1章 ― 出会い そして 始まり ―
―不思議な青い小鳥 ポポ―
――心地よい風が流れていく。
草の感覚が背中から伝わってくる。
裸足なので、足が少しくすぐったい。
目を開けると、周りは木々に囲まれていた。
どうやら気絶していたらしい。
「ここは――」
周りは木々に囲まれ、辺りには何の気配も感じ取れない。
僕は一体どうなったんだ? 覚えているのは、家に帰ってきて寝て、気づいたら変な場所にいて、そこにはあやしい爺さんがいて、爺さんの手が光ったと思ったら、目の前が真っ暗になっていった……。爺さんは時空間転移と言っていた気がする。つまり…………うーん、よく分からない。
自分の身に起きた出来事を振り返ると、おかしな出来事ばっかりで混乱してきた。僕はまだ夢から覚めていないということなのだろうか?
僕は草の上に寝そべって、空を見上げた。
……が、木々の葉が邪魔になってよく見えなかった。
「ふう……」
ため息をついて、僕はまた眼を閉じた。
意識を耳に集中させる。
さわさわと、微かではあるが、水が流れているような音が聞こえてきた。
……川でもあるんだろうか?
ここにずっと居ても退屈なので、僕は音の聞こえる方へ向かってみることにした。
音のする方へ歩いていく。遊歩道のようなものはなく、人が通った形跡も特には見られない。
そのまま、ぐんぐんと歩いていくと、だんだん水の流れる音が鮮明になってきた。
やがて、川に着いた。流れている水はとってもきれいで、川底にある石などがしっかり見えるくらいだ。
飲んでいい水か分からなかったので一瞬ためらったが、のどの渇きに勝てず飲んでみた。水は冷たくて、少しのどが渇いていたということもあって、とてもおいしかった。
「しかし、夢にしてはリアルにうまい水だなあ……」
考えてみると、本当におかしな夢だ。こんな夢は今まで一度も見たことがない。大体、リアル過ぎる。明日、学校に行ったら、フミヤに話してやろう。
僕は自分の腕を見やり、ふと思った。そういえば夏なのに全然暑くない。あの暑さは一体どこに消えたんだろう。それに、虫の声も全く聞こえてこない。
「まあ、夢だから何でもありなのかな」
僕はそう思うことにした。
……すると突然、川の上流の方で爆発のような大きな音がした。
「な、何だ!?」
僕は驚いて腰を抜かしてしまった。
何が起こったのかを確かめるために、川沿いを上流に向かって歩いていく。上流の方へ行けば行くほど、木々は鬱蒼としており、森の中は暗くなっていった。少し怖くなってきたが勇気を出して先に進むと、草が黒く焦げたようになっている所にたどり着いた。小さな爆発が起きたみたいだ。黒く焼き焦げてしまった草はあまり広範囲ではなかった。かなり大きな音が聞こえてきたと思ったけれども、そんなに大きな影響はなかったようだ。
「ん? あれは何だ?」
黒く焦げてしまった草の中心で何かが動いているように見えた。
恐る恐る近寄って見てみると、それはどうやら小鳥のようだ。全体的に黒い色をしている。ひどく弱っており、ひどい火傷を負っている。
「おい、大丈夫か?」
声をかけてみても反応がない。しかし、心臓の鼓動を感じられたので、かろうじて生きてはいるようだ。それでも、一刻を争うような状態だ。
「どうしよう。一体どうしたら……」
その時だ。頭の中に声が響いてくる。とてもきれいな声だ。
《――水へ…………私を川の水に浸してください……お願いします――》
もしかして、この小鳥が? どうして?
しかし、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。
僕は、川へ向かって駆け出した。
川に到着し、急いで鳥を川の水に浸す。
すると、不思議なことに、小鳥の火傷がみるみる治っていく。そればかりか、全体的に黒みがかっていたのが、翼は青色っぽく、腹の辺りは白っぽく変化してきた。不思議な雰囲気の小鳥だ。
そして、小鳥の目が開き、僕の手を離れて元気にパタパタと飛び始めた。
「治ったのか? ……良かった~」
僕はほっと胸をなでおろす。
「でも何で? 僕は川の水に浸しただけだし……。それに、見た目もずいぶん違うし……」
と、再び頭の中に声が響いてきた。
《――助けてくださってありがとうございます。あなたが助けてくれなければ、私はどうなっていたことか……。ただ感謝の気持ちでいっぱいです。》
この声は、さっきの! もしかして……やっぱりこの小鳥がテレパシーか何かで僕に話しかけているのか?
