―明かされる真実―

 「少年よ。お主は今、何を思いここにいるのだ」



 この声は――

 どこからともなく聞こえてくる声に対して僕は戸惑う。

 しかし、どこかで聞いたことがあるような声だった。

 「少年よ。もう一度問う。お主は今、何を思いここにいるのだ」

 「……僕は……僕はどうしたらいいのか分からない。……ユーリも、フロルも、そしてポポも返事をしてくれない。……でも、ティアは『待ってる』と僕に言った。だから、僕はティアのところへ行かないといけない。……でも、どうしたらいいのか分からないんだ」

 「フッ……やはり、面白いなお前は」

 突然、僕の目の前がまっしろになった。

 目を開くと、そこにはやたらと長いあご髭をたくわえた、紫色の瞳をした白髪の老人が立っていた。

 僕と老人の他には誰もいない。

 「あ……あなたは、あの時の!」

 「また、ここでお前と会うとはな」

 僕は思い出していた。この老人に異世界――レイゼンベルグへ飛ばされた時のことを。あの時、確か……『時空間転移』と言っていた。……もしかしたら!

 「あの! 僕をレイゼンベルグに飛ばしたようにゼロのところに飛ばしてくれませんか?」

 老人は鋭い目つきで僕を睨み付ける。

 「仮に、仮にお前を転移させてやったとする。それで……お前はどうするつもりだ?」

 「どうするって……ゼロを倒すんです! ティアを助けるために」

 「本当にそんなことが可能だと思っているのか?」

 「できるか、できないかじゃない。僕は行かなくちゃいけないんです! 彼女のもとへ!」

 老人は笑い声をあげた。

 「アッハッハ。それは無理だ。お前が勝てる相手ではない。お前にできるのはあやつ――ゼロのカタストロフィを見守ることだけじゃ」

 いちいち癇に障ることを言ってのける爺さんだ。だが、老人の言葉から察するに、彼はゼロのことを知っている。そのことは間違いないように思われた。

 「あなたはゼロのことを知っているんですか?」

 「フム……知っておるとも。何を隠そうわしは『次元神』だからな」

 「あなたがポポの言っていた、『次元神』……」

 「あの時の約束だ、名前を教えてやろう。……と言ってもわしには名前は無い。『神』だからな。ゲンジイとでも呼ぶがいい」

 意外とお茶目なネーミングセンスをお持ちのようである。

 ゲンジイは紫の瞳を僕に見据え、話し始めた

 「ゼロのことを話す前に、お前には言っておくことがある。それは世界の成り立ち」

 「世界の……成り立ち……?」

 「シュウ、お前がいた世界はなんだ?」

 世界はなんだ、とはずいぶんと深い質問だ。

 世界という言葉は実に曖昧なものであるのかもしれないと、僕はこのとき思った。何を世界とするかは人それぞれだからだ。僕が住んでいた星――地球を世界とする人だっているし、宇宙全体を世界とする人だっている。しかし、僕のような平凡な高校生にとってはそんなスケールの大きな世界よりも学校の方が世界としてしっくりくるような気がする。高校生にとって学校とは、日常生活において非常に大きなウエイトを占めているのは明白だ。学校は僕にとって世界といっても過言ではないのかもしれない。あるいは、家庭。両親と僕そして今は留学して一人暮らしをしている姉の四人で構成される日々谷家は僕にとって一つの世界であることは間違いない。だが、僕がこの世界――レイゼンベルグを異世界だと感じてしまったというのもまた揺るぎない事実だ。

 ……考えていたら、だんだん頭が痛くなってきた。

 頭を悩ます僕を見てゲンジイはやわらかな笑みをこぼした。

 「お前をずっと見ていたが、お前はホントに真面目じゃな。ゴブリンを殺すことにも悩んでおったしな。今のわしの問いかけにも真面目に考えておる。面白い小僧じゃ」

 「バ、バカにしないでよ!」

 「別にバカになどしてはおらん。横流しせず立ち止まって考え、悩む。それは必要なことじゃとわしは思うぞ」

 「結局……世界とはなんなんですか?」

 「ホッホ……。答えなぞ、無いのかもしれんな……。わしが言いたいのは、この世界は世界の集合によって成り立っているということじゃ」

 世界は世界の集合によって成り立っている。なんだか、頭がおかしくなってきた。

 「『この世界』というのは、『レイゼンベルグ』のことではない。レイゼンベルグや、お主が元いた場所、それらは平行に存在し、一つの世界を創っているということじゃ」

 「平行に存在する世界――パラレルワールド」

 「そう。お主にも思い当たる点があるはずじゃ」

 フロルはフミヤと、ゼルネスはユッズと同じ容貌をしていた。その説明が、ここはパラレルワールドだから、の一言で済むのだろうか? もしそうだとしたら、ゼロは――

 僕の表情から、僕の考えを読み取ったゲンジイは

 「気づいたか。ゼロはパラレルワールド――つまりレイゼンベルグのお主自身だ」

 「ゼロは……僕……」

 もしそうだとすれば、僕だけが剣に封印されていたゼロと会話が出来たのは、ゼロがパラレルワールドの自分だから……ということなのだろうか?

