―アブソリュート・ゼロ―
ティアは階段を走っていた。持てる力の限り、全力で走っていた。
シュウがメイトをくい止めている間に早くオーブを手に入れなければ。――早くしないとシュウが死んでしまうかもしれない。その思いがティアを焦らせる。つたう冷や汗は、彼女の焦りを象徴していた。
灯台の頂上に着くと、青い光を放つ球体――〈水〉のオーブがそこにあった。
ティアがオーブに手を触れたと同時に、伝説の剣がまばゆい光を帯び始めた。
あまりの眩しさに、目がくらまないように咄嗟に目をつぶる。
やがて、光がおさまって目を開くと、オーブがあった場所には、ネックレスがあった。ネックレスには澄んだ海のように青い玉が一つついている。ティアはそれを手に取り、首に着けてみた。
すると、剣を握っている自分の手に不思議と力がみなぎってくるのを感じた。眠っていた何かが目覚めていくような、そんな感覚。もしかしたら、このネックレスはオーブ……?
深呼吸を一つして、ティアは階段を駆け下りた。
広間に着いた、ティアに凍てつくような冷気がまとわりついてくる。
次の瞬間、自分の目を疑うような光景を目にする。シュウが凍っている!
急いで彼の下に駆け寄るティア。
「シュウ!」
凍りついてしまったシュウの前には無表情でティアを見つめるメイトがいた。その背後には大きな、けれどすべてを忘れてしまうほどに美しい女性が立っている。
メイトはティアを冷たい目で見つめると、
「……安心してあなたもすぐに同じようにしてあげる」
【ダイアモンドダスト】メイトがつぶやき、後ろの女性が息を吹きかける。冷気はティアに猛然と襲い掛かる。ティアは下半身から徐々に凍りついていく。
メイトはくるりとティアに背を向け歩き出す。
「……さない」
メイトは振り返ってちらとティアを見る。
「私はあなたを許さない!」
その言葉と同時にティアを包む氷は砕け散った。
「……!」
メイトは表情を変えないが、その目からは驚きが感じ取れた。
ティアは剣を手に、メイトに向かって突撃を仕掛ける。剣はメイトをとらえたものの、やはり次の瞬間には氷となって砕け落ち、メイトはティアの背後に立っていた。
「……何度やっても無駄。あなたに私を傷をつけることはできない」
ティアはすっくと立ち上がり、
「それはそうね。だって今のあなたには実体がないもの」
「っ! まさか……気づいたっていうの?」
「あなたは妖精たちの力を借りて自分の実体を空気中の水分で形成している。水の妖精だもの、可能だわ。あたしの攻撃を受けたあなたは空気中の水分を凍らせ、言うなれば自分の分身を作り出した。だから、あなたに物理的な攻撃は通用しない。すぐに分身を作ってしまうもの」
メイトは少し焦ったような表情を浮かべ、
「……褒めてあげるわ。でも分かったからって何? あなたには何もできない!」
メイトが【ダイアモンドダスト】を放つ。
ティアの剣がメイトを一閃する。すると、メイトは氷となって崩れ落ち、ティアの背後に現れる。しかし、背後に現れたメイトも氷となって崩れ落ちた。
「【アブソリュート・ゼロ】剣の軌跡はすべてを凍結させる。……空気までも」
ティアは剣を鞘に納め、凍りついたシュウのもとに駆け寄る。
「シュウ……どうしてよ……死なないでって言ったのに……!」
氷塊となったシュウを抱き、ティアは目に涙を浮かべる。こらえることなど出来なかった。朝の喧嘩が嘘みたいだ。こんなことなら灯台に来るんじゃなかった。オーブなんてどうでもいい。シュウと一緒にずっとレスタ村で穏やかに暮らしていた方がよかった。
いくつもの感情が湧いては消え、湧いては消えを繰り返す。
やがて涙のしずくがぽたりと氷塊となったシュウに落ちる。その時、突然氷が解け始めた。同時に壁を覆う氷も解け始めている。
「……え……?」
ティアは少し困惑していた。
やがて、氷は完全に溶け、シュウは目を開ける。
「……ティア?」
「バカ! 死んだかと思ったじゃない!」
ティアはシュウに抱き着いてむせび泣いた。シュウはそんな彼女を見てそっと手を回し
「……心配かけてゴメン。……声が聞こえたんだ」
「……声?」
「ティアの泣いている声が聞こえたんだ。そしたら……お前はまだ死ぬ時ではない……って声が聞こえて、それで……」
どうしてシュウの氷が解けたのかティアには分からない。けれど、ティアにはそんなことどうでもよかった。シュウが生きてる。それだけでティアは心の底から嬉しかった。さっきの独り言まで聞こえてたらちょっと恥ずかしいけど……。
二人はしばらく手をつないでじっと座っていた。安心したのか、それまでの疲れがどっと出てきて歩けなかったのだ。そんな時、突如シュウの頭に声が響いた。
《――タイミング悪いと思うんだけど、ちょっといい?》
これは聞いたことがある声だ。……そうか、ゼロだ!
《――ティアがオーブを手に入れてくれたおかげで僕は力の一部を取り戻した》
「そうか、よかった。……なら、お礼はティアに言ってくれ」
《――ティアはきみを救うために必死だったよ。僕には分かる。いい相棒だね》
少し照れくさいものを感じた。
《――力を取り戻したって言っても、こうしてきみと自由に話せるくらいさ》
「えっ? だってオーブを手にしたことで、ティアはあの少女――メイトを倒すことができたんじゃないのか?」
《――それは半分当たって、半分間違ってる。あの少女を倒したのはティアの力だ》
「……ティアの力?」
《――そう。彼女はきみが殺されたと思って、少女に激しい怒りを抱いた。その怒りが彼女を覚醒させた。大体、おかしいと思わなかったかい?》
「……おかしい?」
《――僕は仮にも『伝説の剣』と呼ばれている存在。普通の人間に僕を扱うことはムリだ》
「……それはイルブリーゼの王様も言っていた。もしかして、ゼロ、きみは知っているんじゃないか? ティアの過去を。そして、君の言う、力の秘密を」
《――きみはするどいね。確かに僕は知っているよ。でもそれを話すべきではない》
「……話すべきではない? なぜ?」
《――女性の過去を詮索するべきではないよ。さて、僕はまた少し眠るとしよう。またきみに話しかけるかもしれないからよろしく。僕さみしがりだからさ》
そして、ゼロの声は聞こえなくなった。
「また、ぼーっとしてる」
泣き止んだティアが僕を見て言った。
ティアが伝説の剣を使いこなせる理由……それは何なんだろう?
「でも……本当に良かった。生きてて……」
「ティアが……助けてくれたんでしょ」
ティアは少し照れたような表情を浮かべる。
「もうオーブも手に入れたし、いったんイルブリーゼに戻らない?」
……王様も確か城に寄ってくれと言っていたし、ティアの言うようにいったんイルブリーゼに向かった方がよさそうだな。
僕らは重い腰を上げて、らせん階段を降り始める。
灯台の外では漁師のおじさんが、こちらを見て口笛を吹きながら手を振っていた。それがなんだか可笑しくて、でもちょっと恥ずかしくて。
手をつないで歩きながら僕とティアは微笑んだ。
眼前には澄み渡る青空が広がっていた。
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