―剣光一閃!! その時少年は何を思う―
宿屋のベッドに寝そべってまどろみながら、手を握ったり開いたりを繰り返す。
「今頃、皆何しているんだろう……」
僕がいなくなったことで、大騒ぎになっているのかな……。母さんと、父さんはどうしているだろう?フミヤは? ユッズは? 学校はどうなってるのかな……。宿題出せなかったな……。
頭の奥からいくつもの不安が押し寄せてくる。僕はこのままでいいのだろうか? いつになったら帰れるんだろう? 不安は僕の頭の中で渦を巻いて、思考をぐちゃぐちゃに掻き回す。
僕は枕に顔をうずめて、一人震えていた。
窓の外から突然、悲鳴が聞こえてきた。
その声に僕は無理やり意識を呼び覚まし、飛び起きるようにして窓の外を見る。
黒いローブをかぶった集団が店を襲っているのが見えた。
大変だ……! こんな時にフロルはどこへ行ったんだ?
「ポポ! 手分けしてフロルを探してくれ!」
《――分かりました。シュウさんも気を付けてくださいね!》
外に出ると、街はそれまでと打って変わり、惨状となっていた。逃げる人を後ろから切りかかり金品を奪っていく黒装束の集団。丸腰の僕ができることは一刻も早く逃げることだ。早くフロルを見つけて、この街から脱出しなければ。だが、あちこちを見回してもフロルは見つからない。
「死ねえ!」
突然、上の方から声がした。
見上げると、黒装束の男が剣を手に僕に向かって落下してきている! しかし、恐怖で僕の足は震えて動かなかった。
もうダメだ。父さん、母さん……ごめん。そう思った次の瞬間、僕は急に右へ吹き飛ばされていた。
「いてて……」
隣には僕を突き飛ばしたであろう、緋色の髪の少女がいた。宿屋で目があったあの少女である。
「大丈夫? ここは危険よ、きみは早く逃げて!」
「でも……」
「私は大丈夫だから、早く!」
今まさに、黒装束が後ろから少女を切りかかろうとしていた。
「後ろ!」
「っ!」
少女は目にもとまらぬ速さで剣を抜き、そして相手の攻撃を防いだ。攻撃を防がれたことに驚く相手の一瞬の隙をつき、少女は相手を一閃した。次の瞬間、黒装束は地面に伏し、痛みに悶えていた。
「……すごい」
素直にそう思わされた。彼女の剣技はそれほど華麗なものだったのだ。
「逃げろって言ったわよね!」
少女は僕を睨み付けてそう言い放つ。
「だって、きみ、足を怪我しているみたいだったから」
「っ! でも……これくらい大したことないわ。死にたくないのなら早く逃げることね」
そう言い残して少女は走り去ろうとする。
僕は走り去ろうとする少女の肩をつかんで言った。
「待ってくれ! 友達を探しているんだ。青い長髪で、バンダナとマフラーで顔が見えないような変な奴見なかった?」
「いえ、私は見てないわ」
「……変な奴ってのは俺のことか、シュウ?」
街路樹の影の方からフロルが出てきた。
よかった……。早くこの街から出なければ……。本気で死ぬかもしれない。
「フロル! よかった無事だったんだね! 早く脱出しよう!」
しかし、言い終わるや否や、僕は異変に気が付いた。フロルの手には、傷ついたポポが握られていた。だが、状況が理解できない。
「フロル……ポポはどうしたの?」
フロルは僕の方を見て、嘲笑混じりに言った。
「ポポ? ああ……俺の周りをうるさく飛んでたからな、死なない程度に傷つけてやったよ。今は気絶してるだけだ。……ほらよ」
そう言って、まるで石ころか何かのようにポポを投げてよこした。もはや飛ぶ力も残って無いらしく、慌ててポポをキャッチする。
ひどく弱っている。羽がズタズタで痛ましい。話しかけても返事は無く、ピクリとも動かないそれは、ついさっきまで僕の周りで元気に飛んでいたポポだった。
「お前……フロルじゃないだろ……。フロルなら絶対こんなひどいことはしないはずだ! 正体を現せ!」
目の前の少年はふう、とため息を一つついた。
「……なんかもうめんどくさくなってきた。……お前ら、こいつらさっさと殺っちまえ」
すると、彼の背後から二人の黒装束が現れ、僕に切りかかってくる。
しかし、少女が二人の黒装束を剣で一閃した。
「コイツ……ヤバイ……」
少女は一歩後ずさりする。
「チッ……。てめえ、大人しくしてたらつけあがりやがって」
そう言うと彼は、腰から二本の短剣を取り出した。それは紛れもなくフロルのものだった。
「フロル……まさか……どうして」
僕はどうしていいのか分からなくなっていた。
フロルはそんな僕をお構いなしというように、少女に襲いかかる。
「っ!」
短剣は少女の左手をかすめ、少女の左手から血が流れる。鮮血は腕を流れ落ちてその滴が地面にぽたりと垂れた。
しかし、切られていたのはフロルもだった。少女の剣先はフロルのバンダナを切り裂き、彼の額をかすめた。
「やるじゃねえか女ぁ……」
僕はフロルの顔を初めてみた。そしてそれは僕に予想外の衝撃を与えた。彼の顔は僕の良く知る人物と全く同じと言ってもよいくらい似ていたからだ。
「フミヤ……?」
フロルの顔は髪型や瞳の色こそ違っているものの、フミヤのものだった。どういうことだ? フミヤもこっちの世界に来ていて、しかも僕を殺そうとしている? もうわけが分からない。
「ねえ……フミヤなの? 何でこんなことをするんだよ! お前どうかしたんじゃないのか!?」
「あっ? 何言ってんだ? まあいいか。お前ともここで永遠におさらばだしな」
「待ちなさい! そうはさせないわ!」
少女がフロルの前に立ちはだかる。
「お前はすっこんでな」
そういうや否や、フロルは短剣を指の先でくるくると回しながら、少女に突進した。
【
視界が徐々に狭まり……、やがて真っ暗になった。
凍てつく風に囚われた僕らは一瞬のうちに気絶してしまった。
「フロル様~大体終わりました~」
「よし、とっととずらかるぞ。お頭に報告だ」
「こいつらはとどめ刺さなくていいんですかい」
「言ったはずだ。なるべく犠牲を出すなと。それとも何か? 俺に楯突こうってのか?」
「い、いえ! そんな気はありません!」
「……シュウ……楽し……かったぜ」
「何か言いましたか?」
「何でもねえ、グズグズすんな! 早く行くぞ!」
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