―邪悪―

 突然、街の方から土煙を上げて魔物の集団が押し寄せる。

 「あいつらは俺がくい止める。お前らは早く先に行け」

 フロルはそう言い放つ。しかしユーリは黙っていなかった。

 「ボロボロのあなただけに任せられないわ」

 背中合わせで向き合った二人は、シュウとティアに早くいくように指示する。

 「絶対……死なないでね……!」

 シュウとティアは二人に見送られ、城へと踏み入った。


 城内は不穏な雰囲気に支配されていた。二人は謁見の間を目指して走り出した。しかし、彼らの行く手を遮るように騎士たちが襲ってくる。シュウとティアの勢いは止まらなかった。二人は破竹の勢いで迫りくる敵を倒し城内を突き進む。ほとんど一撃で騎士たちを打ち沈め、階段を駆け上がっていく。


 最上階にたどり着いたシュウとティアは、椅子に座り、虚空を見上げる王様を見つけた。

 「王様……大変です! 魔王軍がこの街に!」

 シュウの叫び声に王様はほくそ笑む。

 「……知っているさ。なぜなら……この私こそ《ヘキサグラム》なのだからね」

 王様の言葉にシュウもティアも耳を疑った。

 「なん……ですって……?」

 王様がシュウとティアの前に手をかざす。すると、二人の周りに黒い鎖のようなものが出現して、二人を締め付ける。

 「ッ……何だこれは……動けない!」

 「さて、お芝居ももう終わりにするかな」

 王様が黒い煙に包まれる。すると優しい顔をしていた王様は突如、悪魔と呼ぶにふさわしい見た目に変貌した。耳はツンととんがっていて、額には目がある。背には巨大なコウモリのような漆黒の翼を持ち、手には杖が握られている。

 「……やはり、この方が落ち着くな。我が名は《邪神官じゃしんかん》シルフィローゼ。お前たちは実にいい駒だったよ」

 「どういうことだ?」

 シルフィローゼは大きな笑い声をあげた。鎖に縛られているシュウとティアを嘲るように睨みつける。

 「魔王様に言われてオーブを探してたんだけど、そんなの面倒だろ? 我がするべきことでない。そんな時に現れたのがオーブを求め、かつ探すあてを持ったお前たちだ。我はお前たちをあえて泳がせ、こうしてオーブを集めてもらったわけだ。それに、先のショーも楽しませていただいたよ。ハッハッハ!」

 シュウは腸が煮えくり返るような思いだった。自分たちは目の前のこいつに利用されていた。それだけではなく、こいつはフロルとミラの切りあいを楽しいショーと言ってのけた。シュウの胸の中に真っ黒な憎悪の念がたぎっていく。

 それとは対照的に、ティアはあくまで冷静に尋ねた。

 「なら、何故〈風〉のオーブをアトラに奪わせたの?」

 シルフィローゼはじろりとティアを睨む。

 「……するどいな。そう、貴様が考えている通り、我にとってアトラの襲撃は誤算だった。我が手下たちを連れてこの国に攻め入り、王を殺している間に地下ではオーブの奪い合いが起こっていたとはな。……だが、これから死にゆくお前たちにはそんなことは関係ない」

 シュウは必死に鎖から抜け出そうとするも、抜けられない。

 「無駄だ。我の【エヴァーチェーン】にかかれば抜けることは不可能だ」

 「……そうかしら」

 がちゃんと音を立ててティアを縛っていた鎖が壊れた。

 「何? 貴様、何をした!」

 「何もしてないわ。そう……何もね。シュウ! こいつの挑発に乗っちゃダメ。こいつに対する憎しみが鎖を強くするのよ!」

 ティアにそう言われたシュウは平静を取り戻す。すると、シュウの鎖も音を立て壊れた。

 「ごめんティア。僕、自分を見失っていた」

 「さあ、行くわよ!」

 シルフィローゼの表情からは焦りの色が窺えた。

 「フン……【エヴァーチェーン】を破っただけで、生意気な!」

 シュウとティアは息を合わせ、【カオスフレイム】を放つ。二人の手から放たれた灰色の炎はシルフィローゼを包み込んだかと思われた。

 しかし、実際にはシルフィローゼは放たれた灰色の炎をその左手で吸収していた。

 「フハハ! こんなものは我には聞かぬ!」

 そして、次の瞬間彼の左手からは灰色の炎が放たれる。

 シュウとティアは右にステップしてそれをかわした。

 「どういうこと? 【カオスフレイム】が通じないなんて」

 「図に乗るなよ!」

 シルフィローゼの額の目が怪しく輝きだす。

 【デスペラードレイ】。シルフィローゼがそうつぶやくと、額の目から赤い光線が放たれる。シュウは【サイコキネシス】を唱え、光線を反射させようとするも、赤い光はまったく動じない。光線はティアの肩をかすめ、壁に風穴を開けた。

 「〈闇〉のオーブがある限り、我は無敵だァ!」

 「無敵……そんなものあるわけない!」

 ――考えろ。奴に打つ勝つ方法が必ずあるはずだ。シュウは頭を総動員させて思考をめぐらす。魔法が全く通じないやつを倒すにはどうすれば…… 

 その時、シュウは閃いた。ライノスとの戦い。あの時、すべての物理攻撃はライノスには通じなかった。シルフィローゼはつまり、その逆。奴に直接、攻撃を叩き込むまでだ。

 シュウはシルフィローゼに水平切りを繰り出した。

 シュウの剣は見事にシルフィローゼを捉え、彼の胸を切り裂いた。

 「やるな……だが残念だ」

 シルフィローゼは【レイズ】と唱えると、彼の傷はみるみる塞がった。

 「ハッハッハ! 我は無敵!」

 ティアもジャンプ切りを放つも、再び傷は回復してしまう。

 しかし、シルフィローゼの言葉を聞いても二人はあきらめていなかった。

 何度攻撃しても再生してしまうなら、一撃で倒せばいい。ただそれだけの話だ。

 今度は二人で同時に切りかかる。二つの剣の軌跡は交錯し、やがてシルフィローゼの胸の辺りで一点に集中する。

 シルフィローゼは膝をついたものの、再び【レイズ】を唱える。

 しかし、シュウはその一瞬、シルフィローゼが無防備になる一瞬を見逃さなかった。

 「今だ! ティア!」

 シルフィローゼの頭上の高さにまで跳びあがったティアは渾身の力を込めて【大地斬だいちざん】を放つ。ティアの剣先はシルフィローゼの頭を捉えていた。

 「我は……無敵……」

 頭から一刀両断されたシルフィローゼは黒い煙に包まれ、煙が消え去ると、そこには灰が残るだけだった。

 灰の中から、光が漏れている。それは〈闇〉のオーブだった。ティアがオーブに触れるとまぶしい光が出現し、やがて身に着けていたネックレスに球が一つ増え、四つになった。

 階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ユーリとフロルだ。どうやら二人とも無事だったらしい。彼らの話によると、押し寄せてきた魔物達と交戦していたが、突然ふっと消えてしまったとのこと。魔物達はシルフィローゼが呪術で生み出した者たちだったのかもしれない。だから、彼がいなくなり魔物達も消えてしまった、とシュウはそう考えることにした。

 すると、ポポが急にしゃべりだした。

 《――感じます! 消えていた波動が戻ってます。二つの場所は……同じ場所》

 残る〈風〉と〈光〉、二つのオーブは同じ場所にあるということらしい。ポポの話ではそれはイルブリーゼからずっと北の地だという。

 「北の地……メルヴモント……」

 「フロル? 何か知っているの?」

 フロルはこめかみに指を当て考える仕草をして言った。

 「団長が話してるのを聞いたことがある。北の地メルヴモントには魔王の居城があるって話だ。それゆえ、普通の人間は踏み入っちゃあならないって……。もしかしたら、そこに二つのオーブがあるのかもしれないな……」

 「行きましょう。魔王の居城……メルヴモントへ!」

 四人はグリフォンに乗ってイルブリーゼを飛び立った。

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