終章 ― 青い羽根に導かれ ―
―決戦!! メルヴモント!!―
メルヴモントの上空には暗雲が垂れ込めていた。風は絶えず吹き続け、休むことなく冷気を運んでいる。にぎやかな街並みと言ったものは存在せず、そこにはただ一つの城があるのみだ。
《――あの城から波動を感じます!》
二つのオーブはもう目の前だ。四人は城の前に降り立った。
城の上の方から声が聞こえてきた。
「貴様ら……とうとうここまでやって来たか。だが、これ以上先には進ませぬ。その者達をこれより進ませるな!」
突如、城の扉が開き、大量の魔物達が迫ってくる。
「皆、行くわよ」
ティアは剣を構え走り出す。それにシュウとフロルとユーリも続く。
「せやあ!」
ティアは【アブソリュート・ゼロ】を放つ。彼女の剣に一閃された魔物達は一瞬にして氷塊となった。
シュウは【ホワイトフレイム】を唱え、フロルは【サウザンド・エッジ】を放った。二人の目の前にいた魔物達は、あるいは灰に、あるいは肉片と化した。そして、二人の前にはわずかな空間ができた。
ユーリは扇を両手に持って【
「シュウ、ティア! 敵の数が多すぎてこのままじゃあラチがあかねぇ! お前たちは先へ進め!」
「私たちが抑えているうちに、早く!」
「すまない。……頼むから死なないでくれよ!」
フロルとユーリが魔物達をくい止めている間に、シュウとティアは前へと進む。奥には上の階へと続いている階段があった。階段を急いで駆け上がっていくと、分かれ道になっている。しかし、二人には迷っている暇などなかった。
「僕は左に行く」
「なら私は右に行くわ」
シュウとティアは目で言葉を交わす。『目は口ほどに物を言う』という諺がある。その諺のように、二人は互いに相手が何を思っているのかが分かる気がした。
目で思いを交わしあった二人はくるりと向き直り、それぞれの道を歩み始めた。
……互いの無事を信じて。
ティアが道を進んでいくとやがて扉が見えてきた。扉を開けると、そこには大きな広間があった。ドーム状になっていて闘技場のようにも見えた。広間の奥の方には鉄で出来た扉がある。
突然殺気を感じたティア後ろに一歩下がる。すると、先ほどまでティアが立っていた位置に槍が飛んできた。
「ほう、私の攻撃をかわすとは……」
「あ、あなたはアトラ!」
姿を現した青色のロングヘアーの女性は、『ヘキサグラム』の一人――《
「……伝説の剣の所持者か。ここで再び相まみえる事になるとは。今度は見逃しはしない!」
アトラは高く跳びあがった。そして槍を構え急降下してくる。ティアは剣でそれを受け止める。しかし、重力加速度を伴ったアトラの槍の威力はティアの予想をはるかに超えていた。ティアは衝撃を受け止めきれず、後ろに大きく吹き飛ばされる。
「その程度では私の【ヘブングラビティ】は止められぬ」
再びアトラは跳びあがった。その身のこなしはまるで鳥のようでもある。
しかし、ティアもアトラに続いてと跳びあがった。
「私に空中戦を仕掛けるとはいい度胸だ、小娘」
アトラの方がティアよりも高い位置まで跳んでいた。再び槍を構えたアトラはティアに【ヘブングラビティ】を放とうとしていた。
だが、ティアはアトラが槍を構える前に【クロノフレイム】を唱えた。剣先から放たれた黒炎はアトラに向かう。突然放たれた黒炎に、アトラは動揺し、【ヘブングラビティ】を放つことに失敗した。しかし、彼女が槍を一振りさせると、突風が巻き起こり、黒炎をかき消した。
「剣から炎を出すとは驚いた。まるで、あの小僧のようだな」
「油断していられるのも今の内よ!」
ティアは地上に降り立ったと同時に【
地割れを起こすほどの衝撃波がアトラに襲いかかった。
