―猫―
フロルの案内で、一行は団長の部屋を目指す。
彼によると団長はさらに下の階にいるらしい。隠し扉を開け階段を下りていく。道中、ティアはつぶやいた。
「シュウ……こいつ大丈夫なの? また襲ってきたりしない?」
「ガキ! 俺はそんな女々しい真似はしねえよ!」
「ティア、心配しなくていいよ。フロルは絶対そんな事しないから」
笑ってそう言うシュウを見ていると、ティアは何となく安心できた。自然と笑みがこぼれる。
そうこうしているうちに、扉が見えてきた。
かつてない真剣な表情でユーリがつぶやく。
「皆、気を引き締めて。……開けるわよ」
扉を開け放ち、一斉に突入する。
……が目の前には誰もいない。シュウもティアもフロルも気が動転する。そんな中ユーリだけは冷静だった。 ユーリは団長室にある椅子に触れる。椅子はまだ温かい。つまり、ここを出てそう立っていないということだ。急いで後を追うために、部屋を出る――と見せかけて、床にフレイルを叩きつけた。
重いフレイルを叩きつけられた床は粉々に砕け散り、下に潜んでいたそいつは姿を現す。
……猫だ。黒いシルクハットをかぶり、葉っぱが一枚付いた枝を加えている。羽織ったマントは血塗られた赤色だった。腰には身の丈もあるような剣を装備している。
「兄さんをどこへやった?」
フロルが怒りの形相で猫を睨みつける。猫は軽くあしらうように答える。
「ああ……あいつなら、あのお方のところへ行ったよ」
「ふざけんな!」
フロルが猫に向かって【
「ぐっ……」
フロルはすごい勢いで壁に打ち付けられてしまいうなだれてしまっている。
「貴様……これは私への反逆とみなしてよいのかな?」
「黙れ!」
続いてシュウが猫に向かって飛び出した。剣先は猫をとらえたように思われたが、それは猫の作り出した幻影であった。
「おっと……危ない、危ない」
猫はついに身の丈もある剣を抜き、構える。
「……お遊びはここまでです」
猫は大剣を突き立て叫ぶ。
「【セルインパクト】」
途端、爆風が発生し、シュウに襲いかかる。それに反応したティアが【クロノフレイム】を放った。放たれた黒炎と爆風は衝突し互いに消し飛んだ。その衝撃によってシュウもティアも壁にたたきつけられた。
猫も吹き飛ばされたものの、一瞬で体勢を立て直し、隙をついて二人に攻撃を仕掛けるべく突進する。
大剣がティアに到達すると思われたとき、ユーリのフレイルが猫の大剣とかち合った。
「……あなた達はそこで見てなさい」
「貴様……なぜ生きている?」
ユーリは猫を睨み付け、囁く。
「また会えたわね……チャット」
「……ユーリ。貴様は私が殺したはずだ」
「地獄の底からよみがえって来たのよ。覚悟しなさい!」
ユーリはチャットと呼ばれた猫に向けてフレイルを叩きつける。
「フン。同じことを」
またしても、フレイルが命中したチャットは幻影であった。手ごたえはない。
「貴様はまた何もできずに死ぬのだ。私の【ファントムセージュ】によって!」
チャットが一人、また一人と増えていく。たった一つの本物以外はすべて幻影である。
しかし、ユーリはそれにも動じなかった。隠し持っていた扇で一斉にチャットを薙ぎ払った。扇は本物のチャットにも命中し、マントを切り裂いた。
「……ッ!」
「私はもう負けたりしない!」
「――【
ユーリは両手に持った扇をかざし、舞い始める。扇を振り下ろすたび、斬撃がチャットに向かっていく。
「くっそォ!」
ユーリの攻撃をまともに受けたチャットはその場に倒れた。息も絶え絶えだ。
「ユ……ユーリあんた……」
ユーリの変わりように驚いたティア言葉を漏らした。こんなにユーリが強かったなんて今までちっとも知らなかったから。ティアを見てユーリはそっとつぶやく。
