―伝説の古都 ロステシア―
じりじりと照りつける太陽。眼前にはどこまでも続く砂の景色が広がっている。植物もいっさい見当たらず、ただ、さらさらとした砂があるだけだ。
ここは――死の砂漠『インフィニティデザート』。
シュウとティアはポポの感じる力の波動を頼りに、ひたすら砂漠を歩いていた。
「ねえ……ポポ、まだ遠いの?」
《――いえ。かなり近づいてはいるんですけど……》
「でも、砂しか見えないわよ……」
波動を近くに感じているらしいが、ティアの言うように辺りには、砂しかない。
……と、何やらザザザ……、という音が聞こえてくる。二人が音のする方へ歩いていくと、巨大な流砂がそこにあった。
「シュウここは危険よ!」
巨大な流砂はだんだんと大きくなっている。早く離れたほうがよさそうだ。
しかし、ポポは言う。
《――この奥から波動を感じます》
「この流砂の奥から……。なら……飛び込むしかないっ!」
シュウは躊躇せず流砂に飛び込んだ。不思議と恐怖は感じなかった。
「あっ! あんただけ行かせるわけにいかない!」
続けてティアも流砂に飛び込んだ。
二人は流砂にのまれて沈んでいった。二人は気を失い下へ下へと落ちて行った……。
……どれくらいの時間気絶していたんだろう? 心地よい涼しさを感じる砂の上でシュウは気が付いた。口に入ってしまった砂をペッペと吐き出す。横にはティアが倒れていた。
「ティア! ティア! 大丈夫?」
シュウが呼びかけると、ティアも気が付いた。
「う……ん……ここは……?」
「良かった。気が付いたみたいだね」
「もう! なんでいきなり飛び込むのよ。危ないでしょ!」
「僕はポポを信じているから」
《――シュウさん……ありがとうございます》
ティアはむっとした顔で、
「それにしても、普通いきなり飛び込む?」
むっとするティアをなだめて言った。
「なんか奥に道が続いているみたいだよ」
天井から床まで石造りで出来ている道が奥の方まで続いている。壁に触ってみるとひんやりとした感触が伝わってくる。壁にはところどころに、奇妙な幾何学的な図形が描かれている。
二人は奥へと進んでいく。一本道だったのがやがて、分かれ道になりそのまた先はさらに分かれ道になっている。さながら迷宮のようだ。
「どんだけ広いのよここ?」
ティアは憔悴しきったような顔でそう言った。
ティアがそう言うのも分かる。それだけ広大で入り組んだ迷宮が広がっていたのだ。確かに、ここにオーブがあっても不思議ではない。……だが、一体誰が何のためにこんな場所を作ったのだろうか? そんなことを考えながら、シュウは迷宮を先に進んでいた。
ポポの感じる波動を頼りに迷宮を進むシュウとティア。二人はやがて、巨大な四角錐型の建造物を目の当たりにした。
「こ……これは……ピラミッド」
「ピラミッド?」
目の前に見えるそれは、エジプトに存在するピラミッドに非常によく似ている。
「ピラミッドっていうのはね、僕がいた世界にあった建造物なんだ。世界に存在する不思議の一つとされていた」
「そのピラミッドがなんでここに?」
「わからない。でも似ているだけで、実は全然別物かもしれない」
二人は、ピラミッドのような建造物の中に足を踏み入れた。内部は広い空間になっていて、厳かな雰囲気を放っている。通路や階段の類は一切存在せず、シュウの知っているピラミッドとは違うようである。
その時……低い声が聞こえてきた。
「やはり……来たか。待っていた甲斐があるというものだ」
声の主が二人の前に正体を現す。人……ではなかった。魔人と呼ぶにふさわしい外見だ。黒の少し長めのショートヘアで、丈の長いロングコートを羽織り、背には悪魔のような翼が生えている。すらりと長い黒の尾は、それ自体が鞭のようにも見える。
熱のこもっていない冷たい鉄のような声。
「フフフ……まあ、慌てるな俺は別にオーブが欲しいわけじゃあない」
「なんだと?」
「俺は戦いたいんだ……強い奴と。魔王軍大幹部『ヘキサグラム』――《
ジンは目にも止まらぬ速さで鞘から剣を抜いた。瞬間、驚くことに、剣を抜く際の衝撃波が二人に向かって飛来する。かろうじて、二人はそれぞれ横に跳んで衝撃波を避ける。
「俺の【ソニックブーム】をかわすとは、やるな……。さすが、アトラが言っていた通りだ」
