―兄弟―

 程なくして一行はイルブリーゼ上空へとやって来た。

 街の様子は遠目にはよく分からなかった。しかし、今までのような明るい雰囲気は一体何だったのだろうかと思わせるほどの物々しい空気が街全体を取り囲んでいる。

 王様が魔王軍大幹部の潜入に気づいているかも疑問である。そこで一行は城を目指すことにしたが、《ヘキサグラム》がいるとすれば、街中をうかうかしているわけにはいかない。魔物達がうろついており、戦闘になってしまう可能性があるためである。では、どうやって城へと向かうのか。四人は頭を悩ます。そこで、シュウが思いついた。〈風〉のオーブを取りに行く時に使った地下通路を通るのだ。地下通路は王家の者しか知らないと王様は言っていたので敵に見つかる心配はないだろう。



 四人は秘密の地下通路を通り、そして城の前に到着した。

……と、門番が声をかけてきた。

 「おう、お前たち。どうしたそんな深刻な顔して」

 王様に至急会わせていただきたいのですが、とシュウが言いかけた時、突然フロルが叫ぶ。

 「ッ! 下がれ!」

 その言葉を聞くや否やシュウは後ろに跳びのいた。直後、門番の槍が先ほどまでシュウがいたところを切り裂いた。

 「……面倒くさい。こんな芝居はもうやめだ」

 門番は槍を投げ捨て、黒い煙と共に変身する。そこに門番だった男の面影はなく、青い短髪で背に漆黒の翼をもつ少年の姿が現れる。

 シュウとティアが剣を手に飛び込む。ユーリはフレイルを叩きつける。しかし、フロルは動くことが出来なかった。

 「……フロル?」

 「よそ見してる暇あるのかい?」

 少年の手から光球が放たれる。少年は続けざまに光球を放ちティアとユーリにも命中した。

 「ぐっ……」

 三人は光球に当たって吹っ飛ばされた。

 「次は君の番だよ……」

 少年がフロルに手を向け光球を放とうとしたその時、

 「……ミラ兄さん?」

 少年が放った光球はぎりぎりフロルには命中しなかった。

 「兄さん! もう人を傷つけるのはやめてくれ!」

 フロルは短剣を取り出し少年に向かっていく。涙をこらえながら、必死で。

 シュウ達は立ち上がろうとするも、見えない力に縛り付けられているみたいにその場から動けなかった。友達を助けてやれない無力な自分がどうしようもなく嫌だった。

 フロルは【サウザンド・エッジ】を放つも、ミラは上空に飛び上がり、それをかわす。そして、フロルが技を外したその隙に両手からフロルに向けて光球を十発放った。十発もの光球に反応しきれず、光球はフロルに命中し、その場にどさりと倒れる。

 「くっ……頼む。あの頃の兄さんに戻ってくれ!」

 その声が届いたのか、ミラがとどめに放った光球は外れた。そして、ミラは頭を抱えて叫びだした。

 「ぐう……何だこの痛みは! やめろォ!」

 ミラは膝をつき、猛烈な頭痛に、叫び苦しんでいる。彼の断末魔のような叫びが辺り一帯にこだまする。

 「頭が割れるように痛い……。クソォ! クソガァァァ!」

 頭を押さえ、転がるようにのた打ち回るミラ。シュウは目の前で広がるあまりに痛々しい現状から、吐きそうになって目を瞑りたくなった。

 しかし、突然叫び声は止まった。

 すっくと立ち上がったミラは、壁に寄りかかっているフロルの腰から短剣を奪い取った。そして彼の目の前で、奪い取った短剣を自らの腹に突き刺した。深々と突き刺した。見たことないくらい大量の血があふれ出す。意識が吹っ飛びそうになる激痛を抑え込み、ミラは最後の力を振り絞るように口を開く。しっかりと、目の前の弟を見つめて。

 「フロル……ごめんな。生きろ。……生きて…………笑うんだ」

 「にいさァーん!」

 フロルの叫び空しく、ミラはこと切れた。最後の瞬間、その顔にはわずかな笑みを浮かべていたようにシュウには見えた。

 時を同じくしてシュウ、ティア、ユーリは謎の力から解放される。ティアもユーリもたった今目の前で起きた惨状に、言葉が出せず、涙を流すしかなかった。シュウは何もできなかった自分が嫌になり、くやしさの涙が頬をつたう。だが、そんなシュウにフロルが言葉をかける。

 「……シュウ。いいんだ。最後、兄さんは笑っていた。兄さんの死を無駄にしないためにも先に進もう。いや、進まなくちゃならないんだ!」

 涙をぬぐい、シュウは立ち上がった。行かなくちゃ。こんな悲しいことはもう起こしてはならないという思いがシュウを立ち上がらせた。

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