僕は小鳥の方を向いて、話しかけてみた。
「……僕の頭の中に響いてくる声は、もしかしてキミなの?」
《――はい。その通りです。紹介が遅れてすみません。私はポポといいます。》
「やっぱり、キミの声だったのか……。でもどうしてそんなことができるの? それに、今は元気みたいだけど……さっきのひどい怪我はいったいどうしたの?」
《――すみません。私にもよく分からないんです……》
「えっ? 分からないってどういうこと?」
《――爆発が起きて、ひどい火傷を負って……でも、それ以前のことがよく思い出せないんです。あの時は必死に誰かに助けを求めていて……。》
もしかして、爆発のショックか何かのせいで記憶喪失になってしまったのだろう。でも、鳥に記憶喪失ってあるんだろうか……。
「あの、えっと……」
《――ポポです》
「ごっ、ごめん! あのポポ……、キミはもしかして記憶喪失なんじゃない?」
《――記憶……喪失……》
ポポは近くの枝にとまって、何か考え事をしているようだった。急に自分は記憶喪失なんじゃないかと言われたのだから無理もない。
《! 危ない避けて!》
その言葉の直後、突然、矢が飛んできて、僕の左肩をかすめた。
木陰から、三人の男たちが現れた。皆、頭にバンダナをまいて、革製の衣服を身にまとっており、手には刀身が少し湾曲したような剣が握られている。
「おい、てめえ! 人の獲物を横取りするとは……ただじゃ済まさねえぞ!」
男はすぐにでも僕に切りかかろうとしている。見知らぬ男たちに切られる筋合いは無いので僕は必死に弁解した。
「待ってください! 横取りって何のことですか? 僕は鳥が火傷していたので助けてあげようと思って……」
「そいつは、俺らが仕掛けた罠にかかった獲物なんだよ! さっき大きな音がしただろ。あれは、罠に獲物がかかった時の合図だ。だが、俺らが罠を仕掛けた場所に戻ってみたら獲物がいねえ……。逃げ出したかと思って辺りを探してみたら…………人の足跡があった。それで、ここまで追いかけてきたってわけだ。靴も履いてねえその貧相な恰好から察するに、てめえノワン村の貧乏少年だな? あそこは貧しい村で有名だからな……。だが、人の獲物を横取りしようとする野郎を逃がすわけにはいかねえ。残念だがお前には死んでもらう」
男たちは僕を睨み付け、じりじりとにじり寄ってくる。
もし、ここで殺されてしまったら僕はどうなるんだろうか? ようやく夢から覚めるのだろうか?
「うらあ!」
男の一人が僕に切りかかってきた。僕はとっさに後ろにジャンプした。剣先は僕のパジャマの胸の辺りをえぐったが、かする程度で済んだ。かすったところから血が出ている。シャツに滲んだ血の色は、嫌に現実味を帯びた赤色をしている。僕はその色に恐怖を感じずにはいられなかった。本当に死んでしまうという不安が僕の心臓の鼓動を加速させている。
《――急いで!》
ポポが飛び立った。僕は無心にその後を追った。
「待ちやがれ!」
後ろからは男たちが追ってくる。裸足で走っているにもかかわらず、落ちている枝などを踏んだ痛みを感じている余裕はない。僕は必死に走り続けた。
だが、僕は運動が得意な方ではない。五十メートル走八秒二の僕と男たちの距離は徐々に狭まっている。
《――こっちです!》
僕はポポの後について角度をつけて右に曲がる。
「はあはあ……」
息が切れてきた……。後ろをちらと見ると、男たちに疲れている様子はない。このまま逃げ切れるとは思えない。
「っ!」
僕は木の根っこにつまづいて転んでしまった。
男たちは全員剣を振りかぶって襲いかかろうとしている!
しかし、次の瞬間、どこからか矢が飛んできて、一番後ろにいた男に刺さった。
「うっ……どこから飛んできやがった……」
「親分!」
襲いかかろうとしていた男たちは、矢が当たった男の方に向き直った。
……今がチャンスだ!
