第1話
「もう許さないんだから! 私の怒りも限界です!」
頭の上からヤカンのように湯気が出た。
「ワルイゾーさん! 封印させてもらいます!」
そう叫んで、ワルイゾー目掛けて思い切り飛びけりをする。
ワルイゾーはジャアクゾーンの奴らが人間の弱い心に付け込んで、変えてしまった存在。
そんな事、絶対に許してはならない。
だからワルイゾーだけを封印しなくてはならない。それがレインボー戦士キューティアの使命だ。
そしてその方法はただ一つ。このカラータクトで悪しき心だけを消し去る。
私はカラータクトを思い切り振りあげてワルイゾーを狙った。
「雨雲晴れて虹よ出ろ! レインボーシャワーッ!」
そして……カラータクトの先がパカッと開きLEDの光が瞬いた。
「……しょぼ」
最近のオモチャは結構良く出来ているのだが、どういう訳だがカラータクトは作りが荒い。これでは子供だって気分が乗らないだろう。
「まーいいやー。撮れたかなー」
ニヤニヤしながら設置したカメラへ駆け寄る。
三脚の上に乗ったデジカメで今しがた録画した映像を見る。
うう~ん、やはり一点での撮影は辛いものがある。アップと引きが両方欲しいものだ。
衣装が立派なだけに勿体ない。
それ依然に中学二年にもなる女子が、装飾をジャラジャラつけた衣装を着ているのも辛い。もっと言えばそんな格好をして一人でギャアギャア叫んでいる姿は目も当てられない。
「なーんて、楽しいから良いんだもーん」
まれに頭をよぎるそんな考え、楽勝に吹っ飛ぶくらいこの遊びは楽しい。
「エビロウさん、またカッコイイ処理してくれるかな!」
インターネットで知り合ったエビロウさんは、私がコスプレした写真や映像を送ると、いつもCG処理をして本当の ”レインボー戦士キューティア” のようにしてくれる。
「いつか東京オフ行けたら会ってみたいなー」
こんな九州のド田舎で同じ趣味の人間を見つけるのは難しい。かと言って気軽に東京へ行く方法も無い。
私の趣味はインターネット上だけのものだ。学校の人になんて絶対に知られる訳にはいかなかった。
「ちょっと写真も数枚撮ろうっと」
動画撮影も楽しいが写真撮影はまた違った楽しさがある。この廃神社はレインボー戦士キューティアの格好な撮影スポットだ。
カメラのファインダーから覗く景色に、自分の姿を重ねてみる。やはり中々映える写真が撮れそうだ。
そうやって何枚か写真を撮っていると、いつの間にやら陽は沈みかけ赤い光が伸びていた。
慌てて時計を確認すると六時を過ぎている。我が家の門限は七時だ。
「やっば!」
急いでキューティアの衣装を脱ぎ捨てる。ジャラジャラと装飾が髪の毛に引っかかり、とてももどかしい思いをした。
「セーフ! 六時五十八分!」
そう叫びながら玄関の扉を締める。家の中は既に明るい。父の帰宅にはまだ少し早いから、きっと姉だろう。
「美命! 遅いよ!」
やはり姉だった。キッチンから怒声が飛んできた。
「まだ七時前だよ!」
負けじと声を張りながら靴を脱ぐ。
「ギリギリじゃない! 大体あんた今日夕飯は! 当番でしょ!」
その言葉にハッとする。
「しまった!」
リビングに吊されたカレンダーを見ると29日の部分に「M」の文字がある。
「ごめん勘違いしてた! お姉ちゃん作ってくれたの?」
キッチンを見るとエプロン姿の姉が、ジュウジュウ何かを揚げている。姉はこちらを振り向きもせずに言った。
「大学の講義、午後の休講になったの。明日はあんたやりなさいよ」
テーブルの上には、揚げたての唐揚げがこんもり乗っている。
姉がこちらを見ていないのを再度確認して、その一つを摘む。
「あっち!」
揚げたての唐揚げから肉汁が飛び出し、口の中に広がる。すぐに姉が振り向いた。
「ちょっと! 行儀悪いでしょ!」
姉の言葉を無視して、かじりかけを口に放り込む。姉の唐揚げは私のと違って味わい深い。材料はそう違わないはずなのに、どうしてこんなに美味しくできるのだろうか。
「えっへへーお姉ちゃんの唐揚げ美味しいねえ」
嬉しそうに答える私を見て、姉がまんざらでも無いような笑みを浮かべる。
「せめて手は洗ってから食べなさい」
それだけ言ってまたも鳥ももを揚げる作業に戻る。私も元気よく「はーい」と答えた。
