第3話

 バックれてしまおうかと思ったが、それは事態をややこしくするだけだと思った。

 屋上に出る扉の前は階段の踊り場のようになっており、半分に折れた箒や、逆に拭いた所が汚れるんじゃないかと思う程汚い雑巾などが乱雑に置かれている。

「やぁ、わざわざご足労ありがとう」

 壁にもたれかかった青島くんが首だけこちらに向けて言った。

「……何? 話って」

「昨日のあれは何だ?」

 直球過ぎる言葉にたじろいだ。平静を装い髪の毛をいじる振りなどしたが、それは手の震えを隠すために他ならない。

「あれは……別に……その……」

 どう答えて良いものか口ごもる。

「まさか普段着、なんて事は無いだろう?」

「当たり前でしょ」

 グッと青島くんが口を結んだ。私も何も言う事が出てこず口を閉ざす。

 何を考えているのか分からない、至って真面目な表情で見つめられる。私もその眼を見つめ返す。心臓がドキドキと鳴り続ける。

 永遠と思えるような時間を崩したのは青島くんだった。

「昨日は……どこまで見た?」

 顔をしかめて聞いてきた言葉は理解できなかった。”見た”のはそちらで、見られたのは私だったんだが。

「見たって……?」

「見ただろ! 俺とアークデーモンの戦いを!」

 はぁあああ? と大口開けて喚きたいのを寸でで耐えた。いきなりコイツは何を言い出すのか。アークデーモン??

 その時、急速に昨日の情景がフラッシュバックした。突然飛び込んだ情報に眼を見開く。

 ずっと見られた事ばかり気にして、彼の格好が頭に入っていなかった。

 確かに私は見た! 彼が真っ赤な髪にド派手なアクセサリーつけて、肩にはバカバカしい鎧をつけていた!

「あは、はは、あははははっ!」

 合点がいった私はおかしくっておかしくって、お腹を抱えて笑ってしまった。

「やめろ! 何がおかしい!」

「だって、だって! あはは私ったら何を心配してたんだろ!」

 笑い続ける私を青島くんは渋い顔で見つめる。

「能天気な奴だな……。つまり、その、君は俺の仲間という事で合っているんだな?」

 仲間! 同類、と言った方が近いような気もする。

「そうね、仲間だよ仲間。今までずーっと一人だったから同じ境遇の人を見つけたのは初めて!」

「ああ、それは俺だってそうだ。正直、君と会うまで俺のような奴は世界で一人だと思っていた」

「大袈裟だなぁ……。私たちみたいな人は東京でも行けば沢山居るよ」

「な、何? 本当か?」

 眼を見開いてそう言う様は、驚き過ぎな気がした。口元を手で覆い顔を青くしている。

「東京とは恐ろしい所だな……」

「まぁ中々理解得てもらえる事じゃないからね」

 肩すくめると、青島くんが眉をひそめる。

「理解? 君は秘密を他人に漏らしているのか? やめておけ、迷惑をかけるだけだ。俺は一人で居る覚悟だ」

 ズキッと胸が痛んだ。趣味や趣向の合う人間が居なくて辛い気持ちはとても良く分かる。だけど。

「これからは私が居るよ」

 笑いかけると青島くんは少し呆けた顔をした後、急にそっぽ向いて「そ、そうだな!」と慌てた様子で答えた。

 私も同じ境遇の人が居た事が嬉しかった。本当なら今ここで青島くんを抱きしめて叫びだしたい。

 まぁ、さすがにそんな事するほど非常識な人間でもなかったが。

「それで……」

 青島くんが急に真面目な顔をしてこちらを向いた。

「早速だが協力を請うて良いだろうか? 今日、あの廃神社に来て欲しい」

「え、今日? いきなりだね」

 お誘いは嬉しいが、少々唐突過ぎないだろうか?