シュウは【
ジンは狩人のごとき瞳でシュウを睨みつけた。
「お前か不思議な術を使う小僧というのは……。面白い。これを受けてみろ!」
【
激突の瞬間つぶった眼を開けたシュウは驚くべき光景を目にした。
信じられないことに、ジンの目の前には地割れが起こっていた。地面に残った深い傷跡。底が見えないくらいの地割れ。それを、目の前の男は剣の一振りで生み出したのである。
ティアはジンに向かってダッシュし、水平に切りつける。
しかし、ジンは素早い身のこなしでそれをかわした。
「くらいなさい! 【アブソリュート・ゼロ】」
しかし、ティアがジンを一閃する前にジンの剣はティアを吹き飛ばした。
ジンの剣をまともにくらってしまったティアは激しい痛みのせいで立ち上がることが出来ない。
「……つ…強い」
ジンは壁でうずくまるシュウとティアを見て
「……つまらぬ。つまらぬぞぉ!」
シュウは【ヘルフレイム】を唱える。炎はジンを包み込んだ。
「炎だと? だが……こんなもの……ぬぅあ!」
炎はジンにわずかなダメージを与えただけで、彼の気合いによってかき消された。
「くそ……【ヘルフレイム】が……マジかよ……」
「この程度かぁ? この程度なのかぁ?」
ジンはまだ全然暴れたりないというふうに叫び続ける。
――力。純粋なる力は時として何物をも凌駕する最強の武器となりうる。小細工など通用しようもないほどの。
狂戦士のような力を持つこの男に勝つ術はあるのか……、シュウの頭に不安がよぎる。一度頭をよぎった不安はまるでプールを満たす水のようにシュウの頭の隅々まで広がっていく。
しかし彼の不安を打ち消すように、シュウの頭の中に声が聞こえた。
《――だいぶ苦戦しているようじゃないか》
「ゼロ!」
《――奴は強い。力だけなら魔王ゼルネスと同等と言っていい。だが、きみにもそれに対抗できる力があるじゃないか》
「ジンに対抗できる……力?」
《――思いの力さ》
そして、ゼロの声は途切れた。
……思いの力。戦いにかける意志の差。僕は……ここで、ジンに負けるわけにはいかない! シュウは強く、強くそう思った。
気づくとシュウは立ち上がっていた。振るえる足で、けれど目はしっかりとジンを見据えて。
「ほう……いい心意気だ」
「シュウ……」
ティアは壁にもたれかかりながら、シュウを見つめた。彼の体は爆発の衝撃でボロボロだ。シュウは壁に手をついてようやく立っているような状態だ。
「貴様らの強さ、言う程ではなかった。……残念だよ。終わりにしてくれる! 【
ジンが頭上で剣をすさまじい速さで振り回す。すると、無数の【ソニックブーム】が起こり、それは降りしきる雨のように降りかかる。
しかし、シュウに不思議と動揺はなかった。彼の心は湖のように穏やかだった。
目を閉じる。そして、頭に自然と浮かんだその言葉を唱える。
「――【サイコキネシス】」
途端、雨のように降りかかろうとしていた無数の【ソニックブーム】は空中で停止した。
シュウは、ジンに右の手のひらを向ける。
その時、空中で停止していた無数の【ソニックブーム】はジンに目がけて一斉に飛んでいく。
「なんだと? まさか……そんなことが……。グハァ!」
無数の【ソニックブーム】によって全身を切り刻まれたジンはその場に倒れ伏し、やがてこと切れた。
シュウは自分の手を見つめ、
「……やったのか?」
ティアが立ち上がって駆け寄る。
「シュウ、今の……何したの……?」
「……分からない。ただ、ここで死ぬわけにはいかない。必死にそう思ってたら……出来た」
「ま、初めから、あなたって訳わかんないもんね」
「う、うるさいな~!」
互いに肩を取り合い、足を引きずりながらも広場の奥に進んでいく二人は、三角錐のオブジェの上に光り輝く玉を発見した。
「これが『地』のオーブ……」
ティアがオーブに手を触れると伝説の剣が光に包まれ、辺りが眩い光に包まれた。
眩しさのあまり、二人は目をつぶる。
目を開くと、そこにオーブはなく、ティアの着けていたネックレスに茶色の小さい玉が一つ増えていた。琥珀色の不思議な光を放つ小さな玉。
「ふう。なんとかオーブを手に入れたわけだけど、どうやって帰ろうか?」
