4章 ― 潮風の香りと妖精のワルツ ―

―港町 マーレ―

 王都を出発してから二時間ほど歩くと、マーレが見えてきた。

 潮風の匂いが香る港町。街並みも、漁村の風景そのものだが、不思議と街の人たちはあまり元気がないようだった。皆、仕事が忙しいのか、よそ者が嫌いなのか、変なものを見るようなまなざしを僕らに向けていた。

 僕が理由を尋ねようと町の人に声をかけようとしたところ、ティアに袖を引っ張られた。

 「シュウ。あたしたちは今オーブを探さないといけないんでしょ。この街のことはちょっと気になるけど……オーブの方が先よ」

 そういうわけで、僕たちはオーブに関する情報を町の人たちから聞いて回った。

 しかし、当てになりそうな情報は得られず、日が暮れてしまった。仕方ない、また明日聞いて回ろう。ティアも納得して、宿屋に向かった。

 マーレの宿屋での部屋はイルブリーゼのそれとは違い、藁のベッドがあるだけの実にシンプルな作りとなっていた。とはいえ、疲れをとるのには十分だ。藁の感覚がどことなく心地よい。僕はすぐに眠ってしまった。


 《――シュウさん、シュウさん! 起きてください!》

 ポポが騒ぎだし、何事かとベッドを飛び起きる。

 真夜中で部屋は真っ暗だ。しかし、特に妙な物音はしないし、不審な気配も感じられない。

 「ポポ、どうしたの?」

 《――あれを見てください!》

 ポポに言われるまま窓の外に視線を移す。

 窓の外には、淡い青い光が海に反射して輝くのが見えた。光は塔のような建造物のてっぺんから漏れ出していた。あの光は……もしかして……オーブ?

 「ポポ、力の波動はあの塔の方から感じる?」

 やはり…………とすれば、オーブはあの塔にあるに違いない。なら、早くティアに教えてあげないと!

 僕は、ノックをすることも忘れてティアの部屋のドアを開け放つ。

 すやすやと寝息をたてて眠っているティア。口をポカンと開けて、人差し指を口元にそっと載せているその寝顔に、僕はつい見とれてしまった。まるで女神のごとき相貌に僕はしばしの間すべてを忘れてしまっていた。……と見とれている場合ではなかったことを思い出す。

 「ティア! ちょっと、早く起きて!」

 しかし、声をかけてもムニャムニゃと寝言を言うだけで起きる気配がない。

 仕方なしに、肩をポンポンと叩いてやる…………と、目を開けた。そして、次の瞬間僕はグーでしばき倒された。

 「きゃあ~~~~~~! 何であんたがここにいんのよ!」

 殴られた右頬ガジンジンと痛む。女性のビンタ……いや、グーパンチの脅威を初めて知った。

 「いってぇ~。せっかく起こしてあげたのにグーはないだろ!」

 ティアは顔を噴火寸前の火山のように赤くして怒る。マグマは溜りにたまりいつ噴火してもおかしくない状況だ。

 「誰も頼んでないわよ! 早く部屋から出てけこのバカぁ!」

 僕はティアを噴火させまいと、部屋の入り口から恐る恐る言う。

 「バカって……はぁ、もういいや。ちょっと窓の外を見てみてよ」

 「窓の外に一体何が……ってこれ……」

 ティアもようやく窓の外に見える青い光に気づいたようだ。

 「もしかして……オーブ……?」

 「うん。僕もそう思う。ティアにも伝えないと、って思って駆けつけたんだけど」

 「それならそうと言えばいいじゃないのよ」

 「言う前に君がグーパンチしたんだろ!」

 「勝手に入ってきたあんたも悪いわよ!」

 ポポがまあまあと仲裁に入ったおかげで、ケンカはこれ以上発展しないで済んだ。

 結局、朝になるまでしっかり休んでから、あの光のことを調べることになった。

 しかし、あんなに大騒ぎするなんて……僕には女心が全く分からなかった。


 ティアはシュウが部屋を出て行ったことを確認し、誰もいない部屋でひとりごちた。

 「はぁ……。シュウに寝顔見られちゃったじゃない。恥ずかしくて、つい強く当たっちゃった……あたし……よだれ垂れてなかったかしら……?」

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