 「全ての生命は境遇は変われど、それぞれの世界に存在している。それが……真理というものじゃ。……たった一つの例外を除いてな」

 「……たった一つの例外?」

 「ティアは世界で唯一というべき存在じゃ。彼女の姿はパラレルワールドにはない」

 「ティアが唯一の存在ってどういうことですか?」

 「彼女は言うなれば、世界を創りだした創造神の生まれ変わり。ティア自身は気づいておらんがな。だからこそ、彼女はカタストロフィを目論むゼロに連れて行かれた」

 ティアが創造神の生まれ変わり? そんなこと、いきなり言われても信じられない。

 「どうしてゼロはティアを? それにカタストロフィって……?」

 「カタストロフィとは、それすなわち世界の破滅。一つの世界の破滅は世界全体にひずみを発生させる。発生したひずみはやがて、世界を飲み込み全てを破滅へと導くであろう……」

 「世界の破滅……ゼロはティアが創造神の生まれ変わりだということを知ってそれで彼女を」

 「そうじゃ。世界を創造したからには、破滅させることもできる。創造神と破壊神は表裏一体の存在というわけじゃ。彼女自身、そんなことは考えもしないだろうがな」

 「じゃあ、なおさらティアをゼロから助けないといけないじゃないですか! 何故、ゲンジイは何もしないんですか? 『次元神』でしょ? 世界が破滅してもいいんですか?」

 ゲンジイは少しの間沈黙する。

 「わしは『次元神』――真の歴史を紡ぐ者。ゼロが世界を破滅に導くのならば、わしはただそれを見守るだけ。『次元神』は歴史に関わってはならない。あくまで傍観者でいなければならないのじゃ」

 「そんなの……そんなの駄目だよ! 目の前で困っている人がいるんだよ? 助けてあげるのが当たり前なんじゃないの!」

 「フッ……シュウ……お前の本音、聞かせもらったぞ。その心意気わしは気に入った」

 「じゃあ、ゼロを倒してくれるんですか?」

 「いや、わしはあくまで傍観者。わしが介入するわけにいかぬ。だが、手助けならしてやれる。お前をゼロのもとへと導いてやろう」

 「じゃあ、『時空間転移』させてくれるのですね!」

 「そんなことはしない。お前は自分の力でゼロのもとへと行くのじゃ」

 すると、先ほどまで僕がいたあのまっしろな空間は消えて、目の前には、フロルとユーリが倒れている。

 ゲンジイの声だけが聞こえてきた。

 「……ポポよ。そろそろ起きる時間じゃないのか?」

 ゲンジイがつぶやいた瞬間、ポポは炎に包まれた。不思議な青い炎。

 「ポポ!」

 炎の中では揺らめく影が見える。やがてそれは僕の前に姿を現した。

 《――シュウ……さん》

 「ポポ……なの……?」

 炎の中から現れたのは、小鳥ではない。僕の身の丈程もある、大きな青い鳥だった。

 「ゲンジイ……どういうこと?」

 「なあに、ポポを起こしてやっただけじゃ」

 《――私は永遠の時を生きるフェニックス。『次元神』の使い『時の使徒』です》

 僕は突然大きくなったポポに驚いていた。その時、またゲンジイの声が聞こえてきた。

 「シュウ。言っておくがゼロを倒すことは不可能だぞ。あやつは負の無限大というべき存在。それに対してフェニックスとして真に成長を遂げた今のポポは正の無限大の存在と言える。正の無限大と負の無限大とがぶつかりあうとどうなるか分かるか?」

 正と負の無限大の衝突なんて、数学が苦手な僕には答えられない。

 「…………」

 沈黙する僕を見かねてゲンジイはまた話し始めた。

 「正と負の無限大がぶつかりあったところで決着はつかないのじゃ。だから、シュウお前がゼロと決着をつけるのは不可能だ。だがな……カタストロフィを止める事ならできるかもしれん。どんなに大きな数字、それこそ無限大でも零をかけてやればすべて零になる」

 「零をかける……つまり……どういうことですか?」

 「シュウ、お前は魔法が使えるな?」

 「はい」

 「そうか。やはり偶然とは思えんな。零をかけるとはすなわち、究極の無属性魔法を発動させること」

 「究極の……無属性魔法…………」

 「その魔法の名は【リエン】」

 「【リエン】でも……そんなすごい魔法、僕に出来るわけ……」

 「やる前から決めつけるな! やってみなければ分からんぞ!」

 声を大にしたゲンジイの言葉に僕の心は動いた。

 「分かりました。やるだけやってみます」

 「その意気じゃ。ポポ、シュウをよろしくな」

 《――了解しました。それではシュウさん。私の背中に乗ってください。行きましょう、ティアさんを助けに》

 僕はポポの言葉にコクリとうなずくと、背中に飛び乗った。

 その時、後ろの方から声が聞こえてきた。

 「シュウ、がんばれよ!」

 「ティアを頼んだわ!」

 見ると、ユーリとフロルが立ち上がっているではないか。

 《――私の力を少し分けたのです。ユーリさんもフロルさんももう大丈夫ですよ》

 ほっと溜息をつく。良かった。二人が生きていてくれて本当に良かった。

 僕は二人に向けてグッと親指を突き立てた。

 《――我羽ばたかん。開け時の扉よ》

 ポポが羽を広げると、目の前には空の色にも似た丸い扉がゆっくりと浮かび上がる。

 そして、扉は開かれた。

 僕はポポの背中につかまって扉の先へと向かった。

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