第5話 蛇の恩義
凄いわ……。
私は今、正直に驚いているわ。
だって、あり得ないでしょう。学校が終わって、帰るだけだという教室の中――誰一人としてダルいだの、面倒だの、教師の悪口を言っている生徒がいないわ。
それどころか、今日出た宿題を一緒にやろうだのの良い子ちゃん達しかいないわ。
「……アリスはずっと難しい顔をしているな」
藤乃が顔を覗き込んでくるわ。
よくよく見るとまつ毛も程々に長く、整った可愛らしい顔をしているわね。これで仏頂面とかもったいないわ。
「……そんなこと、ない」
「あら、照れているの?」
少し頬を赤らめるとやっぱり桜乃のお姉ちゃんで、お母さんの娘って思うわね。
「……赤くなって初めて、姉と娘だと認められた」
「だってあの2人と雰囲気が違いすぎるんだもの」
「むぅ」
藤乃もこうしているとまだまだ子どもね――と、あら、昴が何か言いたそうね。
「何かしら?」
「いんや、アリスはたまに大人っぽいことを言うんだなって思っただけだぜ?」
「大人だもの」
「へ〜へ〜、マセてるお嬢ちゃんにしか見えねぇけどな」
子蛇と同じこと言ってるわね。姉さんがどれだけ背伸びしてもマセてるようにしか見えないです。だったかしら?
「お、俺にも今アリスが何思ってっかわかったぜ。俺のひいじいさんのことだろ?」
「ええ、その通りよ。同じこと言われたのよ」
でも、まさか昴にまで悟られるとは……。
「……アリスはひいおじいちゃんとかのことを思い出してる時、嬉しそうな顔をするからわかりやすい」
「そんなに嬉しそう?」
「ああ、嬉しそうだな。藤乃がカステラのことを考えてる時並みに嬉しそうだぜ」
基準がわからないわ……。
でも、何だか不思議ね。昔ツルんでいた仲間のひ孫とこうしてまた学校に来るなんて……世界中捜しても私くらいじゃないかしら。
「なぁなぁ、俺のひいじいさんってのはどんな奴だったんだ?」
「子蛇? おじいさまに聞いた方がわかるんじゃない? 私が知っているのは学生時代のヤンチャだった頃だし」
「それを知りたいんだよ。それにじいさんに聞いても素晴らしい人だったとしか言わねぇし」
自分の子に慕われるなんて、本当に人格者になったのね。
私の認識だと、素晴らしいと言われるような人じゃないのだけれど――。
「……変わった人だった?」
「ええ、そうね。いつも翠泉にくっ付いてる坊やだったわね」
翠泉曰く、それも変わっているという理由らしいけれど、私が思うに、もの凄く惚れっぽいのよね、あの子。
「子蛇はね、とっても惚れっぽいのよ……とはいえ、惚れる条件が人と違い過ぎて、翠泉以外で惚れた人はいないのだろうけど」
「あ〜、それ聞いたけど、藤乃のひいじいさんの何に惚れたんだ? うちのひいじいさんは」
「さぁ? あの子は翠泉の背中が格好良かった。って、言ってたけれど、基本的に自分の感情を言葉にはしなかったもの、翠泉が白と言えば白としか言っていなかったわ」
誰かに引っ張ってもらうタイプの人間だったはずだけれど、まさか市長や政治家になっていたとはね、私がいなかった間に何か心境の変化があったのでしょう。
「ちなみに、子蛇の得意技はステルスストーキングよ」
「……なぁ、ダチとかに、俺のひいじいさん、気配を消してストーキングするのが得意なんだぜ。って自慢出来るか?」
まぁ出来ないわね。でも、本当に空気に紛れるのが上手だったし、喧嘩相手の背中を取らせたら、右に出るものはいないのだけれどね。
「あ〜、でも、それで合点がいった」
「何が?」
「じいさんに聞いた話じゃ、ひいじいさんは前任を引きずり下ろして市長になったって聞いてたんだが、ひいじいさんの敵になった政治家……みんな警察に捕まったか、何かしらの責任取って辞めさせられた奴しかいねぇんだよ」
十中八九、子蛇に弱味を見せたわね。
背後をつけられたか、天井裏に張り付かれたかだと思うけれど、子蛇を自由にさせておくなんて迂闊ね。
そういえば――。
「一度、その得意技で子蛇が翠泉を助けたことがあったわね。子蛇はその日の出来事を家宝にするなんて言っていたけれど、昴は何か聞いてる?」
「いや、知らねぇな。というか、俺は藤乃んところのひいじいさんとうちのひいじいさんが繋がってるって知ったのは昨日だぜ? まったく聞かされてねぇよ」
ああ、そうだったわね。昴はハブられていたんだったわ。
「あの時、子蛇は大怪我を負っちゃってね、翠泉も金剛もすっごく心配してたのよ。もう、身体中ザクザク刺されちゃってね、私も気が気じゃなかったわよ」
「……待て、一体何があったらそんなに身体中を刺されるような状況になんだよ」
「あ〜……」
そういえば、話していなかったわね。
「子蛇は翠泉に助けられてから一緒に行動しはじめたんだけれど……その時、子蛇を人質にしていた奴が、私が封じたって言った神と行動を共にしていたのよ」
「あ? この前アリスが言ってた変な神とか?」
「そうそう――もう最悪だったわよ。片方はどれだけ殴られても笑ってる狂人。もう片方はいきなり世界を破壊するとかって宣言したイカれ女神」
類は友を呼ぶ。とは言うけれど、出来れば、その類の連中はツルまないでほしいわね。
「子蛇が翠泉を助けた時もそいつらが絡んでいてね。何だかよくわからないけれど、一般人がそいつらの仲間になって、イカれ女神の言うことを聞いていたのよ」
今思い出しても異常な光景だったわ。一般人が道徳やその他の理性を無視して、私と翠泉に襲いかかって来たのよね。
普通、言うことを聞くと言っても、人間や生物は何かしらのブレーキが掛かるはずなのに、その一般人たちは躊躇なく、ナイフや銃を放ってきて――。
「ともかく、それで翠泉を庇った子蛇がめった刺しにされたのよ」
「……昴のところのひいおじいちゃんには感謝しなくてはな」
「そうよ、あなた、下手したら産まれていなかったかもしれないのだから、今度一緒に子蛇のお墓に手を合わせに行きましょう?」
「……うん」
「おっ、そのひ孫である俺に感謝してくれても良いんだぜ?」
「……クソが」
あらあら――翠泉は子蛇に悪態を吐かなかったけれど、よくよく考えるとこうやって一緒にいるところを見るとそっくりね。
「……例えば?」
「うん? そうねぇ……どれだけ拒みながらも一緒にいるところとか」
「おぅ、なんだ、うちのひいじいさん、藤乃のところのひいじいさんに嫌われてたのか?」
「あなたは嫌われてるかもしれないけれど、翠泉は危ないからって案じてたのよ」
「……良かったな昴、あたしはお前のことを蚊ほど心配していない」
「おぅっ、微生物並みに心配してくれてありがとな」
この男、めげないわね。さすが蛇――捕らえたら離さないのね。
「さて、そろそろ帰りましょう? 早く帰って休みたいわ」
「……ん。じゃあ、帰る。うん? 佐城――」
「あら――」
私、ここに来てからよく引きづられるわね。可愛くて連れ帰りたい気持ちはわかるけれど、せめて私に一言――って、今度は誰かしら?
「藤乃、少しこの子借りるわ。俺も色々聞きたいのよ」
「……佐城――」
「それじゃあ、また明日――」
ああうん、私の意志は無視よね。ええ、知っていたわ。
佐城さんも強引ね。
まぁ、好かれてのことだから悪い気はしないけれど。
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