第2話
翌日、学校を終えた私は再び廃神社に居た。
やはり昨日の燃え上がったコスプレ熱は冷めず、どうしても今日撮りたかった。
思いがけず手に入ったイリデセンス・ステッキもあるので、本格的に撮りたかったがさすがに今日の当番はすっぽかす訳にはいかない。適当に撮ったらすぐ帰ろう。
キューティアの衣装を持ってボロボロになった社に入る。全くと言っていいほど人の居ない場所だが、さすがに屋外で着替えるのはためらわれる。
それを思えばここはマシな方に思えたが、正直環境は良くない。
薄暗くメイクもろくに出来ないし(そもそも余りメイク道具も無いが)、電気がなくてはヘアーアイロンも使えない。
キューティアは魔法少女には珍しく黒髪をしており、ウィッグを必要としない。その分、楽ではあるがセットするのも一苦労だ。
衣装はエビロウさんが殆どくれるのだが、申し訳ないし、正直ちょっと怖い。
ネットで知り合った同年代の東京住みレイヤー友達は「コスプレする場所が無い」と言っていた。
私からすればこんな九州のド田舎よりよっぽど恵まれた環境に思えるのだが、どうもそう簡単でも無いらしい。
「カラオケとか個室でも人目あるし、狭いし殺風景だし。イベントスペースは高いし、神社とか学校はすぐ警察とか呼ばれるだんよ。そっちはそんな事無いでしょ?」
そりゃぁ人が居ないんだから見つかりようが無い。例え見つかったとしても大抵顔見知りだから警察なんて呼ばれないだろう。もちろん噂にはなるかもしれないが……。
ここも一度だけ知り合いのジイさんと会ってしまった事がある。サァ、と青ざめた後に恥ずかしさがこみ上げ来て真っ赤になって泣いてしまった。
幸いにも温厚で優しい子供好きのジイさんだったので、慌てた様子で謝られて却って申し訳なかった。
「ひ、ひ、ひみつにしてください……」
しゃくり上げながら言った、あの状況は決して忘れられない。ジイさんは何だか良く分かってない様子だったが、絶対に誰にも言わないと固く約束してくれた。
あれがもしお喋りバアさんだったり……先生だったり学校の誰かだったり……っ! 想像するのも恐ろしい。
「でもなぁ……」
キューティアの超ミニスカートの裾を持ってクルリッと回ってみる。本当は部屋にある姿見でも持ってきたいが、さすがにあんな大きな物は持ってこれない。
「うふ……うふふ……」
何だろう、自分の容姿に特別自信がある訳では無い。衣装だって既製品もあれば拙い手作りもある。
それでも ”キューティア” になっている時、私は彼女の容姿と共に、彼女の自信も手に入ったよう錯覚する。
私はキューティアという衣装を通してキューティアを見る。三脚に固定したカメラで写真を撮ると、そこに居るのは私だけど私じゃなかった。
「とっても可愛いよ! キューティア!」
一人で上機嫌になってイリデンス・ステッキを持ってクルクル回る。
キューティアは衣装が派手な分、安っぽさも目立ってしまうがキャラがとっても可愛いのだ。それに何と言っても大好きな魔法少女だ。
私は手に持ったイリデセンス・ステッキをヒョイと振り上げた。。
動きはこんな感じだ、頭上高く振り上げ、クルッと回ってステッキを敵に向けて、叫ぶ。
「世界を彩る奇跡の光! プリズムウェーブ!」
「ギャァアアアアア!」
ステッキを振り下ろした先で悲鳴が聞こえた。視線の先には森以外何も無い。私の動きがピタッと止まる。
「……えっ?」
一体何の悲鳴? プリズムウェーブが当たってしまったのだろうか?
なんて冗談が頭を巡っている間、訳も分からずその姿のまま固まっていた。
悲鳴……と言うより何か獣の咆哮のようだった。
十秒程たっただろうか。やがて、ステッキを向けた先から現れたのは学生服を着た男の子だった。
森をガサガサとかき分けて、鬱陶しそうに木々を振り払う。何故か髪は赤く燃えているように逆立ち、胸元にアクセサリーをぶら下げ、左腕にはアメフトのガードのような物を着けている。
「やれやれ……終わったか……」
彼はため息一つつくと顔をあげた。
悲鳴をあげそうになった。
その顔は良く良く見知った顔だ。
「あ、青島くん……」
バッチリ目が合った。お互いまるで時間が止まったように見つめ合う。
そして唐突に、急速に現状を理解する。
見られた!