しかし、アトラは高くジャンプして衝撃波をかわす。
「どうやら……あの時のお前ではないようだな……。私も本気にならざるを得ない」
アトラは槍を両手に構えた。二つの槍の先にティアを見据え、また高く跳ぶ。空中で最高点に達した彼女は二つの槍の先を突き合わせ、全体重をかけてティアに向かって落下する。すさまじいスピードのため、空気摩擦による火をも纏っている。その姿はさながら火の鳥のようでもある。火を纏ったアトラはその勢いのままアトラはティアに激突した。
攻撃を受けきることが出来ず、まともに受けてしまったティアはその場に膝をつく。
「くっ……強い!」
「私の速度は音を超える。【マッハイグニッション】からは逃れられん」
痛みが後からじわじわと登ってくる。ティアは先ほどの衝撃を受け、立っているのもつらい状態だった。
だが、ここで倒れるわけにはいかない。道を切り開いてくれたフロルやユーリのためにも。そして何より、シュウが一人で戦っている。それなのに、ここで自分が倒れるわけにはいかない。その気持ちがティアを奮い立たせた。
再び立ち上がったティアは剣を鞘に収めた。
「ッ! 貴様何を考えている?」
アトラは剣を収めるティアに動揺する。
「あたしがあなたに勝つにはこうするしかない」
「……降参するということか?」
ティアは首を横に振る。
「降参? あたしがするわけないでしょ。あたしはここで倒れるわけにはいかない」
ティアはなおも剣を鞘に収めたままだ。
「私を侮辱するつもりか! 一撃のもとに散らしてくれる!」
天高く跳びあがったアトラは、ティアの方に二本の槍の先を見据えて、【マッハイグニッション】を放った。火を纏ったアトラがすさまじいスピードでティアに接近していく。しかし、ティアは微動だにしない。
アトラがティアに激突すると思われた刹那、ティアは剣を抜き、アトラを切り払う。それはまさに光速と呼べるほどの速さだった。
一瞬の静寂の後、ティアは膝が膝をつくと、アトラはその場にどさりと倒れた。
「……敵ながら…………見事な居合切りだ……」
その言葉を最後にアトラはぴくりとも動かなくなった。
「【シャインモーメント】あなたの速さに打ち勝つにはこれしかなかった」
全身に走る痛みをこらえ、ティアは歩く。広間の奥にある扉を開け先へ進む。
扉の先には一つの台座があり、その上にはまばゆい光を放つ〈風〉のオーブがあった。
ティアが近づくと周囲は光に包まれ、光が消えると、目の前にはオーブは無く、ネックレスの球が五つになっていた。
「皆……無事でいて」
一方、下の階で、交戦中のユーリとフロルは苦戦を強いられていた。
「……にしても敵の数が多いな。こうなりゃ隠し技をのお披露目だ!」
「フロル、何か策があるの?」
ニイっと笑ってフロルはユーリに作戦を伝えた。
「五分だ。五分だけこらえてくれ」
「……お安い御用よ」
ユーリは両手に扇を持ち舞った。
扇は迫り来る魔物達を次々と切り倒していく。
ユーリが時間を稼いでいる間に、フロルは弓を持ち、必死に集中していた。
「……集中しろ。見つけ出すんだ……最適なポイントを」
しかし、魔物の軍勢はとどまることを知らぬ勢いでユーリに向かってくる。すべての魔物達が近接攻撃を仕掛けてくるわけではない。距離を取って矢を射ってきたり、火炎を吐き出す者もいる。そのすべてを避けきることはいくらユーリと言っても不可能だ。少しずつ、少しずつではあるが、ユーリもダメージを負っていく。やがてそれらは蓄積し大きな重みとなって彼女に圧し掛かる。
「さすがにそろそろきつくなってきたわね……」
しかし、疲れてきたユーリに対し、魔物達は攻撃の手を緩めることはない。
だが、その時!
