―灯台の妖精―

 翌朝、情報収集のため、町の人たちにあの塔のことを聞いて回った。

 多くの人が怪訝そうな顔をして何も語ってはくれなかったが、町のはずれに住むきさくな漁師さんが快く話してくれた。

 聞くところによると、あの塔は灯台でいつも不思議な光で、海を遠くの方まで照らしていたという。しかし三年ほど前から出入りすることを禁じられたため、今は誰かが出入りすることもなく、中はどうなっているのか不明だというのだ。

 漁師さんに船で灯台まで送ってもらえないか頼んでみたところ、彼は快く承諾してくれた。


 漁師さんには灯台のすぐそばで待機してもらえることになった。

 灯台は見上げるような高さだ。壁は白一色に塗られている。果たしてこの塔のてっぺんにオーブはあるのだろうか……。

 船を下りた僕たちは、そびえ立つ灯台に足を踏み入れる。

 灯台の中は広間があって静かだった。らせん状の階段を上ると、また広間があった。どうやらこの灯台は階層構造になっているらしい。

 階段を上るたびだんだん疲れてくるが、めげずにどんどん階段を上に登っていく。何しろ長い階段で、時折窓から入ってくる、潮風が心地よかった。

 階段を上り続け、てっぺんのひとつ前の広間にたどり着いた時だった。

 人影が見え、ティアは剣を構える。灯台には三年ほど前から人の出入りが禁じられているはず。見えた人影は一体……?

 天辺へと続く階段の前に立っていたのは小柄な少女だった。

 手には杖が握られている。杖の先っぽには宝石のようなものが取り付けられている。銀色のショートヘアーで薄ピンク色の薄いローブを身にまとっているというその出で立ちは不思議な雰囲気を醸し出していた。

 「…………」

 少女は虚空を見つめて沈黙している。

 沈黙を続ける少女に尋ねる。

 「きみはここで何を……?」

 しかし、少女はなおも沈黙し続けている。

 ……と、そんな時、静寂に包まれていた広間にパタパタと音を立ててやって来るものがあった。それは絵本で見たことがある妖精の姿をしていた。大きさはちょうど中指くらいで、背中には四枚の羽が生えていた。きちんと服も着ているし、靴も履いていた。少女が小さな手のひらを開くと、妖精はちょこんとそこに座った。

 するとようやく少女は口を開いた。

 「……消えて」

 その一言だけだった。少女は今だ虚空を見つめている。

 「悪いけど、あたしたちはあなたに構っている暇はないの。そこどいてちょうだい」

 ティアが少し強引に進もうとしたその時、僕はなにか得体の知れない寒気を感じた。それの正体は不明だが、ほとんど無意識に僕はティアを後ろから突き飛ばしていた。

 その次の瞬間、僕の背中をすれすれに青い光が壁に向かって飛んだ。光は少女の持つ杖の先の宝石から放たれていた。光が当たった壁は表面が凍り付いている。

 「……危なかった。いきなり何するんだ!」

 【夢幻変化トランスメイト】僕がつぶやくと同時に、ポポは光に包まれ剣に姿を変える。

 「……消えて」

 少女は先ほどと同じことを言って、また杖の先から青い光が放たれる。何とか避けられたが、光の当たった壁はやはり凍り付いていた。

 「あなたヘキサグラムの一人ね。オーブを渡すわけにはいかない!」

 ティアも剣を抜いた。

 「……何だ知ってたの。……そうよ。私は、魔王軍大幹部ヘキサグラム――《召喚士サモナー》メイト」

 メイトは杖の先を妖精にこつんと当てた。すると、妖精は宝石に吸い込まれて、宝石は青白い光を帯びた。

 この小柄な少女もヘキサグラムである以上、あのすさまじい強さで〈風〉のオーブを持ち去った、《戦乙女ヴァルキリー》――アトラと同等の実力を持っているということだ。華奢な見た目で油断してはいけない。