「……黙っていてごめんなさい。私、本当は旅のシスターなんかじゃない。……ううん。ましてや人間でもない」
「どういうこと?」
ユーリは目の前に倒れているチャットを見下す。その瞳は氷のように冷たい殺気を放っていた。
「私は《エルフ》。こいつに滅ぼされた村の生き残りよ」
彼女の話にポポが反応する。
《――聞いたことがあります。森で穏やかに暮らす種族エルフ。力が強くて頭もよく、独自の文化を築いていたとか》
「森で暮らしてた私たちはある日突然襲撃された。……こいつらブラックシルフィーにね」
「でも、エルフたちがそう簡単にやられるわけ……」
少しの沈黙の後、ユーリは口を開く。
「こいつらは魔物をも率いてやって来たの……。とてつもない大群でなす術が無かったわ。私はその時、魔物達を先導するこいつを見つけて、その時一度やられたの」
魔物を率いる……つまり、魔王も力を貸したということだろうか……
「意識が遠のいていく中、私は青い鳥を見たの。不思議な鳥だった。大きくて綺麗な青い鳥。それが夢かどうか知らないけど、気が付いたら、森の中で、一命を取り留めた。それから私は皆の敵を討つために旅をしてこいつらのことを調べていたのよ」
その時、フロルが震える足で立ち上がり、倒れているチャットに掴みかかる。
「兄さんは! 兄さんはどこにやったんだよ!」
チャットは苦しそうに答える。
「……だからあのお方のところへ行ったんだ」
それは誰だとフロルが言いかけた時ユーリは言った。
「魔王軍大幹部ヘキサグラムね……」
チャットは驚きを隠せない。
「っ! なぜそれを?」
「あなた達を操れるということはそれなりの実力者ってことよ。死にたくなかったら教えなさい! そいつはどこにいるの!」
ユーリは声を大にする。
「……イル……ブリーゼ」
チャットは全てを言い切る前に、突然苦しみだし、嗚咽の混じった声で叫ぶ。
「やめろ! やめろォ!」
その言葉を最後に、突如チャットは口から大量の血を吹き出しこと切れた。それは本当に一瞬の出来事であった。
「……イルブリーゼだって?」
確かにチャットは最後の瞬間そう言っていた。
「なんでイルブリーゼに《ヘキサグラム》が……?」
魔王軍大幹部の一人が、王都イルブリーゼにいるとは、シュウもティアも信じられなかった。
だって、だって……もしそれが本当なら――。
「……確かめるためには行くしかないわね」
ユーリの言葉に、シュウもティアもフロルもコクリとうなずいた。
四人は急いで盗賊団のアジトを脱出し、外で待機していたロッドに飛び乗り、王都イルブリーゼを目指す。
「……にしてもユーリ。なんで黙ってたのよ」
ティアはユーリを訝しむような目で見つめる。
「……ごめんね。でも、人間じゃないってわかったら……」
「ティアはそんなこと気にしない。――でしょ」
シュウは横目でティアをみやり言った。
「シュウの言う通りよ!」
すると、ユーリは一筋の涙を流した。
「……ありがとう」
「そういえばユーリさん。さっき何で魔法使わなかったんですか?」
ユーリはいつものようにニコリと笑って答えた。
「私は魔法使えないの」
「「え~!」」
シュウとティアは顔を見合わせて驚いた。
「だって、ポポの話によるとエルフは魔法が使える種族だ、って…」
シュウの言葉に、ユーリは顔を赤らめながら頬を膨らした。
「もう。いいでしょ、魔法使えなくても!」
こんな表情をするユーリをシュウは初めて見た。もしかしたら、これがユーリの素顔なのかもしれない。そんな顔を初めて見せてくれたユーリに、シュウはこれ以上何も言う気はしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます