―カタストロフィ―
扉の中は時のきざはしのように渦巻く空間が続いていた。
その奥にゼロはいた。隣にはティアがいる。
ゼロはポポにまたがった僕を見て言った。
「……まさか、ここまで追ってくるとはね……驚いたよ、シュウ。きみは、彼女のストーカーか何かかい?」
「僕はそんなんじゃない。ただティアを助けに来ただけだ!」
ゼロの横でティアは呆然と前を見つめている。その瞳は、もえぎ色の輝きを放つことはなく、くすんだような色をしている。何かが欠落している。今の彼女を見ていると、そういう感情が湧きたってきた。
「ゼロ……ティアに何をした…………」
ゼロは蒼剣を引き抜いた。
「……きみに教えてやる義理は無い」
ゼロは蒼剣を突き立て、僕に向かってくる
《――させません!》
ポポが青い炎をゼロに浴びせる。
「クッ……邪魔な鳥め!」
ゼロが剣を一振りすると、青い炎は剣に吸収されていき、やがて消えた。
《――シュウさん! 早くティアさんを!》
僕が急いでティアのもとに駆け寄ろうとしたその時、ゼロは蒼剣の先を僕に向けた。剣先からは黒炎が飛び出した。
「あ、あれはティアの【クロノフレイム】!」
しかし、ポポの青い炎が黒炎を打ち消した。
「僕は剣の中からずっと彼女の剣技を見ていたんだ。彼女の剣技はすべてマスターしている」
その言葉通り、ゼロは続けて【
「ポポ!」
《――はい!》
ポポは僕の背後に移動する。僕は右手をかざした。
「【サイコキネシス】」
地を這う衝撃波はポポの力を借りた僕の念によって動きを変え、ゼロに向かっていく。
「チッ!」
舌打ちをしながらゼロは上にジャンプして跳ね返って来た衝撃波をかわす。その隙に僕はティアのもとへ到達することに成功した。
「ティア! ティアってば! 返事をしてよ!」
ティアの肩をつかんで揺さぶっても彼女は何の反応も示さない。その瞳は虚ろなままだ。
「ククク……無駄だよ、シュウ。ティアには何も伝わらない。君の声や姿も……ね」
「ゼロぉ! ふざけるなよ!」
僕は声を荒げるも、ゼロは全く動じていない様子だ。どうしてそんなに怒っているの? と言いたげな表情をしている。
《――まずいです、シュウさん。このままではカタストロフィが始まってしまいます!》
僕は必死になってティアの名前を呼び続けた。
しかし、彼女は返事をしない。ただ、その虚ろな瞳で呆然としている。
ゼロは再び蒼剣を構えた。
彼はティアに声をかけ続ける僕を蔑むような目つきで見下し、言った。
「だから……そんなことしても無駄なんだよ! もうカタストロフィは始まった。世界は破滅するんだよ!」
「……嫌だ」
「……?」
僕の心に小さな火が灯る。ちっぽけな火から発生した熱気はやがて僕の心の中を隅々まで満たしていく。
「僕は約束したんだティアと。だから、あきらめるなんて嫌だ」
「バカが! それなら、世界の破滅を見る前にあの世へ送ってやる!」
「……ポポ…………僕に、力を貸してくれ……【
ポポが光に包まれ、剣に変化する。剣は真紅の色を帯びていた。
「うおおお!」
真紅の剣と蒼の剣が衝突した。衝撃が発生して、両者は一歩後ろに下がった。
すかさず、ゼロは前にダッシュし、【アブソリュート・ゼロ】を放つ。僕は向かってくるゼロに【イレイズ】を放った。ゼロの凍てつく蒼剣は僕の放った漆黒の波動を切り裂く。しかし、同時に漆黒の波動は蒼剣の放つ冷気を吹き飛ばしていた。
「僕と互角に張り合うとはやるじゃないかシュウ」
「僕の力じゃない。ポポの力さ。……ゼロ。なぜきみはカタストロフィを起こそうとする?」