その文字だけバカでかく頭の中に現れた。他はなにも無い。ただただ真っ白なページにそう書いてあるだけだ。
青島くんは訝しげに私を見つめた。
「萩原さん……だよね?」
「違います!」
私はとっさにそう叫んで青島くんに背を向けた。全速力で鞄の元へ走り、ビーチフラッグ選手も真っ青な勢いで拾いあげ走り去る。
「ちょっと待って!」
背後で青島くんのそう叫ぶ声が聞こえたが、絶対に止まる訳にはいかない。早く、早く逃げるんだ。
一体どこをどう進んだの分からない。森の中を走ったはずなのに、私は廃神社の入り口に居た。
息は乱れ衣装ははだけ、胸元からブラが出ていた。緊急用に羽織るためのロングコートで衣装を隠す。九月も中旬の今、そんな格好では汗が吹き出た。とにかく一刻も早く家に帰りたかった。
人っこ一人通らない、舗装もされていない田んぼ道をのそのそ歩く。じっとり纏わりつく汗を拭う。
大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせる。
確かに私はコスプレ姿を見られた。でもだからってその証拠はどこにも無い。普段人付き合いの無い青島くんが、突然そんな事言った所で誰も信じはしないだろう。
もし誰かが私を問いつめたら好都合だ。知らない、何でそんな事言うの、としらばっくれれば良い。涙の一つでも出せたら最高だ。
「よし……よしよしよし……」
自然とあがってきた不敵な笑みを抑え、家に着く。
一応青島くんには釘を差した方が良いかな……。
「クラスのみんなには内緒だよ☆」
こんな時にまで、そんな台詞が頭に浮かんでしまうアニメ脳に少しばり自分でも呆れる。
こみ上げる笑いを抑える。とりあえず服を着替えよう。鞄を開いた時、空っぽのケースを見て悲鳴をあげた。
カメラを廃神社に置きっぱなしにしていたのだ。
「学校行きたくない」
布団に潜りこんで駄々をこねる私に、姉は非情だった。布団をはぎ取られ、蹴りを入れられた。
「私だって大学行かなきゃいけないんだから早く起きな!」
父はとっくに家を出た。
陰鬱とした表情で家を出て、学校に向かう。
その足取りが、学校に近づく程重くなっていく。下駄箱に着いた頃には靴が石になっていた。
「美命、おはよー」
パン! と肩を叩かれて飛び上がった。振り返るとクラスメイトの舞だった。目をまん丸にして固まっている。
「ど、どうしたの?」
「ううん、何でもない。ちょっとボーッとしてた」
しっかりしなよー、と笑い飛ばされる。クラスでは一番の友達の舞だけど、教室についてもまだ友達で居てくれるのだろうか……。
階段を上がるのが怖くて、足がすくむ。一歩一歩、踏みしめて登る。
「どうしたの? 元気無いね?」
「だ、大丈夫……」
「早く教室行こ」
遂に教室の前に着いた。扉に伸ばす手が震える。そんな私に気づいていない舞が勢いよく扉を開いた。
「待っ!」
心の準備が! 教室の光景が見たくなくて思わず目をつむった。
「美命、どうしたの? 今日何か変だよ」
恐る恐る、目を開く。そこに広がるのはいつもの教室だった。チラッと私達の方へ目を向ける人も居たが、日常の風景そのものだ。
もしかして青島くんはまだ登校してないのかな、と思ったがしっかり席に着いてまたも空を眺めている。
「ねえ、大丈夫? 具合悪いんじゃない?」
「うーん、昨日あんまり寝てないんだ」
「授業中寝ないようにね」
舞の言葉に笑いながら頷く。だが私は今それどころじゃない。青島くん……一体何を考えているのか……。
舞と離れ、席について鞄を下ろす。まっすぐ前を見つめるとそこは青島くんの首筋だ。白い肌に細いサラサラとした髪が垂れている。
くそ、綺麗な肌と髪しやがって……私はお門違いな事を思いながら睨み続けた。
その時、青島くんがクルッと振り返るのだから心臓に悪い。悲鳴こそあげなかったが「ひっ!」とは言った。
私のそんな様子見てもいないように、青島くんは落ち着いた素振りで「これ忘れ物」と机の上にカメラを置いた。
それは昨日、私が神社に忘れたものだった。目を見開いて、急いで引ったくる。
「み、見た!? 中身っ!」
「見てないし他に言う事あるんじゃない?」
青島くんが呆れたようにため息をつく。
「……ありがとう」
「さすがに三脚は持ってこれなかったから、社の中に隠しといたよ」
それだけ言うと、青島くんはまたすぐに前へ向き直った。
私は……人目が無かったら小躍りしていた。青島くんは……青島くんは滅茶苦茶察しが良い上に、とても優しい人だった! 私の秘密はまたも守られた!
そんな思いも束の間、青島くんは思い出したように振り返ってこう告げた。
「昨日の件で話がある。人気の無い場所が良い。昼休み、北館屋上に来てくれ」
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