シュウとティアは流砂にのみこまれてここまでやって来たのだ。そのため、地上に戻る方法はシュウには見当もつかなかった。後先考えず飛び込んだツケが回って来たってわけだ。しかし、その一方でティアは、
「大丈夫。あたしに任せて」
「任せてって言ったって……」
すると、ティアは剣を上に掲げて、目を閉じる。ティアを囲むように小さな砂嵐が巻き起こる。巻き上げられた砂は上へ上へと登っていく。そして、ティアが目を開き【
「さあ、行くわよ」
「でも、どうやってあそこまで上がるのさ?」
「あ……」
どうやらティアは上がる手段まで考えていなかったらしい。これからどうしてよいものやら。シュウは途方に暮れる。
……と、小鳥の姿に戻ったポポが何かを見つけたようだ。
《――見てください。これ、何でしょう?》
ポポが見つけたのは、円錐状のオブジェの上に鎮座するひし形の水晶だった。
「これは……?」
その時、またあの声がシュウの頭の中に響く。
《――フフフ、どうやら困って見るみたいだね》
「……ゼロか。君はひょっとしてこの場所を知っていたりするの?」
《――僕が? どうして?》
「僕には何故かこの建造物や迷宮はずっと昔の人が作ったものだと思うんだ。だから、ずっと前から存在するゼロなら何か知ってるかもなあと思って……」
《――相変わらずきみは面白い奴だな、シュウ。うん。僕はこの場所を知っている》
本当に? なら、教えてくれよ!
《――うーん……まあ、いいよ。無事にオーブを手に入れてくれたみたいだし。ここは元は国が栄えていた土地だった。かつて存在したその国の名は『ロステシア』。高度な文明を持ち、イルブリーゼに並ぶ大国だった。しかし、あるとき、霧のように消えたのさ。何故だかは僕も知らない。『ロステシア』が消えてから豊かだった土地は急激に衰え、やがて砂漠になった。まさか、地中に沈んでいたとは思わなかったよ》
「ここにそんな歴史があったなんて。でも……どうやって出ればいいかは分からない……」
《――いや。僕の話はまだ終わってない。霧のように消えてしまった『ロステシア』だが、時折その姿を見かけたという人もいた。》
「消えてしまった国が、かい? そんなバカな。」
《――もちろん、当時は暑さによる幻覚とか言われてた。でも……こうは考えられないかい? 優れた技術を持っていた『ロステシア』は……地上と地下を自由に行き来することが出来た》
「……そんなこと可能なのか?」
《――僕にもわからない。でも今まで言ったことに嘘りはない。そして、その水晶。その水晶からエネルギーを感じるのもまた事実だ》
この……水晶から……。
シュウは水晶を握ってみた。しかし、何も起こらない。ただのきれいな結晶。
結晶を握りしめ考えこむシュウを見て、ティアは尋ねた。
「いきなりどうしたのシュウ?」
「……もしかしたら上に上るカギはこの水晶かもしれないんだ」
そんなシュウをティア訝しむような目で見つめた。
「これが? まっさか~」
ティアは水晶を手に取りまじまじと見つめた。そして、何を思ったか、突然壁に投げつけた。
「ティア? 何するの!」
「いやあ、衝撃を与えたら何か起こらないかな~なんちって」
そんなことあるわけ……とシュウは思った。しかし、その思いとは裏腹に、壁に当たった水晶は急に淡い光を帯びだした。光はだんだん大きくなり、周りをまばゆく包み始めた。
ゴゴゴ……という大きな振動が起こる。
「な、何だ?」
「地震?」
二人は立っているのが精一杯だった。やがて、揺れは収まった。
「ふう。何が起こったんだ?」
外に出ると、そこは石造りの通路ではなく、嫌になるくらい広大な砂漠が広がっていた。
「やった! 戻ってこれた!」
ティアは手を叩いて喜んでいる。
「やっぱり……水晶がカギだったのかな……」
しかし、再びゴゴゴ……という、地響きとともに辺りが揺れだす。そして、巨大な四角錐の建造物は再び地中に沈んでいった。
古の街は再び永い眠りにつくかのように、ゆっくり、ゆっくりと砂の中へ沈んでいく。そして、やがて見えなくなり、そこには流砂があるだけとなった。
シュウとティアは疲れたのか、ほっとしたのか、その場に仰向けに倒れた。
ポポだけがそんな二人の上をパタパタと元気よく飛んでいた。
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