「待たせたなユーリ! 行くぜ【ビリオン・ショット】!!」
フロルは天井に向かって大きな矢を放った。彼の拳くらいの太さの矢は天井に命中して破裂した。中から無数の小さな矢が散弾のように降り注ぐ。小さな矢の一つ一つが魔物達に命中し、次々と倒れていく。ふらふらと、かろうじて【ビリオン・ショット】に耐えた魔物もいたが、彼らは皆、ユーリのフレイルの一撃のもと沈んでいった。
そして、立っているのはユーリとフロルの二人だけとなった。
「さて、シュウとティアのところに行くぞ!」
「そうね。行きましょう!」
フロルとユーリは階段を上っていった。
ティアと別れたシュウは通路を歩いていた。前方には扉が見える。
《――この先に何か強い気配を感じます》
ポポに言われなくともシュウはその気配を感じていた。近づくことすら許されないような気配が扉に近づくたび徐々に強まっていく。威圧感におびえる自分を殺し、シュウは扉を開けた。
そこには大きな空間があった。ドームのような構造になっていて、コロッセオとも思われるような見た目である。奥の方には鉄製と思われる扉が見えた。
その時、シュウは自らに向けて放たれている殺気の存在に気付いた。
「少し殺気を放っただけで感づくとは……」
「誰だ?」
シュウの呼びかけに姿を現したのは金髪ショートヘアの青年だった。鎧を身に着け、その手には身の丈程もある槍を持っている。青年は緑色の瞳でシュウを睨み付ける。
「俺はゼルネス様に忠誠を誓った『ヘキサグラム』――《
目の前に現れた青年は魔王軍大幹部の一人。しかし、シュウは疑問を感じずにはいられなかった。何故、《聖騎士》が魔王の手下になっているのか? この世界のことにあまり詳しくはないシュウだが、《聖騎士》という言葉からして、正義を守る側の人間だと推測できる。それなのに、世界の破滅をもくろむ魔王の傘下に下ったのは何故か。シュウはその疑問を直接、目の前の青年にぶつけた。
「……
シオンの目つきが鋭くなる。
「……ゼルネス様は世界を救う。それだけだ」
「…………言ってる意味が分からない」
「……これ以上、貴様に話す義理は無い」
シオンは槍を構える。
「この〝グングニル〟に懸けて、貴様を倒す!」
シオンは槍でシュウを突き刺そうとダッシュする。しかし、迫り来る槍をシュウは剣で弾く事に成功した。立て続けにシュウは【ホワイトフレイム】を唱える。剣先から放たれた白炎はまるで獣のように、シオンに襲いかかった。
「少しはやるようだな、少年。だが…………」
シオンの身に着けていた鎧には黒い焦げ跡が付いたが、彼自身は特に何ともない様子。
「あの鎧に阻まれたって言うのか……?」
やはり、《聖騎士》の名は伊達じゃない。身に着けている鎧も、槍も一級品ということか。
シオンはグングニルを構え、シュウに対して突進を仕掛ける。青い光を帯びたシオンは彗星のごとき勢いだ。シュウは間一髪それをかわすことに成功する。一直線に突進したシオンはやがて、壁に激突したが、驚くべきことに、壁にはグングニルがあたった衝撃のせいか大きな風穴が開いている。
「【セイントチャージ】これを食らって、立っていられた奴はいない。……次は外さん」
分厚い壁にあんなに大きな風穴を開けるような一撃を、まともに受けてしまったら一溜まりもないだろう。
シュウは【サイコキネシス】を唱え、シオンの動きを封じようと念を送り込む。
しかし、シオンには全く通じなかった。
再びシオンは【セイントチャージ】の体制に入る。そして、弾丸のごとく跳びだした彼はシュウに迫っていく。
シュウは迫り来るシオンに対し、【ホワイトフレイム】を放つ。
「至近距離ならどうだ!」
「むおっ……」
至近距離で白炎を浴びたシオンは少なからずダメージを受けた。
「おおおぉ!」