「それは申し訳ない。勿論君が俺を必要とした時はいつだって協力する」

 その言葉に思わずニヤけた。男の子レイヤーが居るとまた出来る事がグッ増える。だ、男女の絡み写真は憧れるシチュエーションだ。

 勿論相手にもよるが、青島くんなら……大歓迎だ。

「なぁ、どうだ? 今日はまずいか?」

 グフグフ笑いながら妄想の世界へ行ってた。ハッと我にかえる。

「ううん! 大丈夫大丈夫! じゃ放課後ね!」

 オッケーと手で丸を作って答えると、青島くんが感心したように笑った。

「君はすごいな。良くそんな風に明るく居られる」

「何言ってるの! せっかくなんだからちゃんと楽しまなきゃ!」

「楽しむ……か。そんな風に考えた事は無かったな」

 遠くでも見つめるように言うその姿に「キャラ作ってんなーこいつ」と苦笑いが出た。



 放課後急いで家からキューティアの衣装を持って廃神社へ向かう。青島くんは既に待っていた。

 苔に塗れたお稲荷さんに背を預け、腕を組んでいる。その視線の先は境内を囲う鬱蒼とした森だ。

「ごめんごめん、お待たせ! 随分早いね!」

「いや、問題無い」

 こちらを見ずに答える、その姿は制服のままだった。

「何で制服なの?」

「ああ。俺は学校から直接来たからな」

「え! わざわざ学校に持って来てるの?」

 私が驚いて言ったが、青島くんもまた私の言葉に驚いていた。

「何を言っている。いついかなる時必要になるか分からないだろ」

 おいおいおい……こいつ命かけてんな。さすがに少々引く。

「今日呼んだのは他でも無い。昨日の奴がまだ残っているようなんだ」

 まだ撮り残した何かがある、と言う事だろうか。にしても。

「ようなんだ、なんて随分他人事みたいに言うね」

 首を傾げながら言うと、青島くんが「うっ」と顔をしかめた。

「そ、そうだな。これは俺の問題だ。すまない」

 何だか良く分からない人だな……とこっそり思った。青島くんが気を取り直して聞いた。

「ところで君の名前を教えて貰えるか?」

 嘘でしょ。石で殴られたような衝撃を受けた。同じクラスなのに。席、真後ろなのに。

「萩原美命! 知らなかったの!? ひどい!」

「その名は勿論知っている! 真名の方だ。まさか一緒なんて事無いだろ?」

 うわ、と苦笑い通り越して呆れる。そりゃ私だって他人の事言えないが彼はいくら何でもやり過ぎだ。

 嫌悪丸出しの顔で見つめると、青島くんは眉をひそめる。

「……君の生まれはどちらだ?」

「岡山から小3の時に引っ越して来たけど……」

「だからそうじゃなくて……俺は本当の名はアルズアット・アルハザード。ルビ・アゾフ王国の騎士だ。アークデーモンの襲撃を受け王と共にこちらの世界へ逃げて来た」

「あのさぁ……いい加減にしてよ」

 さすがに我慢の限界を越えて、イラつきを隠しもせずに答える。

「キャラのオンオフはしっかりしてよ。別にやるな、とは言わないけどさぁ……押しつけがましくてキモいよ」

 青島くんは困惑しているように見えた。困惑したいのはこっちだ。

「すまない……君が何を言っているのか良く分からないんだが……」

「だからぁ」

「グァアアアアアッ!」

 突然、森の中から獣の咆哮が聞こえた。それは昨日私が聞いたものだった。

「来たか! 話は後だ!」

 青島くんはそう叫ぶと、ポケットからあのド派手なネックレスを取り出しエンブレムを強く握った。

「術式鋳鉄!」

 声と同時にキラキラとした青い光が青島くんを包む。

「雷火砲盾! 装着!」

 エンブレムを握ったまま右手を伸ばす。腕の付け根から幾筋もの光がリボンのように絡みつき弾けて消えた。そして現れたのは、あのアメフトガードのような鎧だ。

 髪の毛がズバッと赤色に変わり逆立つ。

「え……え……?」

 私が阿呆のようにその様子を見続けた。言葉も無い。

 獣の咆哮はだんだん近づいて来ていた。

「来るぞ! 君も早く異身解除するんだ!」

「いやいや……えっ……?」

「何をしている! 早く昨日の……っ!」

 私は初めて人の眼が点になる所を見た。それは、私がレインボー戦士キューティアの衣装を鞄から取り出しからだ。キューティアの衣装と、「あはは」なんて乾いた笑いでそれを持つ私を交互に見つめる。