 僕が【ヘルフレイム】の呪文を唱え、剣の先からメイトに業火が襲いかかる。

 しかし、メイトは全く物怖じしない。

 表情一つ変えず迫りくる業火を見つめ、彼女は【フリーズミスト】と唱える。すると杖の先から、波状に氷が連なって業火を包む。

 ……業火が凍り付いている。それだけにとどまらず、冷気は剣を握る僕の手にまで伝わってきた。

 だが、僕がそうしている間にもティアはメイトの背後に回り込んでいた。すかさずメイトに向かってダッシュし、剣を突き刺す。

 銀色に輝く剣は見事にメイトの背中をとらえた。

 しかし、剣を突き刺されたメイトは突然氷になってバラバラに崩れ落ちる。

 気づくとティアの真後ろにメイトが立っており、彼女の【フリーズミスト】がティアを襲う。

 僕はすかさず【ヘルフレイム】を唱えた。炎は凍らされてしまうかもしれないが時間稼ぎにはなった。ティアは何とか【フリーズミスト】から逃れることができた。

 「……強い」

 ティアのつぶやきを聞いてか、メイトが話し始める。

 「……消えてといったはずよ。私は別にあなたたちを殺したいわけじゃない。ただ目障りなだけ……。ここから去るのなら見逃してあげる」

 「あなたはオーブを取りに来たんじゃないの?」

 「オーブ……? ……この塔はこの子――妖精さんの居場所。あなたたちは……邪魔なの」

 この灯台は妖精の居場所? 彼女はオーブが目当てでここに来たんじゃないのか?

 「せやあ!」

 僕は彼女に剣で切りかかるも、ティアの剣が彼女を突き刺した時のように、突如メイトが氷の塊となって崩れ落ち、僕の背後に現れる。くそ……一体どうなっている? なぜ、攻撃が通じない? 斬撃が当たっていないわけではない。確かに当たってはいる。だが、命中して瞬間、攻撃の手ごたえは急速に消えてなくなって、目の前にはメイトの氷像が崩れ落ちる。ただそれだけだ。

 メイトはいまだ無表情のまま。ティアは不思議な力を使いこなすメイトを見て、

 「……どういうことなの……あなたも魔法が使えるなんて」

 小柄な少女はクスッと笑い

 「魔法……面白いことを言うのね。私の力は魔法なんてオカルトなものじゃないわ。私はね――この子たちの力を借りただけ」

 そう言うと、彼女は杖の先の宝石を撫でた。

 メイトの、あの強力な冷気による攻撃は妖精の力ということなのか……? だが、妖精はなぜ僕らに敵対するようなことをするのだろう? まさか……メイトが妖精たちを操っているのか? 

 「妖精はなぜ僕らに敵意を向ける? お前が操っているんだろ!」

 「……世迷いごとを。私はゼルネスの命でここにきて、彼らの悲痛な叫びを聞いた。あの光――オーブと言ったかしら――がこの子達をこの塔に縛り付けているのよ。しかも、あなたたちが塔に近づくにつれて、どういうわけか光は強さを増した。まるで、妖精たちの生気を吸い取るかのように……ね。この子達があなたたちを、自分たちを滅しにきた侵略者だと思うのは自然なこと。……もう一度だけ言うわ。早くここから消えて」

 メイトの杖の先の光がそれに呼応し、より強くなっていく。

 ……だが、僕はここで、オーブをあきらめるわけにはいかない! 

 ティアの方に視線を向けると、彼女も同じことを考えているようだった。

 二人同時にコクンとうなずくと、ティアは階段をめざし、一目散に駆け出す。ティアに向かってメイトは【フリーズミスト】を放つ。しかし、僕は渾身の力で【ヘルフレイム】を唱え、ティアに放たれた冷気を帯びた光線を三秒くい止めた。

 「ティア……頼んだよ!」

 僕の方を振り返ったティアは少し涙を浮かべ、憂いに満ちたような顔で僕を見る。

 「……死なないでね」

 僕がニッと笑うとティアは天辺へ向かう階段を上がっていった。

 メイトは僕を睨み付け、

 「……あくまで、邪魔をするつもりのようね……」

 「僕はオーブを手に入れ、そして妖精も救って見せる」

 メイトが一瞬、笑ったように見えた。

 彼女は氷のような無表情のまま冷たい視線を僕に向ける。

 「……もういい。私はあなたを殺せばいい。……それだけのこと」

 メイトは今まで抑えていた力を開放するように、杖をくるくると回転させる。

 「……我に力を分け与えたまえ。召喚サモン――氷の女神ヘル」

 詠唱の後、メイトの背後に美しい女性が現れる。長いローブを身にまといその大きさは二メートルを超えるほどであろうか。現れた氷の女神ヘルは哀れなものを見るような目で僕を捉える。その瞳はなんだかとても、悲しかった。

 【ダイアモンドダスト】

 メイトが呪文を唱えると、ヘルはふう、と息を吹きかける。

 途端、広間のあらゆるものが凍りついてゆく。周囲の壁はすべて氷で覆われ、冷気が広間を支配する。僕も足の方から徐々に凍っていく。

 「ごめんな……ティア。約束……守れなかった……よ」

 一分と経たず、僕の全身は氷に包まれてしまっていた。

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