―少年は眠りにつく そして電気は消える―
様々な人が行きかうバス停で、僕、
整理券を取り、席に着く。幸い車内は混み合っていなかったので、落ち着いて読書でもしようとカバンに手をのばす。しかし、いつも読んでいる本の感触が手から伝わってこなかった。どうやら、家に忘れてきてしまったみたいだ。仕方なしに、窓に目をやる。犬の散歩をしているおじいさん、気ままに走っている自転車、一昔前のようなポスターを張っている本屋、コンビニから出てくるスーツのおじさん。いつもとかわらない、見慣れた通学風景だ。
と、バスのアナウンスが聞こえてくる。
~次は東南高校前。次は東南高校前でございます。お降りのお客様は赤いボタンをお押しになって、危ないのでバスが止まるまで席を立たないようお願いします。~
僕は赤いボタンを押し、バスがしっかり止まってから席を立ち、整理券入れに整理券を入れて運転手に通学定期券を見せ、バスを降りた。
一瞬、心地良いそよ風が僕を包み込んだかと思うと、すぐに過ぎ去って、また不快な暑さがやってくる。バス停の近くには、池があって、噴水から水が噴き出していた。涼しげな顔をした鳥が泳いでいる。
池を通り過ぎると、僕の通う東南高校があった。入学してから、一年半くらいたつ。
校舎に入り、教室へ向かう。今は夏休みということもあって、校舎内は静かだった。
教室に入って自分の席に座る。
周りを見ると、皆なんだか疲れているようでテンションが低い。……僕も例外ではないのだが。というのも、昨日は模擬試験があって、休みもなく今日学校というから疲れるのもしょうがない。せめて授業が始まるまで寝ていようと思って机の上にだらんとなる。
「……おい、おいってば。起きろって。もうすぐ授業始まるぞ」
よだれが出かけたところで起こされた。
「ふぁ~。おはようフミヤ」
「おはよう。ところで、シュウ。百二十円貸してくんないか」
「え~なんでよ」
「財布忘れたからジュース買えなくて困っているんだよ」
「水で我慢すればいいじゃないか」
「お前、俺が甘党なの知ってるだろう。な、頼むよ」
「……今度なんかおごれよ」
僕が甘党の友人に百二十円を渡すと、彼はすぐにジュースを買いに走った。
彼の名は
フミヤが赤い缶の炭酸飲料を片手に戻ってくると、まもなくチャイムが鳴った。
その日の授業が終わって、僕は帰り支度をする。
不意に方がポンポンと叩かれ声をかけてきたのはフミヤ。
その隣には眼鏡をかけた少年が立っている。
彼の名は
「学校も終わったことだし、俺の家で遊ばない?」
ユッズはそう提案した。
彼の家は僕の家の向かいにある。フミヤの家もそう離れてないから、僕たち三人はよくこうして一緒に遊んでいる。
僕は特に用事もなかったので、二人と遊ぶことにした。
「うんいいよ」
「よし! そうと決まれば早く帰ろうぜ!」
フミヤの一声で僕たちは一路、ユッズの家へと向かった。
ユッズの部屋はゲームや漫画であふれている。
「まあ座れって」
ユッズにそう言われて、僕もフミヤも座布団に座る。
その後、三人で対戦格闘ゲームをしていると、突然フミヤが叫んだ。
「あ~! 宿題忘れてた……」
そういえば、今日は数学の先生が大量の宿題を出していたのだった。
「僕も……やんないとやばいかも」
「じゃあ、パパッと終わらせるか」
僕たちはゲームを一時中断して勉強を始めた。
僕とフミヤが苦戦する中、ユッズはその言葉通りパパッと終わらせてしまった。
「もう、終わったの?」
「うん。……だって、そんなに難しくなかったし」
「ごめん。俺ユッズが何言ってるか分からない」
今回の宿題、僕には簡単だとは思えない。
「ユッズ~早く終わったんなら教えてくれよ~」
「僕も頼むよ~」
僕とフミヤが泣きつくとユッズは快く承諾してくれた。
ユッズの教え方はとても上手で、僕もフミヤもすんなりと理解することができた。やっぱり全国偏差値七十越えは伊達じゃない。
勉強が終わるころには、外はもう夕暮れ時になっていた。
「おっ、俺はもうそろそろ帰るわ。じゃなユッズ」
「僕も腹が減ってきたからもう帰るよ。勉強教えてくれてありがとうユッズ。また今度ゲーム一緒にやろうぜ」
「よし、今日はお開きだな。また今度。フッ……シュウ。どんなゲームでも俺は負けんぞ」
ユッズの家の前で、フミヤと別れて僕は家へ向かった。
家のドアを開けると、カレーの匂いが漂ってきた。今日のごはんはカレーか。
「ただいま~」
「おかえり」
台所の方から母さんの声が聞こえた。
「今日のカレーは?」
「辛口よ」
「えーっ! またかよ! カレーは甘口がいいんだよ!」
僕はカレーは甘口な方が好きだ。子供っぽいとか言われることもあるけど好きなものは好きだ。
「あんたねえ……カレーは辛いのが普通なのよ」
しかたない、今日は辛口で我慢することにするか……。
少しして、父さんも帰ってきたのでようやく晩飯が食べられる。我が家は父さんが帰ってくるまで、待っていなければならないしきたりなのだ。
「いただきます」
……辛い。こりゃあ水がないときつい。急いで水を飲む。僕はカレーは大好きなものの、辛いものが苦手なので、辛口カレーだと水をたくさん飲んでしまって、すぐに水っ腹になってしまうために、おかわりできないのだ。これだから辛口は……。
僕は、二日目の味に期待することにして、さっさと辛口カレーを食べ終えた。
「ごちそうさま」
「……ずいぶん早いな」
父さんが呟く。
「辛いと食べるスピードも速くなっちゃうんだよね」
「……そうか」
「今日は何か疲れたから、もう風呂入って寝るよ」
「何だ、告白でもされたか」
はあ~これだから父さんは……。
「んなわけないでしょ」
母さんは笑っている。
「まあ、シュウを好きになる女の子って相当マニアックだものね」
「ハッハ。そうかもしれんな」
親に変人扱いされるとは何たることか。僕はこれ以上この場にいると面倒な会話が続きそうだったので、そそくさと食器を片づけた。
風呂から上がって自分の部屋に戻る。一っ風呂浴びた後は夏の暑さも相まって、いつもよりも心地良い感じがした。
僕の部屋にはエアコンがないので、部屋のドアを開けた瞬間ムシムシした熱気が僕を包んだ。窓を開けると、いくらか楽になった。
時計に目をやると、針は十二を指している。
そろそろ寝ようと思った僕は布団をしいて、蚊取り線香に火をつけた。
線香がもつ独特の匂いがプーンと漂った。
明日使うテキスト類をカバンに入れておく。僕は忘れっぽいのでこうしておかないと、後で困るのだ。
電気のひもを手に取り引っ張ると電気が消えた。
真っ暗になった部屋は静寂に包まれた。昼間の喧騒が、嘘のように静かだ。車やバイクの走る音も聞こえてこない。…………僕は、眠りに落ちていた。
――僕はこの時、何も知らなかった。これから、想像もできない冒険が始まることを。
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