 どう、説明したら良いのか。

「これ……昨日の……衣装……」

「い、衣装ぅうう??」

 ずっと冷静な彼しか見てこなかったので、その驚きっぷりは中々新鮮だたった。いや呆れっぷりか。震える指でキューティアの服を指さす。

「衣装って……本当にただの衣装!? 何だってそんなもんわざわざ着るんだよ!?」

 言葉が矢となって心臓に突き刺さる。「知らねーよ!」と逆ギレぶちかましたい。

「た、楽しいから……」

「楽しい!? こんな頓珍漢な格好して楽しいのか? 俺は人前でこんな格好するの恥ずかしいぞ!」

「そりゃ……人前じゃ恥ずかしいけど……」

「じゃぁ何だって」

 突然、青島くんの姿が消えた。

 同時に目の前に私の背丈より大きな獣の手と爪が出現した。トラックにでも跳ねられたような勢いで青島くんは反対側の森へ吹っ飛ばされていた。

 木々にぶつかりながら、ようやく止まったらしく征服は破れあちこち擦り傷を作っている。

「うっ……くそ……バカな事に気を取られた……」

 タラタラと垂れる血を見て、私の方が倒れそうになってしまった。

「だ、大丈夫!?」

 慌てて駆け寄るとせき込みながら少量の血を吐く。

「グルルルル……」

 唸り声が聞こえ、視線をあげた。

ガサガサと木をかき分けてそいつは現れた。

 パッと見は巨大な狐。だが八つもある赤い瞳は蜘蛛のようだ。尻尾はネズミのように細長いものが五本ウネっている。

 そして何といっても異様なのは口だ。まるで百合の花のように開いて赤く長い舌がチロチロと小刻みに揺れている。

「何……あれ……」

 へたり込む私の隣で、青島くんが「ぐうぅ」と苦しそうに呻く。

「アークデーモンの使い魔だ……。奴は地中に潜る技術に長けてて、昨日倒したと思ったが、逃げていただけだったんだ」

 そう言いながら立つが、それだけでも精一杯に見える。

「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの?」

「ああ、問題無い。それより君は早く逃げろ」

 気丈に振る舞っても強がりなのは見え見えだ。ダラン、と垂れた左腕は折れているのか、外れているのか。

 私もさっさと逃げ出したいのだが、化け物を目の前にして腰に力が入らなくなってしまった。

「早く行け!」

 急な怒声にビクッと肩を振るわせる。震える脚に渇を入れヨレヨレと化け物と反対側に逃げる。

「走れ! 俺が時間を稼ぐ!」

 走っているつもりだったが、脚がもつれる。まるで夢の中にいるように上手く動けない。何度も何度もコケながら懸命に走る。

 早く、早く逃げなきゃ。思考が現状に追いつかずそれだけを考える。訳も分からず眼に涙が溜まって行った。


 なんてかっこ悪いんだろう。


 場違いな事だとは分かっていた。でもそう思わずにはいられない。逃げる事すらままならず、無様な姿を晒している。

「食らえ! 紫電火砲! 弐式!」

 背後で聞こえた声につい振り返った。あの鎧をつけた右手を化け物に向けている。開いた手が「カッ!」と眩く煌めいたかと思うと、紫色の閃光が飛び出した。

 その光線は化け物の頭をまっすぐ狙っていた。だが身を翻した化け物が易々と避ける。

 イソギンチャクのように開いた口から飛び出たベロが青島くんに伸びる。

