―戦乙女 アトラ―
王様に教えてもらった抜け道をたどっていくと、広い地下道に着いた。
中は暗闇に包まれている。たいまつに火をともして先へ進んでいく。地下道は先へ行けば行くほど入り組んだ構造になっていて、迷宮のようだった。
何が潜んでいるともわからないので、ティアはいつでも剣を抜けるようにしていた。
長い間歩き続けて、やがて、緑色に光る壁を発見した。
すると、ポポがこの先から波動を感じるという。壁でふさがれているし、どうしたものかと思っていると、ティアが剣を抜き、壁を一閃する。途端に壁は崩れ落ちた。
……こんな入り方でよいのだろうかと思った。
壁の奥には小部屋があった。
周りを石柱で囲まれた祭壇の中央には光り輝く物体があった。淡い緑色の光を放つ宝玉――〈風〉のオーブのようだ。
「これが……オーブ……」
ティアがオーブに手を伸ばそうとしたその時、突然一筋の閃光がティアの目の前を切り裂く。
閃光の先を見ると、見知らぬ女性が立っていた。
華麗な青色のロングヘアーで、青い瞳をした長身の女性。槍を携え、右手には先ほどまでティアの目の前にあった〈風〉のオーブが握られている。僕たちを見て、女性は口を開く。
「この〈風〉のオーブ、貴様らに渡すわけにはいかん」
女性はすさまじい威圧感を全身から放っている。いや、威圧感というよりは殺気か……。
いくら僕でも分かる。この人は相当強い。
「あなたは一体なんですか? そのオーブには世界の命運がかかっているんだ! 渡せるもんか!」
僕は声を大きくして言った。
すると、女性は微笑し、そして告げる。
「……だからこそ、私はゼルネス様の元へこれを持っていかなければならないのだ」
「あなた、魔物ね? なら、あたしもそれを渡すわけにはいかないわ!」
女性は少し沈黙した…………かと思えば、急に大声で笑って、
「フフフ……貴様、私を魔物扱いするとは……ムカツク小娘だ。冥土の土産に教えてやろう。私は六人の魔王軍大幹部『ヘキサグラム』の一人――《
アトラは天井付近までジャンプしたかと思うと、槍を構えて急降下する。ティアは一歩後ろにステップして、間一髪それをかわす。アトラはすぐさま追撃に出る。鋭い槍の先がティアの首筋をかする。
しかし、ティアも負けじと反撃に出る。アトラに向かって勢いよくジャンプ切りを仕掛ける。だが、渾身の一撃も槍ではじかれてしまう。
アトラはティアを見定め、再び槍の先を向ける。
「貴様ごときがゼロの所持者とはな……笑わせてくれる」
ティアの剣技はかなりハイレベルだ。しかし、剣は槍に相性が悪いのが常。さらに、その槍使いが魔王軍大幹部の一人である。このままでは……。
そうだ! 僕には魔法がある。
しかし、前回唱えた呪文をつぶやいても何も起こらない。何故だ……?
そうしている間にも激しい攻防のせいでティアの息は切れかかっている。どうして僕は肝心な時に何もできないんだ。……またティアを危険な目に合わせるのか?