しかし、シオンの勢いは弱まることを知らない。シュウは【セイントチャージ】を避けることが出来なかった。
「ぐはぁ!」
何か巨大なものに押しつぶされたかのような痛みがシュウの全身を走る。シュウはその場に倒れこむ。
ポポの声が聞こえてくる。
《――シュウさん! 立ってくださいシュウさん! 皆が……皆が待ってますよ!》
「……皆が…………待ってる……」
かすれるような声を絞り出し、シュウは立ち上がる。
「……まだやるのか」
シオンはシュウを一瞥する。
「皆が待ってるんだ!」
再び剣を取ったシュウはシオンに特攻を仕掛けた。
しかし、華麗にグングニルを操るシオンを前に、シュウが決死の覚悟で仕掛けた特攻は無駄に終わった。
シュウは遂に、がくりと膝をつく。
シオンは開いた風穴にグングニルの槍先を向けた。
「これで、終わりにしてくれる。〝奥義〟【ディストラクトサンダー】」
途端、雷鳴が響き渡り、雷がグングニルの槍先に落ちた。
雷を帯びたグングニルはバチバチと音を立てている。
シオンはそのまま、雷を帯びたグングニルをシュウに投げつける。投げられたグングニルは、ピストルから発射された弾のような勢いでシュウに向かっていく。
このまま、自分は死んでしまうのだろうか? 自分を殺した後、この男――シオンは一体何をするのだろうか? ティアやフロル、ユーリを始末しに行くのだろうか? シュウの胸の内は疑問と自責の念とでいっぱいになっていく。
「いやだ。皆が死ぬなんていやなんだァ!」
その時、シュウの心の奥に黒い滴が一滴ぽたりと落ちた。滴が落ちたことによって発生した波紋は、やがて全体へと広がっていき、どんどん大きくなっていく。
気が付くとシュウは立ち上がり、シオンに右手を向けていた。
「まだ、立ち上がれただと?」
シュウはシオンには目もくれず、呟いた。
「……凝縮せよ無の力。【イレイズ】」
周囲はまがまがしい雰囲気に包みこまれる。シュウの右手からは、漆黒の波動が放たれた。漆黒の波動はグングニルを飲み込み、消滅させた。
「何だこの力は……?」
シュウは突然笑い出した。
「ふっははは!」
シュウは攻撃の手を緩めない。漆黒の波動はシュウの右手から放たれ続けた。
「……貴様は……一体……? うわああ!」
そして、シオンは漆黒の波動に飲みこまれて消滅した。「ゼルネス様」という言葉を残して。
シュウは我を忘れ、自分の放った攻撃でシオンが消滅してしまったことにも気づかず、ポポの呼びかけにも応答しない。シュウは狂ったように叫び、漆黒の波動を放ち続ける。暴走といってもいい様子で、シュウは暴れ続けていた。
言葉にしがたい黒い衝動が彼を突き動かしていた――。
突然、肩から伝わる暖かな感触にシュウは気が付き、ようやく我に返った。
シュウが後ろを振り返るとそこには泣いているティアがいた。
「もうやめて……シュウ」
「……ティア」
「私は死なないから。……だから、もうこんな事はやめて」
ティアが涙と共に口にしたその一言でシュウは気づいた。自分は何か恐ろしい感情に支配され暴走してしまったのだということを。
「ごめんねティア。僕はもう迷わない。皆は強いから」
その時、低い声が響く。
「シュウ。俺がそう簡単に死ぬわけねえだろ。まあティアは分かんねえけどな」
うふふと笑ったユーリもフロルに続いてやって来た。
「フ~ロ~ル~、それどういう意味よ!」
いつの間にか泣き止んだティアは一般変わって怒りの形相でフロルを追い回す。
「冗談だってば~」
フロルは半泣きで逃げ回る。
そんな光景を見てシュウはいつしか笑っていた。
ユーリはシュウにそっと駆け寄り呟いた。
「シュウ。あなたは一人じゃない。私たちは仲間でしょ」
「そうだね」
シュウは笑って答えた。
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