「……うんざりしたんだよ。この世界というものにね! 僕は昔、ゼルネスを倒し、英雄として人々に崇められていた。しかし、それは一時的なものに過ぎなかった。人々は強い力を持つ僕を恐れ妬み始めた。やがて、人々の恐れや妬みなどの負の感情はついに神をも動かした。やがて、神は僕をあの剣に封印した。僕は平和を思って、皆のためを思ってやったことなのに。どうだい、ふざけているだろ? ならばいっそ、僕は破壊神にでもなろうと思った。こんなクソッたれな世界を消去し、その上で新世界を創造する。これこそ僕がカタストロフィを起こそうとする理由だ。シュウ、きみには分からないと思うけどね……」
「だが……ゼロ。きみは自然の猛威を鎮めるために自分の命をオーブとして分かち、それを哀れに思った神が剣に変えたんじゃないのか?」
「……それは人が作ったもの。でたらめな歴史だ。重要なことはいつだってそうだ。歴史の陰に葬り去られるのが世の常だ」
「だいたい、きみはなぜゼルネスを殺した? 世界を侵略するのなら目的は同じだ」
「奴の目的はあくまで世界征服。カタストロフィではない。それゆえ俺の考えを何らかの方法で知った奴は、様々な手で俺の復活を阻止しようとした。だから俺は奴を殺した」
「ティアは…………一体彼女に何をしたんだ?」
ゼロはため息を一つついた。
「きみもしつこい奴だな。言っただろ教えてやる義理は無いって。……だが気が変わった。どうせカタストロフィはもう止められない。僕が何をしたかだって? 特別なことは何もしていない。ただ、教えてあげただけさ。なぜ、ティアの両親は何故、僕――伝説の剣を持っていたのか。なぜ彼女に託したのか。それらを一つの線につなげるもの――彼女の正体を」
「ティアの正体……」
ゲンジイから聞かされた。ティアは創造神の生まれ変わり。だが、伝説の剣との関連は謎だ。
「君も知っているんだろう。彼女は、創造神の生まれ変わり。人々の願いを聞き入れ、封印した創造神の……ね」
「なんだって!」
ゼロを剣に封印したのは創造神であるということを僕はすぐには信じられなかった。
「そして人として生まれ変わった創造神、つまりティアは天空よりこの世界へやって来た。ティアの両親は偶然それを見つけた。伝説の剣を抱えて泣いている赤ん坊――ティアをね」
神は剣を人が決して触れぬように封印した。――それは自分が所持していたという意味だったのだろうか?
「二人は赤ん坊を自分たちの子として育てることにした。しばらくの間平穏な日々が続いた。しかし、僕の存在を嗅ぎ付けたゼルネスが、彼女の街へ大量の魔物を送り込んだ。しかし、ゼルネスは何もむやみに魔物に街を襲撃することを命じたわけではない。彼はただ一言命じた。『伝説の剣を差し出せ』と。そして、その時二人は知ってしまった。ティアが持っていた剣は伝説の封印されし剣であるということに。それから先はティアが君に話した通りさ」
ティアが伝説の剣を持っていた理由は分かったような気がする。しかし、何故、彼女はこのように虚ろな瞳をしているのかは分からない。肝心なことをゼロは誤魔化している。
僕は再び、ティアに駆け寄り声をかける。蒼剣を持ったゼロにフェニックスの姿に戻ったポポが応戦している。
「ティア! 返事をしてくれよ!」
「…………」
やはり、返事は返ってこない。
「何回言わせるつもりだ」
ゼロがつぶやく。
「ティアはもう破壊神への昇華を始めた。その虚ろな瞳がその証拠だ」
「破壊神への昇華……だと……?」
「自分は天涯孤独。創造神の生まれ変わり。それらのショックが彼女の心を破壊神へと変えさせたのさ。彼女の心は崩壊し、今やカラッポ。肉体という器だけの存在だ」
僕がティアを見て、何かが欠落していると感じたのは、おそらくこのことだったのだ。
「ティア! 返事はしなくていい。だから僕の話を聞いて」
「…………」
「ティア。君は天涯孤独なんかじゃない。フロルやユーリ、それに頼りないけど僕も。君は一人じゃない。仲間がいるじゃないか」