「しまっ!」

 すぐさま舌が青島くんをグルグルに巻き付けた。

「青島くん!」

 戻ろうと踵を返す。だが。

「行け! 来るな! 俺は大丈夫だ!」

 青島くんは気丈にもそう叫んでいた。戻ろうとした足が……止まってしまった。

 巻き付いた舌を剥ごうと青島くんはもがいていたが、ビクとも動いていない。

「グルルゥウウ……」

 向こうからゆっくり、ゆっくりと化け物がやってくる。

「ドォシタ……今日ハ随分動キガ悪イナ……」

 化け物から黒板を引っかいたような声がした。

「舐めるなよ……低級使い魔が……」

「ホォ……」

 巻き付いたベロに力が入った。

「アァアアアアアッ!」

 青島くんが悲鳴をあげる。同時にするギシギシと聞こえる音は骨が折れる音なのか。

 私は自分でも吃驚するくらい情けない事を考えていた。青島くんが苦しむその姿を見て、心配するよりただただ怖かったのだ。怖い、助けて。誰でもいいから。

「ソイツハ人間カ……?」

 化け物がようやく気づいたようで、私を見つめた。

「あの子は関係無い……逃がしてやってくれ……」

 この状況でも青島くんは未だ私を逃がす事を考えている。ぎゅっと眼を瞑っても止まらない涙が恥ずかしい。私はずっと自分が助かろうとしているのに。

「アア、イイゾ。ルビ・アゾフノ騎士。貴様ノ身サエ手ニ入レバ……。ソラ、小娘! 忘レ物ダ!」

 化け物が爪の先に私の鞄を引っかけてぶん投げた。大きな弧を描いて飛んできた鞄が目の前に叩きつけられた。

 その拍子に開いて中身が飛び出る。

 ザァア、とぶち撒けられたのはレインボー戦士キューティアの衣装と……イリデンス・ステッキ。その二つから眼が離せなくなった。一体何故なのか自分でも分からない。

 ああ、嘘でしょ。嘘でしょ。

私はイリデンス・ステッキに手を伸ばしていた。馬鹿じゃないの? あの化け物まで逃げて良いって言ってるのに。一体こんなオモチャで何が出来ると言うのだ。

ステッキを掴むと、脳裏でレインボー戦士キューティアのシーンが走馬灯のように巡った。

ねえ、キューティア。私が憧れたのはあなたの衣装じゃない。あなたそのもの。

「あ、あ、あ、青島くんを、は、放して……っ!」

 腰に力は入らずへたれ込んだまま、震える手でイリデンス・ステッキを化け物に向けた。

 数秒の間があった。表情の読めない化け物なのに、呆気に取られているのが分かった。直後。

「ギ、ギギギヒヒヒヒッヒヒヒヒ!」

 化け物のイソンギンチャクのような口が何度もパカパカ開いた。声をあげて笑っているのだろう。

「何テ馬鹿ナ小娘ダ! 一体何ヲスルツモリダ!?」

 そんな事私にも分からない。私は一体何をするのか。

「き、君は馬鹿か……。早く逃げろ……」

 その言葉を無視してイリデンス・ステッキのスイッチを押した。

 白いチューリップのような先端がパカッと開き、中の電飾が七色の光を発しながらクルクルと回転する。と、同時にピロピロと電子音がする。聞いた事もない程チープな音だった。

「ギヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 さっきよりも激しい勢いで口が開閉する。ステッキを持つ手が震えた。