手を洗ってテレビをつける。録画したアニメ「レインボー戦士キューティア」を観るためだ。オープニングソングが流れたのを聞いて、姉がチラッと振り返る。
中学に上がった頃から「こんなのもう観るのやめなさい」と姉に言われたが、その度に喧嘩してついに姉の方が根負けした。
キューティアは今週もハラハラさせる展開を見せた。朝の子供向けとは思えない重いストーリー展開は、却って新鮮だ。
「ご飯中はやめてね」
姉の水を差すような言葉に曖昧に返事をする。今良い所なのだから邪魔しにで欲しい。
今回は弟の非行を止めようと、大病で入院している姉がワルイゾーになってしまっていた。ワルイゾーとキューティアが対峙する。その時「あっ!」と声をあげた。
その場所は廃神社だった。それは今日撮影した場所にどこか似ていた。
「ああー今日コレ撮れば良かったぁ」
どうせ撮影するなら極力アニメに寄せたものを撮りたい。そんな思いがつい口に出てしまった。
すぐに「えっ?」と言いながら振り返った姉と眼があった。
「あんた、今何て言った?」
「え? え? 何が? 何も言ってないよ」
「あんたまさか……」
姉がガスコンロの火を止めてこちらに向かってくる。その先にあるのは私の鞄だ。
「ちょっと! やめて人の荷物!」
私の言葉を無視した姉が、ジッパーを勢い良く開く。その中からレインボー戦士キューティアの衣装がボンッと飛び出た。
その衣装をがっちり掴んだ姉がジロッと私を睨む。
「またこんな訳分からない服着て一人遊びしてたの!?」
姉からキューティアの衣装をひったくる。
「何さ! お姉ちゃんには関係ないじゃん!」
「あんたもう中学二年でしょ! いつまでも子供みたいな遊びしないの!」
姉の説教が始まろうとした時、玄関の開く音がした。
「お父さんだ! おかえりーっ!」
「あ、待ちなさい!」
タイミング良く帰宅した父を出迎える。後ろから菜箸を持ったまま姉が追いかけて来た。
玄関では革靴を脱ぎながら鼻をくんくんとさせる父の姿が見えた。
「お、何か良い匂いするなぁ」
「お父さん、お帰りなさーい!」
小走りで父に抱きつくと、やや驚いた様子で受け止められる。
「美命~ただいまぁ~」
抱き合ってクルクル回り私達を観ながら、姉が言う。
「お父さん! 美命、今日門限破ったんだよ!」
「破ってないもん! ギリギリだったもん!」
「夕飯の当番忘れたでしょうが!」
噛みつき合いかねない勢いを、父が「まぁまぁ」となだめる。
「七時前には帰って来たなら良いよ。でも当番忘れはだめだな。今日は菜々子が作ってくれたのか? なら明日は美命が作らなきゃな」
「はーいっ!」
「もぉー、お父さん美命に甘過ぎ!」
菜箸を振り回しながらキッチンに戻る姉を、父がニコニコしながら着いてく。
そうだ、と思い出した私は少し甘えた声を出した。
「ねえねえお父さん、来週の私の誕生日さ、欲しいの決まったんだけど……」
「また子供のおもちゃ!?」
キッと睨む姉に向かって舌を出す。
「おもちゃじゃないもん! レインボー戦士キューティアのイリデセンス・ステッキ!」
「おもちゃでしょうが!」
そんな私たちの会話を聞きながら父が笑う。
「美命、それってもしかしてアレ? 白い棒の先に七色に光りながらクルクル回るのが着いてる……」
「そう! そうだよ! 何で知ってるの?」
眼を丸くさせる私に鞄から紙袋を取り出す。
「そりゃぁ、お父さん……もう持ってるからだよ」
紙袋から出てきたのは発売されたばかりのイリデセンス・ステッキだった。
「わーっ! 嘘々! 何で! 何で持ってるの!」
「美命これ欲しがってたの知ってたからね。去年は全然売ってなくて苦労したから、今年は予約しといたんだよ」
「お父さん大好き!」
私が飛びついて抱きつくと、ポンポンと頭を撫でてくれた。
姉がテーブルにご飯を並べながら「もぉ~」と渋い声を出した。
「何でお父さん買っちゃうの」
「良いじゃないか、誕生日なんだから」
「そうだよ! 誕生日だもん!」
そう言って「ねえー?」と声を揃える私達を、姉が諦めたように首を振った。
「もうご飯だから手洗って来な」
私と父は再び声を揃えて「はーい」と答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます