分裂、或いはSのモノドラマ

月館望男

第0話 見知らぬ風景の中で

 ◆ 0 ◆


 目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。


 ただ、ここがどんな場所かということは未だ半覚醒状態の脳であっても、なんとか判断することが出来た。


 なぜならば、俺が突っ伏していたのはどこにでもある一人用机であり、座っていたのは、それに付随するスチールと木で出来た椅子だ。加えて足下は木製のタイル。


 そして周囲には同じような机と椅子のセットが並び――顔を上げた先には、俺の日常生活において、平日の1/4以上の時間、視界を占拠するもの――つまり黒板があったからだ。


 つまり、ここはどこかの教室ということだ。


 どこか、というのは風景に全く見覚えがなかったからだ。小・中・高、どの教室の記憶にも該当しない風景。一体全体なんで俺はこんな所にいるんだろうか。


 自分の四肢身体を確認すれば、どうやら俺は制服を着ているらしい。だが、その制服も見覚えのないものだった。


 頭を振って半覚醒状態の靄を振り飛ばす。こいつはどうにも現実的じゃない、肉体的な感覚は明確そのものだが、俺はこんなところに来た憶えもなければ、こんな制服を着た憶えもないのだ。


 直前の記憶は、いつも通りにベッドに潜り込んだところだった……と思う。


 春とはいえまだ夜は冷える。俺の身体と体温を相互にやりとりする布団の中で、俺はここ数日間の様々なトラブルについて考えを巡らせようとし、様々な人物がコマごとに撮影された乱雑な映写フィルムを、脳内に投影しながら眠りに落ちていった……はずだった。


 溜め息を一つ吐く。しばらく封印する予定だった口癖が喉元まで上がってきたのを吐き出すかわりのものだ。


――夜、寝て。


――目が覚めたら、身に覚えのない場所に来ていた。


――それもどうやら、夢のようであって、夢ではないらしい。


 そんな状態になったとき、人はどうするだろうか。おそらくは、まぁパニックになるんじゃなかろうか。程度の軽重はあれどもな。それが『まとも』な人間だと思う。おそらくだがね。


 だがしかし、一年ちょっと前に涼宮ハルヒなる『まとも』ではない人物と知り合い、そして巻き込まれるように様々な理不尽かつ不可思議な現象を体験し続けてきた俺は、こんな状況にあっても溜め息を吐くところから行動を開始できるようになってしまったわけだ。


 やれやれ、まさか自分が『まとも』じゃない方の人間になりつつあるとはね。物事に動じなくなるという成長ともとれないことはないが、溜め息の数も増えるってもんだ。


 ただ、俺が落ち着いていた理由は、もう一つあった。


 見覚えのない教室で目が覚めたにも関わらず、この場所、いや正確には『この世界』、もしくは『この空間』に見覚えがあったからだ。それは風景を構成する色素というか『光』によって判断された結果だった。


 白よりもっと薄い白、どこか、暖かみと寂寥感という対になりそうな感覚を同時に与える無色の色彩。


 オックスフォードホワイトの世界。


 俺は数日前に、誘拐少女に手を取られるまま、記憶に刻み込まれた世界を思い出していた。ここは、あそこと同じだ。


 つまり――佐々木の『閉鎖空間』。


 だが、ここにあのリミテッドエスパー少女はいない。連れてこられた憶えもない。つまり……そういうことなんだろう。俺は一年前の六月、ハルヒと共に閉じこめられた事を思い出していた。


 だとしたら、ここに俺を連れ込んだヤツがいるはずだ。俺は席を立つと、心当たりの人物を捜す事にした。


 夕べ布団の中で見た映像。その最後に投影された人物、俺の『親友』を自称する女、佐々木の姿を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る