その時だった。僕の頭に自然と言葉が流れ込んでくる。【
「シュウ……?」
ティアは僕の方を知らない人でも見るような目で見つめている。
「貴様……何をした?」
言い終わると同時にアトラは標的を僕の方に変えて、槍を携え飛びかかってくる。僕はそれを何とか剣でいなした。
「その剣の輝き……貴様何者だ……?」
アトラは再び槍を構えたかと思うと、僕の視界から消えていた。しかし次の瞬間、剣を握る右手が勝手に動いたかと思うと、僕はアトラの槍を弾いていた。……ポポだ。僕には閃光のような速さのアトラの槍をみきれなかったが、ポポには分かったのだ。アトラの動きが。
全く……ポポには助けられてばかりだな。
僕は槍を弾いたあとすかさず呪文を唱える。
「【ヘルフレイム】」
剣の周りを渦巻くように現れた業火はアトラに向かっていく。しかし、アトラは槍を一振りすると、信じられないことに業火は切られてしまった。業火を消し去るほどの風圧を、アトラは槍の一振りだけで生み出したのである。
「まさか、剣から炎が出るとは……。驚いたが、これしきでは私は殺せんぞ、小僧」
よもや、【ヘルフレイム】が通じないなんて……。
もう一度、呪文を唱える。再び剣先から業火がアトラに向かっていく。
「何度やっても無駄だ!」
やはり業火はアトラの槍の風圧でかき消されてしまう。…………だが、
「それくらいの隙があれば十分よ!」
業火が放たれる前に飛びかかったティアが、髪をなびかせ、アトラに切りかかる。
「ッ!」
アトラは素早く横にステップしたがティアの攻撃は避けきれず、剣先は彼女の肩を腕をかすめる。
一人では到底勝てない相手だ。だけど、今みたいにティアと力を合わせれば勝てるかもしれない。僕の剣――ポポも僕の心を感じ取ったように強く輝き始めた。
「…………ここはいったん退こう。だが、忘れるなこの世界を導くのはゼルネス様だということを!」
そして、アトラは煙のように消えた。またしても、見きれないようなスピードで攻撃を仕掛けてくるのかと思ったが、彼女の発する威圧的な気配は消えていた。
僕もティアもその場にへたり込んだ。ポポは元の姿に戻って、また僕の肩にとまった。
「ふぅ。何とか助かった。ありがとうティア」
しかし、当の彼女は顔を少し赤らめて
「あんたもね……ま、ありがと」
ヘキサグラムの一角、
ティアは下を向いている。
「…………」
何やら考え事をしている。そして、僕を見てつぶやいた。
「シュウ……オーブどうしよう?」
そうだった! 結果として、『風』のオーブは彼女に奪われてしまったのだ。奪い返すにも、彼女はどこへ消え去ったのか、僕らには分からない。少し悩んで、王様に相談することにした。
地下迷宮を出ると、イルブリーゼの景色はそれまでとは全く異なるものだった。美しかった街並みは、それまでとは打って変わり、建物と焼け跡がそこらにたくさん残っている。にぎやかだった町の人々の声も、今はむせび泣くような声ばかりが聞こえてくる。一体何があったんだ。そう思って城へ向かう足を速める。王都同様に、イルブリーゼ城もかなりの被害を受けていた。庭園には焼け跡が残り、城壁にもひびが入っているような箇所が散見された。
門番は……いない。城内へ踏み入ると、中も荒らされたような跡が残っている。騎士たちは皆、傷を負っているようだった。
僕とティアを見つけた騎士の一人が
「お前たち……王様がお呼びになっていた……はやくいけ……」
急いで謁見の間へと向かう。王様は僕らを見て震えるような声で言った
「オーブは……どうなった?」
「……すみません」
王様は虚空を見上げ
「実はな、お主らがこの城を出て行った少し後に、魔物達が攻め入って来たのじゃ。わしたちは応戦したが、魔物達の攻撃はすさまじく……この有様じゃ」
「オーブは見つけたのですが、魔王軍幹部によって奪われてしまいました。力が足りないばかりに……すみません」
王様はなおも虚空を見上げている。
「……お前たちはオーブを探しに行くんじゃろう。当てはあるのか?」
僕はポポに聞いてみた。すると、ポポは
《――南の方でしょうか……力の波動を感じます》
僕は王様に報告した。
「南方に行ってみようと思います」
王様は頭の上に疑問符を浮かべるように
「ふむ……しかし、南にはオーブがあるような大国は無いぞ? マーレという港町があるだけじゃが……それでも行くのか?」
僕がうなずくと、王様はティアを見て
「ティアよ、前に進むのじゃ。伝説の剣の所持者として……。出来る限り、わしらも手助けをしようと思う。マーレから帰ってくるときは一度この城に寄ってくれ。では……武運を祈る」
僕は心なしか王様が少しだけ怪しい笑みを浮かべた気がした。
王様からの応援の言葉を受けた僕たちはイルブリーゼを出発し、港町マーレに向かった。
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