何だこんなもの。

「魔法の一つでも出ろってんだよ!」

 怒りに任せてステッキを地面に叩きつけた。薄いプラスチックで出来たオモチャはいとも簡単に粉々に割れてしまった。

その時。割れたステッキの先が電飾では無い眩い光を発した。

黄色い閃光に目を瞑る。

「な、何!? 何なの!?」

 光は急速に収束していき光の玉になったかと思うと弾けた。

「ラムラムラムゥ~ッ!」

 瓢箪笛のような声と共に、珍獣なポン! と姿を現した。

大きさは猫以上、小型犬未満。黄色い狸のような姿だが、決してたぬきでは無い。団子のような手足と尻尾を持っていた。

「ようやく出れたラム! 美命! ありがとうラム!」

 珍獣はプカプカと浮きながら話しかけて来た。呆気に取られている私を無視して珍獣は続けた。

「美命! このブローチをつけて変身マジョリカウィッチングと叫ぶラム! そうすれば美命は伝説の魔女ルサルーカに変身出きるラム!」

 珍獣がどこから赤いブローチを取り出し、私に突きつける。

「ちょ、ちょっと待って! 唐突過ぎて何が何だか分からないわ!」

 その気持ちは私だけでは無かったようで、それまで訳も分からない様子でこちらを見ていた化け物が叫ぶ。

「みょ、妙ナ真似ヲスルナ!」

 珍獣は化け物を無視した。

「さあ早く! この人を助けたいラム!?」

 お団子の手で指したのは青島くんだ。ぐったりと意識を失っているように見えた。訳が分からないが、彼を助けるにはこれしか無いようだ。ならばやるしか無い。

そうだ、魔法少女はいつだって突然だったじゃないか。

「貸しなさい!」

 私は珍獣から赤いブローチを引っ手繰る。グッと拳の中にそれを握ると身体中の血がめぐり始めた。眼の前光景全ての色が鮮やかになっていく。

ねえ、萩原美命。私、キューティアに……ううん、なりたい私になれそうだよ。よろしく魔法少女! 行くぞ! 叫べ!

