存在しているはずなのだ。ただ、生物の時間が止まっている。それだけのはずだ。


「お兄ちゃんは、積まないの?」


そう言われても困る。


「僕はいいよ。リュウちゃんの積む姿を見てる」


「ふーん」と声を出したリュウちゃんは、「勝手にすれば?」と石を掴んだ。


コツンコツン

ガラガラガラ

コツンコツン

ガラガラガラ


リュウちゃんが石を積むのを見始めてから数時間が経過した。しかし、状況は最初と対して変わらない。


「リュウちゃんは、どこまで積むつもりなの?」


「どこ?」と首を傾げたリュウちゃんは、「どこまで積めばいいのかな……」と言葉にした。「どこまで積めば、許してもらえるのかな……」


それからもリュウちゃんは石を積み続けた。いつまで積み続けるのかわからないけれど、日が沈み始めたので僕はリュウちゃんに一先ずお別れをする。


「明日も来ていい?」


リュウちゃんは言葉を発さずに、コクリと頷く。まぁ、リュウちゃんの承諾を得たので明日もここに来るとしよう。


僕は河原を後にして、家へと帰った。玄関の扉を開けて、ただいまと両親に声をかける。当然返事なんてものは無く、ただそこにいるのは首を吊った父さんと母さんの姿だけだった。死んでいるのはこの二人で、僕は生きている。そのはずだ。


この世界が本物。決してあの世なんかじゃない。だけど、それをどうやって証明すればいいのだろう?


例えばこの世界が霊界だとして、二人の向かった世界が現実だとしたら?死ぬ事で生まれ変われるのだとしたら?僕自身もそうだが今まで見て来た人は、産まれる事を拒んでいる人間だとしたら?


僕の持っている記憶は生きていた時の記憶で、本当はもう……


複雑な迷路に迷い込んだように。難解な問題に挑むように。はたまた、矛盾を消すためにストーリーを捻じ曲げるように。考えれば考えるほど答えが何なのかわからなくなる。


たった一人の幼稚園児の言葉でここまで悩まされるとは僕も思っていなかった。でも、考える事は退屈しのぎになって良い。


僕は自室へと向かいベッドに入る。

とにかく明日だ。またあの子に会いに行こう。


*****


「おはよう」


翌朝、河原に着くなり僕はリュウちゃんに挨拶をした。


「あぁ」と声に出したリュウちゃんは「昨日のお兄ちゃん」と笑顔を見せる。


相変わらずリュウちゃんは石を積んでいるが、それほど積まれていない。昨日と大して変わらないじゃないか。


「捗ってるかい?」と、僕が言うと、「ハカドルって?」とその意味を尋ねてくる。


「上手くいっている?」


「いってるように見える?」


「見えない」


「じゃあ、上手くいってないんだよ」


何か似たようなやり取りを昨日もした気がするけど、まぁいいか。

それからもリュウちゃんは昨日と同じように積んでは崩れてを繰り返し、時間だけが無情にも過ぎて行く。僕は会話を持ちかける事もなくリュウちゃんを見ていた。すると、その沈黙に耐えかねたのか、もしくは誰かに話を聞いて欲しかったのか、リュウちゃんは独りでに語り出した。


「にゅうすいじさつってのをね、パパとママはしようって言いだしたんだ」


入水自殺?


「そこの川に」とリュウちゃんは目の前の川を指さす。「パパとママは僕を抱きかかえたまま入って行ったの」


その光景が一瞬だけチラつく。


「でもね、僕はパパとママから離れて、こっちに来たんだ」


泳いで河原まで来たのか?いや、そんなわけはないか。きっと、二人の手を振りほどいて河原に流されてきたのだろう。


「泣いてるパパとママを残してこっちに来ちゃったんだ」


リュウちゃんは今にも泣きそうな表情で上流の方を見つめる。


「ぼく……悪い子だよね」


悪い子?ただ、生きたいという本能に従っただけじゃないのか?


「そんな事は無いよ。リュウちゃんのした行動は間違ってない」


その言葉を聞いたリュウちゃんは石を積む手を止めて、「もう、積まなくてもいいのかな?」と涙を数滴零した。そして、まるでダムが決壊したかのように大量の涙が溢れだし、サイレンが如くリュウちゃんは大声で泣き始めたのであった。


こういう場合、どうしたらいいのだろうか?

わからないけど、とりあえず僕はリュウちゃんを抱きしめた。

リュウちゃんの体温や匂い、感触が僕の身体に伝わる。この感覚は本物だ。リュウちゃんを通して、僕はここが現実なのだと確信する。


それから三十分ほどリュウちゃんは泣き続けて、最終的には疲れたのか僕の腕の中で眠った。しかし、困った。このあとどうしよう?リュウちゃんをどうすればいいのだろう?このままここに放置するのも気が引けるし……


その時だ。僕の中で、ある考えが湧きおこった。


*****


「私がですか?」


僕はリュウちゃんを抱きかかえてモノちゃんのアパートへとやってきていた。モノちゃんに預かってもらおうという考えである。


「駄目かな?」


「うーん……」と悩んだモノちゃんは「面倒臭いなぁ」と困った顔をする。


「そこを何とか頼むよ」


「うーん……」


再び悩んだモノちゃんは、「わかりました」と渋々引き受けた。「その代わり」と条件を付け加えてだが……


「その代わり?」


「邪魔だと判断したら、捨てます」


捨てるって……物じゃないんだから……

でもまぁ、邪魔にならなければ面倒を見てくれるという事か。


「わかった。それで良いよ」


捨てられたら仕方ないけど僕が引き取るとしよう。

外の世界をブラつくのが好きだから、あまり家に居る事が出来ないけど……


こうして、僕はモノちゃんにリュウちゃんを預けてその場を去る。そして、改めて河原に行くと、積みかけ途中の石がそこにはあった。僕はその石を足で崩して平らにしてあげる。


もう積む必要は無いのだ。


悪い子は、ここには居ないのだから。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る