僕は虚ろな瞳のティアと目線を合わせてそう言った。
「…………」
ティアは沈黙を続ける。しかし、ずっと一点をぼんやりと見ていた彼女の目が少し動いたのが僕には分かった。
「ティア。僕はね……たぶんフロルやユーリも同じ気持ちだと思う。僕たちは、君が創造神の生まれ変わりとかそんなの気にしない。だって、ティアはティアだから」
「…………」
「思い出してくれ! 僕らのこれまでの旅を!」
僕はティアと会ってからいろんなところを旅した。森林・灯台・砂漠・火山・大きな城・大平原……本当にいろんなところへ行ったんだと実感する。そして、僕らは旅の道中いつも楽しかった。時にはつらいこともあったけれど、そんなの吹き飛ばしてしまうくらい僕らの旅路は暖かな雰囲気で包まれていた。それはとても幸運なことなのかな……。
その時だ、ティアの虚ろな瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「…………シュウ……あたしは一人じゃないの? 皆と一緒にいてもいいの?」
僕はティアの肩の後ろに腕を回し彼女を抱き寄せ、叫んだ。
「当たり前だろ!」
ティアの瞳はもえぎ色の輝きを放つ。彼女は僕の胸に頭をうずめ声を上げて泣いた。
「……嘘だろ。自分を取り戻すなんて……」
ゼロは自分が予想もしないことが起こり、驚きのあまり言葉を漏らした。
「カタストロフィの邪魔をするなァ!」
吠えるような声でそう言ったゼロは、蒼剣を構え、僕に向かって突進を仕掛けた。
しかし、ポポが体を張ってそれを防いだ。
《――シュウさん急いであの魔法を! もう、カタストロフィは始まっています!》
ポポの言った通り、見上げるとポツリと一つの黒点が見えた。黒点はしだいに大きさを増している。
僕はゼロに右手を向け、あの魔法を唱えた。
「……すべて零になれ! 究極無属性魔法【リエン】」
声を大にして叫んだものの何も起こらない。ゼロの攻撃は勢いを増していた。このままでは、ポポ応戦できるのも時間の問題だ。しかし、僕にどうすれば……。やはり、無理なのか……。
だが、ティアは涙を堪えて僕に言った。
「ゼロは……あたしに言ったの。『僕も天涯孤独だ』って。あたし、ゼロの気持ちは分かる。孤独ってとてもつらいもの。それこそ何のために生きてるのか分からなくなっちゃうくらい。でも、だからこそ、シュウ……あなたに出来ることがあるはずよ」
……僕に出来る事……。ゼロの悲しみを取り除くこと。そんなことは出来るわけがない。僕は彼の悲しみをすべて受け入れることが出来るほどすごい人間じゃない。
その時、僕は閃いた。ある。ちっぽけな僕にも出来ることが。
「ゼロ! 僕の話を聞いてくれ!」
しかし、ゼロはある種の暴走状態に陥っていた。世界を破滅させる――それだけを心に据えて。彼の持つ蒼剣の輝きが一層強くなったように見える。それはまるで、彼の意志の強さを示しているかのようだ今の彼が、僕の話に耳を傾けてくれるとは到底思えなかった。
僕は再び声を大にして【リエン】を唱えた。しかし、やっぱり何も起こらない。どうして発動しない?
そうしている間にも黒点はだんだんと大きくなっていく。それはもはや点と呼べるものではなくサッカーボールくらいの大きさにまでになっている。それだけではなく、何か引き寄せられるような力を黒い球から感じる。
「まずい……カタストロフィが本格的に始まったわ」
ティアも黒い球を見てつぶやいた。
どうすればいい……。肝心の魔法は発動しない。ゼロは暴走状態で話を聞いてくれない。黒い球の巨大化を防ぐ術は…………ない……。
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