「変身! マジョリカウィ」

「力が欲しいか?」

 突然背後からどすの効いたデスメタルのような声がした。そのせいで、せっかく勢いづけた台詞が止まった。

振り返るとボロボロの黒い布を纏った髑髏が、骨だけの手で青い石を差し出していた。

「人では無い力……貴様に授けよう。ただし、代償は魂だ」

 要りません、そう答えようとした時、頭上から光が降り注ぐ。腕を組んで真っ直ぐ立った赤い人がゆっくり落ちて来る。

「私はモーティアス星人! この星で活動出来るよう、私と融合して欲しい!」

 今度は化け物の後ろから、黒髪のツインテールの女の子がひょっこり顔を出した。

「お姉ちゃん! 今こそ代々伝わる魔導士の血を発動させて!」

 お前誰だよ。突っ込む前にモーティアス星人をグイッと押しのけて白いワンピースを着た金髪天使が舞い降りる。

「さぁ私と契約しなさい。あなたに天使の力を授けましょう」

「この注射器を刺す事でミトコンドリアを刺激し超自然能力が身に付くのだ!」

「私は安倍清明の霊だ。君の身体に乗り移り……」

 ウジャウジャ訳の分からない奴らが現れて好き勝手な事を喚きだす。頭の中がはてなマークで埋め尽くされた時、私は叫んだ。

「うるさいうるさいうるさい! 全部! 全部ください!」

 突如空間が歪んだ。虫眼鏡のように、周りの全てがグニャリとひしゃげていく。そして、周りの不可思議、その全てが私の中に、心臓めがけて飛び込んで来た。

身体の中を何度も何度も電気が行き来きしていく。力が溢れる。とてつも無い何かで満たされていく。

髪の毛がまずはピンク色に染まり、角が生えて、皮膚が銀色に変化する。背中から翼が生え、額には第三の眼が開き、犬歯が牙になって伸びた。

「す、すごい……これが魔法少女の力と悪魔の力と宇宙人の力と魔導師の力と天使の力と超科学の力と……ええと、あと26個の力!!」

 ちらっと横目で化け物を見ると、茫然とこちらを見つめていた。

「食らえっ!」

「ぎゃぁあああああ!」

 指先一本、発した光によって化け物は塵となって消えた。同時に開放された青島くんがドサッと倒れた。

「大丈夫!? 今、治してあげる」

 私は傷だらけの身体に両手をかざす。手の先がじんわりと温かくなったかと思うと青島くんの傷は全てなくなった。

「大丈夫? 立てる?」

「あ、ああ……ありがとう。大丈夫だ」

 青島くんは私を、つむじからつま先までジロジロ舐めるように見た。

「あ、あはは……何だろコレ……」

 そう笑った時、突然青島くんの背後で空間を切り裂いて何かが現れた。黒いローブを着た緑色の皮膚をした悪魔だ。

「ぬはははは、掛かったなルビ・アゾフの騎士! 奴はただの偵察に過ぎない! 我が直々に貴様を」

「食らえっ!」

「ぎゃぁあああああ!」

 またも指先一本。悪魔は消え去った。青島くんが唖然とした表情で、風に吹かれて霧散する悪魔を見つめる。

 何が不味かっただろうか……私が恐る恐る聞く。

「……今のって何?」

「敵の……親玉」

「……私が倒しちゃって大丈夫だった?」

「う、うん……問題無いよ」

 そうは言っていたがあまり大丈夫では無かったようだ。いや、大丈夫なのかもしれないが、青島くんは頭の中が空っぽになってしまったようだった。

 口をポカン、と開いたまま私を見つめる。

「お、俺帰るね……その……元の世界に」

 突然言いだした言葉に「えっ!」と返す。

「もう脅威も無いし王も安全だろうし……その……じゃあな」

 青島くんはあからさまにに後ずさりをして、私から十分距離を取ってから背を向けて走り出した。一度も振り返らない背中を見て、少し寂しく思う。

「……私も帰るか」

 青島くんが完全に見えなくなったのを確認して、変身を解いた。なんとなくやり方は分かっていた。

 シュン、と音がして元の服装に戻った。と、同時に赤いブローチだの、青いクリスタルだの、銀色の棒だの、古ぼけた本だのが一斉にドチャッ! と足元に散らばった。

「あーあーあー……何個あるんだよコレ……」

 コロコロ転がるそれらをの小物を拾い集めるのはちょっと骨だった。





翌日から青島くんはクラスから居なくなっていた。いや、世界から消えてしまった。席ごと無くなっていたし、誰も彼の事など覚えていないようだった。

もう安全になったのだったらそれに越した事はない。彼は元の世界の方が幸せなはずだ。

変身用小物は全部で三十一個もあった。つまり三十一個の異能力を同時に手に入れた事になる。変身用の掛け声とポーズが全部違うのだから覚えるのが大変だ。

そうそう、私の生活に一つだけ小さな変化が起きた。


「ルサルーカ! 見つけたぞ! 今日こそ貴様を倒してやる!」

 境内で魔導書を開いていたら、突然声がした。鎧を着たゴリラのような男が木から飛び降りる。

はぁ、とため息をつく。

「ルサルーカは毎月6日でしょ? 今日は魔導士アリサの日だから無理」

「な、なに!?」

 男は慌てて胸元から手帳を取り出しパラパラと中を確認しはじめた。

「しまった……今日は5日だった……」

「はい、ご苦労様。じゃあ明日ね」

「か、関係あるか! 今ここで貴様を……っ!」

 逆上し振り上げた男の右手が止まる。私が赤いブローチと銀の棒と三角のペンダントと取り出したからだ。

「三つもあれば余裕だよね」

 男の拳がプルプル震え、やがてゆっくりと降ろした。

「わ、分かった……明日……明日だな? 今日は引き上げる……だからルサルーカの力だけにしろ……」

「私は約束守るよ! いくつもゴチャゴチャ混ざった格好は嫌なんだよ!」

「お、おう……では……また明日……」

 すっかり肩を落としてしまった男がトボトボとその場を後にする。

全く、すぐに世界を破滅に導く呪術師との闘いが待っているというのに無駄な時間を食ってしまった。

 ピロン、と携帯が鳴る。エビロウさんからのメールだった。

「最近、動画送られて来ないけどコスプレやめちゃった?」

 思わず画面を見ながら吹き出した。

私の趣味は変わっていない。あの時だって私は本当に魔法少女のつもりでやっていたのだから。でも、今はそれ以上に満たされた何かがある。

「待たせたなアリサ! 勝負だ!」

 上空からいかにも悪そうな声が響く。ああ。胸の中でワクワクが湧き上がる。

世界の平和は私が守る。この日常はかつてない程充実している。

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日替わり魔法少女 カエデ @kaede_mlp

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