そう思った僕は急いで立ち上がって駆け出す。
「ばかやろう! てめえらは小僧を追え!」
手下と思われる男たちが再び追ってくる。
《――早く!》
僕は全力で走る。走る。走る。
森には木漏れ日が差し込み、出口が近いことを予感させる。
不意に石が飛んできたが、僕は何とか当たらずに済んだ。
森を抜けるとそこは切り立った崖になっていた。後ろを振り向くと男たちがもうすぐそこまで迫っていた。
「ハッ……ずいぶんと……ハァ……手こずらせてくれるじゃねえか」
前からは剣を振りかぶろうとしている男たち、背後には切り立った崖。……絶体絶命だ。
《――こうなっては仕方ありません!》
ポポが僕の右肩にとまった。
《――右手を前に!》
言われるままに僕は右手を前の方に突き出した。
ポポが早口で何やら言い出した。
すると、僕の右手が光だして……、小さな火球が飛び出した。
火球はプロ野球選手が投げる野球のボールみたいに前に飛んで、前方の男に命中した。
「な、なんだ!? 火が出たぞ!」
もう一人の男が慌てふためいた。火球が命中した男は、火傷を負ったようで、傷を手で押さえて悶えている。
「ちっ! ここは撤退してやる。覚えておけ!」
そう言うと男たちはまた、森の中へ戻っていった。
「……火が出た……」
僕は唖然としていたのだろう、ポポが話しかけてきた。
《――驚かせてしまってすみません。あのうお名前は……?》
「ああ、まだ言ってなかったっけ? 僕はシュウ。どうやら夢を見ているらしくて……僕もいまいち状況が理解できてないんだ」
《――シュウ……さん……。夢を見ているとはいったい何のことでしょう……?》
僕はこれまでの経緯をポポに話した。変なじいさんに会ったことや、体消えて行ったこと、目覚めたら森の中に倒れていたことなどだ。
《――シュウさん》
「ん?」
《――ここは、この世界はシュウさんの夢ではないと思います。少なくとも私は》
今ここで起きていたことは、夢ではない……。僕はそれを信じたくなかった。薄々分かってはいたのかもしれない、でも僕はそれを信じたくなかった。だって、そんなの意味が分からないじゃないか! 僕は疲れていつものように布団に入った。ただそれだけのことで、どうしてこんなことが起こるんだ。これが夢じゃなかったら……僕は、僕は……。
ふと、あの爺さんの言っていたことが思い出される。
「…………お前は何も分かっておらん」
そうだ、僕は何も分からない。これからどうすればいいんだろう……。
先ほどまで忘れていた足の痛みとともにどうしようもない不安が僕を襲ってきた。まるで、目には見えない巨大な何かが僕に圧し掛かってくるみたいに……。
《――あのシュウさん……早くここから逃げないと。またあの人達が襲ってくるかもしれませんし……》
「う、うん……そうだね」
歩き出そうとしたが、どうにも足が痛くて歩くのがままならない。
その時突然、僕の前方から矢が飛んできた。矢は、空を切って崖の下に落ちて行った。
森の奥からがさがさと音がしたので、またさっきの男達がやって来たのかと思って僕は身構えた。
しかし、現れたのはさっきの男達ではなく、少年だった。
少年は僕と同じくらいの身長で、顔はバンダナとマフラーで隠れていてよく見えない。耳も隠れるくらい長い青い色の髪で、手には革製と思われるグローブをしており、弓を持っていて、背中に矢筒を背負っていた。
少年が口を開く。
「おい、お前。さっきの奴らの仲間か?」
思っていたよりもずっと低い声だ。
「いや、違うよ。逆に襲われそうだった」
「そうか、さっきは矢を放ったりしてすまなかった」
「……何で急に放ったりしたの?」
「あいつらの、山賊たちの一味かと思ってな。……あいつらはここらで有名になっている山賊の一団でな。俺の村は……あいつらに全部持って行かれちまった……」
「つまり、復讐ってこと?」
「まあ、そんなところだ。あいつらは下っ端に過ぎない。もしかしたら、新手が来るかもしれないし、早く森を抜けるぞ。……こっちだ」
どうやら少年は親切にも僕を森の出口まで案内してくれるらしい。
「くっ……」
やはり足が痛い。裸足ではきつい道のりだ。
「ん? どうした足怪我してるのか? どれ……お前、裸足じゃねえか! 馬鹿か? こんな森の中で!」
「……ちょっとこれには事情があって……」
「変わった服装してるし、裸足だし、お前変わってるなあ……。ほら肩貸すよ」
「……ありがとう」
僕は少年の肩を借りて歩き始めた。
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